第25話 崩れていく。
「ループ、が壊れてきてるんじゃないか?」
女神は少し驚いたように、
「ええ。正解です。この世界のループ機構に破綻が生じてきてしまっています」
やはりだ。最近のループはひどい精度だった。別にいままで完璧なループをしてたわけじゃなく、オレが関わらずともたまに前までと違うことが起きたことはあった。
だけど、最近のはめっきり違う。もう、会話から、他人の行動から、天気からあまりにも違いすぎる。
「ハハハハッ。どうだよ。女神。ループを切り抜ける方法はあったじゃないか」
結局、オレと世界のうんざりする我慢比べだったわけだ。
「……そう、とも言えるかもしれないですね」
やった。やったぞ。ゆい。オレはとうとうこのクソ女神を出し抜いた。このクソみたな世界を覆した。
といっても、オレも精神からすり減って来ていて、限界と薄い壁一枚、背中合わせしているような状態だ。はっきりと喜べているのかわからない。
ここに来るまで、疲労を溜めすぎたんだ。
「……仰るように、この世界のループの精度は落ちてきています。おそらく、このまま、ループ機構は、いずれ、破綻する、でしょう」
「おい、なんか話し方が変じゃないか?」
何かノイズのかかった話し方をしやがる。
「え、ええ。世界の、影響のせい、でしょう」
苦しそうな女神を見て、オレは思わずザマァ見ろと言いそうになった。
なのに、どういうわけだが言えなかった。
女神が再び無駄口叩く前に言ってやればよかった。
「あと何回、か、わかりかねますが、世界は、できる限り、ループを、し続けます」
「オレは有限と無限の決定的な違いをこの世界の誰よりも知ってる。悪いが、この勝負はオレがもらうぞ」
そんな余裕はもうない。でも、そう言っておけば、オレがオレに無限の義務を与えられる――気がする。
「気をつけて、ください。これからは、ループする前の、情報がすべて、残った状態で、ループします」
「あ? それはどういう意味だ?」
オレは何回ループしようが、ループ前のことは覚えていたし、そんなこと言われても今更だ。
「はい。実は、いままでは、一部の記憶、特に、感覚の記憶などを、消していたのです。それは、記憶と、意識の、混濁を避けるため、に行っていました。ですが、これからは、それが、できなく、なる、と思われ、ます」
「記憶が消されてた? おい! それは……」
オレはまた感情的になりそうになった。だけど、覚えがある。最近のループ後の異常な疲労。
いままでは十月一日の朝起きた時にあんな疲れてることはなかった。
そもそも九月三十日に……九月三十日にオレは何をしていたんだっけ?
「ま、また、世界のループは、既に、不完全な、もの、となりました。これから、世界は、世界の秩序を、保つこと、を優先します。その際、秩序を、とりもどすために、世界は、汎ゆる、物、概念、を消していきます。それ、は、『人』も当然、含まれ、ます。特に、『人』は、単一で、多くの、情報、を、有します……」
「…………は?」
この時、オレはやっと合点がいった。あの、ゆいとオレだけしかいない最終日。あれは来る日だったんだ。
オレとゆい以外が消されてしまった最後の世界。オレがいままでのように何度も何度もループを繰り返せば、いずれあの世界がやってくるんだ。
女神はそれを警鐘として、オレに見せた。
「……え、、、」
「あ? おい、女神? どこいった?」
あたりを見回しても果てしない闇だ。
「な、おい……って、おい!」
オレは自分さえ見えない闇の中を駆け出した。
「くそったれ。どうなってんだァァ!?」
女神が言うには、オレはこれから何もせずにループを繰り返せば、オレはループから脱却できる。オレはゆいを殺さないで十月九日の向こう側へ行ける。
でも……その世界にはオレとゆい以外の者はいない。あの女神が見せた世界は人間だけが消えていた。だけど、実際はもっと多くのものが消える可能性がある。
もう、ループは多くはできない。もう、やり直せない。
オレは選ばなきゃならない。
どうにかして他の方法を採ってループを止める。
このままループに耐え忍んで、他の多くのものを失ってループを壊す。
それか……。
「……えらぶ」
「……どれを?」
「…………えらべない」
息が上がる。上がっている気がする。身体中の血液が沸騰している気がする。肺が破れて、心臓が裂けている気がする。
無理だ。
「ど、ど、ど、どうすれば」
腕を噛んだ。血が出るまで歯が食い込んだ。オレは咬合力を弱めない。
「ゲホッゲホッ」
ひどい味がする。オレはオレの一部だったものを吐き出す。
もう、他にループを止める方法が思いつかない。一体、何回、試したと思ってんだ。もう、思いつくありとあらゆることを試した。
あとたかが数回、数十回でこのループを抜け出せると思ってんのか?
