第5話 固定観念

 大学を卒業後、私は広告系の企業に就職した。

私は仕事を選ぶ基準として自分がやっていて楽しい仕事、やりたい仕事ということは勿論のことながら“男”をあまり求められていないことを重視した。

世は男社会で物事の基準は男にある。

その社会で如何いかに“男”として生きないか、私はそれを気にした。

もし私に“男”を求められてもその求めに忠実には応じられない。

そこから逸脱して生きるというのが私の人生の根幹にあるからだ。

“男”ではないということが私に生きる価値を与えてくれる。

そんな中で広告系のこの会社には妥協した部分が少しあったが私の求めているものを概ねクリアしていた。

私が大変だという思いを抱いたとしてもそこにいることが苦行にならず、仕事に向き合えると思えた。


 会社に入ってから三年、仕事にも慣れてきた。

仕事も落ち着いてきて今だろう、と結婚を決めた。

相手は高校のときから付き合っている彼女である。

高校を卒業し、互いに大学に入ったあとでも関係は良好に続いていた。

前々から社会人になって仕事が落ち着いたくらいに籍を入れたいという話をしていて今がそのタイミングだと判断した。

私の両親と相手方の両親には既に挨拶は済ませており、許可というほど大層なものではないが結婚に対する了承は得た。

残りは形式上にすぎない上司への報告だった。

別に結婚するからといって何かが変わるとは思わないので必要があるかは分からないが、上司に結婚の話をするというのが常識だと教わった。

上司に話をしたからといって結婚をとがめられるようなことは聞いたことがないし、気楽に行こうと思っていた。


 私は上司があまり忙しくないだろうという時間帯を見計らって話しかけた。

今話をしても大丈夫かと確認をしたあとで結婚についての話をした。

おめでとう、と一言返ってくるくらいの会話だろうと思って返答を待っていたのだが、その考えとは裏腹に取調べのように細かく質問をしてきた。


相手は仕事をしているのか。

結婚したら専業主婦になるのか。

家庭的なのか。

しまいにはお前に従順なのかとまで聞いてきた。


 私は上司のこの質問の節々に違和感を感じた。

特に最後の質問にだ。

固定観念として何か誤ったものを持ち合わせているのだろうか。

結婚によって彼氏・彼女のときにはなかった主従関係が生まれてしまうのか。

それとも上司の中では男女間に優劣があると思っているのか。

私は質問に対する返答に困った。

のらりくらりと簡単にかわすことが出来るものでもない。

ここで持論を展開して否定しても迷惑なだけだが、肯定するわけにもいかない。

しかも肯定しないとそのあとどのように言われるか分からない。

迷った挙げ句、答えにはなっていないと思いながらも今までもこれからも私たちの関係は対等であるとだけ言った。

すると男らしさが欠けているよ、と落胆した表情を見せた。

私はこの人は昭和の世を生きてきたのがよく分かるような人だなと思った。


 もしかしたら上司の質問の意図は結婚によって仕事にどのくらいの影響があるかをただ知りたかっただけかもしれない。

相手が専業主婦であれば子供のことで私が呼ばれて帰る可能性は相当低くなるし、家庭的であれば身だしなみがより整ったり家でリラックスできたりするだろうから仕事に良い影響が及びそうだと判断したかったのかもしれない。

私がどうなのかは置いておいて料理をすることが趣味である人もいるし子育てを積極的にしたいという人もいる。

そういう人もいるのだから上司のその発言は気分を害する人がいると私は思う。

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