第5話

 翌朝、スマホが遅めのアラームを鳴り響かせるまでしっかりと寝入ってしまっていた。

 隣のベッドで寝ている兎卯香を優しく起こすと、起こされたことが嫌だったのか、布団の奥の方へとその身を潜らせていった。

 あのあと、2人でゆっくり過ごしながら、色々なことを話し合った。もちろん、兎卯香を責めたりはしない、責められるべきは私だったのだから。少し時間を空けて起きてきた兎卯香に朝の挨拶をすると、優しい声が帰ってきた。それと同時にこの声を2度と聞くことができなかったのかもしれないとの考えがよぎり背筋が寒くなる。兎卯香が行った行為は崇高でとても尊いものだ。私が同じような現場に居合わせても、そのような行動を取ることができなかったのかもしれない。

 でも、兎卯香は迷わず飛び込んでいったのだろう。その光景が直ぐに思い浮かんでしまう。


「兎卯香、朝ごはん終わっちゃうよ?」


「おき・・ます」


 頭が出てきたので優しく撫でてやり、私も身支度を整える準備を始める。そうそうイチャつくと言っては変だが、私はそんな年齢でもないと思っていたから、洗面所で歯磨き中に後ろから兎卯香が抱きしめてきた時には、思わずどきりとしてしまった。暫く抱きしめられたままでいると、やがて手を離した兎卯香は自身の身支度を整えるために離れていった。


 もう少し、何かこうした方がいいのだろうかと反省をしたが、後の祭りだった。


 身支度を済ませて朝食を食べ終わると、私と兎卯香はデートプランで考えていたルートを帰りに回ることにして旅館を出た。兎卯香のスーツケースは旅館から宅配で送ってもらい、私は乗ってきたバイクに隠していた兎卯香へのプレゼントのヘルメットを差し出して驚かせると、兎卯香は満遍の笑みで喜んでくれた。


「さて、行こうか」


 前と後ろで互いにバイクへと跨って、兎卯香へ無線で声をかけると腰に両手が回された。アクセルを捻りゆっくりと愛車を走らせてゆく、暫くするとヘルメットのスピーカーから声が聞こえてきた。


「こういうドライブもいいですね」


「一緒に走れなかったから、せめてものサプライズかな」


「十分過ぎます。ちょっと心細かったですけど、今はこうやって居られるので安心できます」


 そう言うとほんの少しだけ力が籠った。


「それなら良かった」


「でも、今度はツーリングしましょうね、今回は練習ですよ、次は一緒に走り回りたいです」


「うん、そうしよう、お願いできるなら、これからもずっと一緒に走って行きたいね」


「え?」


「さ、いくよ」


 ちょうどカーブに差し掛かりアクセルを少し緩めながらカーブの多い山道を走り抜けていく、曲がるたびに彼女の姿勢を合わせてくれるのでとても走りやすい。さっきの返事を誤魔化すかのように私は無言で走っていく。


「私も同じですからね」


 スピーカーから少し恥ずかしそうに、でも、しっかりとした声で兎卯香がそう言った。

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刻休み 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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