Southern Cross
花束よしこ
第1話 プロローグ・Steampunk and Broaches of Southern Cross①
プロローグ
19世紀初頭、イギリスの産業革命は
かくして、蒸気技術が主流となった世界で、トムス・エディスン(1847〜1931)は蒸気機関による発明を駆使し、近代文明の
また、アルベルト・エインスティン(1879〜1955)は、蒸気機関技術の改良化、高度化、簡素化、効率化を行う事で、蒸気機関の自己複製技術、自己増殖技術という大偉業を生み出し、天才の代名詞となった。
しかし後に、エインスティンはこの発明を後悔する事となる。
蒸気機関の自己複製および増殖技術は後に、体内の蒸気を動力源とする事で、蒸気技術による人工体内器官として広く使われる事となり、ここに、流産、欠損し、死ぬはずの人間、及び新人種の胎児や新生児に人工体内器官を与えて延命させる〝人工人間‘’が誕生したのである。
しかしこの人工人間種の誕生により
ここに、(人間種以上の)人間種を占領した種族と、(人間種以下の)命を操られて創られた種族という格差が存在する事となったのである。
1話
Steampunk and Broaches of Southern Cross
夜空のように輝くそのブローチは、いつしか、誰かに買われていた――。
イギリス、ロンドン。とある街の一角。
その店は、どこか懐かしい黒が印象的である。
店の名は、“
この星を知る人は皆、恐らく「南天の航路の目印」と言うだろう。
天の南極には星が無いので、大航海時代には、この星を目印にして海を渡る人も多かった。
そんな星の名を持つこの店は、ちょっと変わった薬店である。ある時、一人の男性がこの店にやってきた――。
ポラリスは、巷では少し有名なスチームマテリアルの職人である。物心着いた時からスチームマテリアルの本を読み漁り、現在も、蒸気機関を使った機材の修理や蒸気機関製品の制作をする店、「ベン・スチームマテリアル社」の職人として働いている。そのポラリスがサザンクロスにやってきたのには、ある理由がある。
仕事が休みの今日料理をしたら腹を下したのか急に痛くなったので、整腸剤を買う為に行きつけの店へ向かったのだが、生憎定休日だったのである。仕方なく他の薬局を探していた所、サザンクロスの看板が目に留まった。
「すみませーん、ごめんくださーい!」
「……」
「ごめんくださーい。誰かいますかー?」
「……」
「留守かな……」
お腹が痛いので早く直したいのだが。
「すみませーん!」
やばい。タエラレナイ。
取り敢えずどこか用を足せる場所へ行きたいのだが、ここにトイレはあるだろうか。申し訳ないが少し使わせて頂こう。
トイレトイレ、と探している瞬間、何かが横切った。見るとそれは小さな小熊である。
こんな所にどうして……小熊?
それはさておき、早くトイレへ行かなければ。
するとその小熊はポラリスに寄り付き、遊んでくれとせがむ。
「あーわかった分かった。後でな、後で!」
そう言って熊を抱き抱え、どこかへ置こうとした瞬間。
「おい、そこで何をしている!」
店の奥から声がした。
少年、いや青年か?少し高めの声である。
店の人だろうか、事情を説明したい。
だが、ポラリスも限界である。
「店の物を勝手に使うつもりか!」
「え?」
見るとポラリスは、店の整腸剤をポッケに入れてトイレへ行こうとしていた。
「いやあの違うんです。それはその……!」
「この万引きめ!」
次の瞬間、大量の水がポラリスに覆いかぶさった。
「先程は失礼な事をしてしまった。謝ります」
「いえ、整腸剤を持っていたんですから。分からなくて当然というか……」
「まさかコチャブが渡していたとは……」
「コチャブと言うんですね。こいつ」
ポラリスは、有難く整腸剤をポッケに入れるというお節介を焼いてくれたこの小熊―コチャブをよしよしと撫でた。というよりこの小熊、整腸剤が分かるのか。店主曰く、そんな事は今までなかったらしいのだが。
サザンクロスの店主は、盛大に水をかけてしまったお詫びと言って、お腹の調子が良くなった後で、喫茶店で紅茶とケーキをご馳走してくれた。水をかけられた時は災難だと思ったが、まあ紅茶を頂けたので良しとしよう。
それにしてもこの店主は、どこか不思議な印象をしている。
少し後ろで結んだ髪は銀河を思わせる銀髪。睫毛の長い目はどこか青い目をしており、白いシャツのような仕様の服の上に、深く黒い外套とグローブを纏っている。広い黒のボトムスの下には、茶色のブーツと、どこか精悍な剣士や旅人を思わせる。
そして特に印象的なのは、その顔に刻まれた、もとい顔の右上部分をごっそりと削り顔に嵌め込まれたように存在する錆びた歯車と鉄の皮膚である。
人間色をした肌に似合わない無機質な錆。
それは彼が、人工人間である事を意味する。
ポラリスはその事がふと気になりつつも、あまり気にする事は無かった。
そうして話していくうちに何となく打ち解けて来た頃、まだ名前を名乗っていなかった事に気が付く。
「そう言えば、俺の名前を言い忘れていた。申し訳ない」
店主はそう言って、手を自らに押し当てて言った。
「アクルックス」
「アクルックスが俺の名前だ。どうかアクルックスと、俺を呼んで欲しい」
「そうか。俺の名前はポラリスだ」
「よろしく」
ポラリスは手を差し出し、アクルックスと握手をした。
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