いまのオレといままでのオレにそんなに差異がないだろ!
何度何度何度ループしようが、オレの本質は変わらない。知識と失敗した作戦を積み上げただけだ。根底にあるものはなんにも変わっちゃいない。
だとして、だとして、オレはすべて失った世界を受け入れられるのか? オレはあの幻想を見せられて、逃げてきたんだぞ。
世界でたった二人。思えば良い世界じゃないか?
……そんなことはない。オレはあんな世界を受け入れられない。
あの世界のゆいを受け入れられる気がしない。失うのはオレだけじゃない。ゆいもすべてを失う。オレもゆいも空虚になる。
これだけのループを繰り返して、これからすべてのものを失った先が、無限の空虚だなんて、もう、それはループを打破したなんて言えない。
そもそも現実的に考えて……何が現実だ! もう、どれが現実だ?
現実とは何だ。少なくともいまオレがいるここは現実じゃない。オレが考えてる現実は現実じゃない。
「選べるわけがねぇだろォォがァァァ!!」
――なら、オレはゆいを殺さなきゃならないのか?
オレは言葉通り闇雲に走っていると、途中で壁のようなものにぶつかった。
見上げると、薄く見えた。壁じゃない、見知った人影だ。
「ん……って、お前こんなとこでな……う、うわぁぁぁぁぁ」
オレが肩に触れようとした瞬間、そいつはそこから泥人形のように溶け出した。
「な、なんだよこれ……」
両手にはかつて人だった泥だけが残った。もう、温もりはない。
「……!? こ、こいつは誰だった?」
オレが知ってるやつだった。オレを知ってたやつだった。たしか、たしかだ。たしか、一番……なんだった?
これはなんだ? なんだこの泥は……?
「くっそォォォォ!!!!!!!」
オレは手に付いた泥を投げ捨て、踏みしだいて、また駆け出した。走っても走っても闇がただ冗長にしつこく続きやがる。
無限に続くような暗闇を引っ掻くように掻き分ける。早く、この闇から抜け出したいと思った。
何か生暖かいものを手が掠めた。
「う、うわあああああ!!」
震える手にはまた腐った泥が付いた。気持ち悪い。気持ち悪い。
逃げるようにがむしゃらに手を振り回した。
「か、かあさ……」
目の前にあった泥人形は、オレが手で抉ってしまったせいで、バランスを崩してこっちに倒れてきた。
「「あ、ああ、ああああああああ」」
オレは避けられずに全身に泥を浴びた。重みに耐えられずに膝を屈した。
口からいろんなものを吐き出した。とにかく吐き出せるだけ吐き出した。
「あああ……。ああ」
気がつけばオレは涙を流してた。こんなに気持ちの悪いものなのに、オレは泥の塊を抱いていた。ただただ空虚だった。
「ゆ、ゆい……」
泥がついたまま、オレは立ち上がった。涙と洟水が区別がつかないくらい顔がぐしゃぐしゃだった。だだ流していた。
「行かなきゃ」
「どこに」
「ゆいのところに」
「ゆいはどこにいるんだ?」
「どこかに……必ずオレの傍に」
「ゆい……」
一歩、進んだ。ガクッと、身体のバランスが崩れる。
もう一歩、進んだ。さっきとは逆側に身体が崩れた。
三歩目にはそのまままっすぐに地に倒れた。
手を地面につく。そこから力が抜けていく。ドロドロと溶け出していく。
声がでない。息もできない。暖かさを失った。痛みを失った。感覚を失った。
自分の記憶を失った。身体を失った。何かを失った。
何かがわからない。この一瞬で失いすぎた。すべてを失った。
刹那、女神の顔を見た気がした。ああ、どんな顔をしていただろうか。
++++++++++
「――なさい!」
「起きろぉぉぉお!!」
ああ、そうか。そうだったのか……。
抵抗回帰 〜君に告白するために死んでくる〜 菟月 衒輝 @Togetsu_Genki
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