第3話 “ぽい”を無くしたい

 高校に進学してからもその気持ちが変わることはなかった。

高校生にもなると男女間で違いがより一層明確になる。

残念なことに私は一つの括りとして“男”に分類されてしまう。

なのでどこか周りの男子たちと差別化したかった。

自分は男っぽくないんだ、と主張したかった。

そのために自分の中にある“男らしい行動リスト”みたいなものから逸れた行動をしようと意識するようになった。

どれだけ“ぽい”行動が減らせるかが自分の価値と一致するのだと自分に言い聞かせていた。

それほどまで男に見られるのが嫌だった。


 二年生の夏、私には彼女ができた。

一年生の時に同じクラスだった子でとても可愛い。

男らしさを失いたいという思いは強いが、好きになる人は一般的な男子と何ら変わりなかった。

それでも良いと思った。

好きという感情は自らの意思でそう簡単に変えられるものではないし、誰かを好きでいることが人生をどれだけ豊かにさせてくれるのかは計り知れない。

それに彼女を好きである気持ちには嘘偽りなどなかった。

心の底から彼女を好きだと言えたし、彼女を幸せにすることが自分の課されたタスクなのだと思っていた。

彼女のためなら私は何にでもなれる、そんな強い思いがあった。


 私は彼女に“かっこいい”と思われるよりも“可愛い”と思われる方が嬉しい。

かっこいいと言われて嫌だとは思わないが、可愛いと言われるとより嬉しさが増す。

ここは他の男子とは少し違うところだろう。


 あるとき、彼女がうっすらと色が付いているくらいにマニキュアを塗っていた。

よく見ないと気付かないくらいだ。

それを見て私は少しだけ“綺麗な爪”を欲した。

男の不恰好なものではなくて手入れしているように見える爪を、だ。


 そんな思いを抱いているときにたまたま母が塗った後に放置されてたマニキュアとトップコートが机にあるのを見つけた。

私の衝動的な行動を止めることが出来る状況にはもうなかった。

色まで付いたらさすがに目立ちすぎるなと冷静な判断を下した後に私の爪にはトップコートが塗られていた。


 爪に何かを塗ったのが初めてだったので出来はあまりよくない。

ある指には厚く塗られ、ある指には薄く塗られていた。

同じ指でも場所によって微妙に厚さが違っていた。

そんな雑とも言える塗り方でも私は満足だった。

“男”という固定観念の殻から自分が出てきたような、そんな気持ちになれた。

私は輝いていると自分で思えた。


 ただこの輝きは早々にして周りに壊された。

学校で気付かれたときには“女じゃあるまいし”と言われ、母に塗っていることが知られたときにはすぐに除光液を持ってきて“これっ!”と落とすよう要求された。

“男が塗るのは言語道断”と自分の性別で塗ることの良し悪しを判断された気がした。

私としてはそれは到底受け入れられるものではなかった。

性別でどうこう言われるのはおかしいなと思っていたし、皆が生きやすい社会であったら良いのになと思っていた。

社会全体では“男は男として、女は女として生きるべき”というに依存した生き方以外は認められていなかった。

私が幼い頃はまだ景気が良くて自由な生き方がもう少し出来た。

しかし二、三年前に地価・株価の急暴落により景気が悪化し、生計を立てるためには男が“男”として生きていくことが要求された。

つまり自分の性を全うしろ、という考えが世間に蔓延はびこったのだ。

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