第34話 装備と素材と豆



『おめぇさんらにお使いの依頼じゃ。七十階層の徘徊主フィールドボスである〝ビッグバイトビーンズ〟っちゅーモンスターの、その種をできるだけ多く採ってくるんじゃ。コイツは嬢ちゃんの装備の肝っちゅーても過言でないんじゃぞ』


『フィールドボス?』


『なんじゃいアリスの跳ねっ返りめが。そんなことも教えとらんかったんかい』



 ダンジョンの攻略とレベルアップに着手してから、早くも一週間が過ぎようとしていた。階層踏破のスピードこそ難易度に反比例するように緩やかになってはいたが、上級資格持ちとはいえそれでも昨日今日探索者になったばかりといった新人である瑠夏達が、すでに世間では〝下層〟と呼ばれているベテランが活動するような深度にまで攻略を進めている事は、密やかにではあるがダンジョン都市であるドーマの街にも浸透しつつあった。


 探索者達の間では、ダンジョンの深度によって難易度が段階的に区別されている。

 一般的なダンジョンであれば、一階から三十階層までを〝上層〟、三十一階から五十階までを〝中層〟、五十一階から七十階までを〝下層〟と区分しており、七十一階以降は〝深層〟とされている。ちなみに新人探索者に開放されているのは基本的に一階から十階までで、その辺りは上層の中でも比較的安全度の高い〝浅層〟と呼ばれている。


 探索者のランク毎に大体の住み分けが為されており、上層は初級探索者、中層は中級探索者、下層以降は上級探索者達が主に攻略している。ただし、深層に入ると危険度は格段に増すため、国に認められた特級探索者や、上級の中でも特に実力や実績がある者にしか攻略は許可されていない。

 そうした攻略階層は実力の目安でもあり、また探索者としての実績にもなっているため、組合への報告に虚偽は許されない。持ち込まれるモンスターの素材や情報などから厳密に精査され、それらの情報は資格証と紐付けられて探索者組合全体で共有されるのだ。これもまた、深い階層で活躍できる貴重な人材をいたずらに失わないための措置である。


 俗に〝キャリー〟や〝寄生〟と言われるような、実力者に同行してもらって自身の力に見合わない階層で活動する者も居るが、度々問題には挙がるものの、それで何かあってもその者らの責任である。

 探索者組合は基本的に互助と仲介を目的としているため、モットーとして掲げられている〝自己責任〟の通りに、依頼が無ければそういった〝事故〟には基本的に関与してはくれないのだ。



「まあそりゃそうよねん。自分からアブナイ所に飛び込んでイッちゃうんだもの、そんな無謀な連中の尻拭いなんて、イチイチしてらんないわよねん」



 ――――といったような、探索者としては当然知っていて然るべき事柄を改めて説明するミッチェルの声に耳を傾けながら、瑠夏達一行はダンジョンを奥へと突き進む。

 一行はすでに攻略階層を六十八階まで進めており、鍛冶師であるドゥエムコフから与えられた目標まであと僅かだ。そんな目標である素材が手に入るモンスターについてまで、ミッチェルの解説は及んでいく。



「――――それでねん? 下層や深層クラスの難易度の高い階層になると、普通のモンスターが手強くなるのはモチロンなんだけど、時々とんでもないヤツが出てくるのよん」


「それが、ドゥエムコフさんが言ってた〝徘徊主フィールドボス〟ってヤツなのね?」


「そうなのよん。その名の通りに階層内を徘徊してるんだけど、その場所にも規則性が無くって、大体の目安で『○○階層に出たぞ』って情報くらいしか組合も把握できてないわねん」


「それじゃあ、下手すりゃ遭えないこともありそうだな」


「そうねん。そもそもが階層主フロアボスよりも面倒だったり強かったりするし、倒さなくても次の階層にはイケちゃうから、大体の探索者は避けて通っちゃってるわねん」



 今回のお目当ての素材が入手できるというビッグバイトビーンズこそが、その徘徊主フィールドボスなのだそうだ。情報によれば人間の頭ほどもある大きさの豆の魔物で、本体である巨大な歩く樹の魔物の枝に無数に付いたさやに、これまた無数に繁殖しているらしい。

 あくまでも本体は樹の部分なのだが、この豆の部分には凶悪な牙を備えた獰猛な口が付いており、近付く者に喰らい付いたり、莢から射出されて噛み付いてくる。しかも射出されてもしばらくは活動が可能で、ボールのように弾んだり転がったりして自立行動までとるのだと、ミッチェルは心底嫌そうに語る。



「本体の樹ではなく、その豆を倒すと極稀にドロップするというのが……ドゥエムコフ様が持ってくるよう仰っていた素材の種なのですね?」


「そうなるわねん。んもうっ、エムおじいちゃんったら、厄介な依頼してくれちゃって! 噛み付かれてこのスベスベお肌にキズでも付いたらどうしてくれちゃうのよんっ!」


「まあ、要は大量のワ○ワ○を手当たり次第にコテンパンダにすりゃいいんだろ? 分かり易くていいじゃねぇか」


「ちょ、ダディ!? 某配管工の死なない敵に例えないでよ!? っていうかあんなのがいっぱい居たら嫌すぎるんだけど!?」


「ぱぁ~んだぁ~♪」



 伝えられた情報に猛ってみたり慄いてみたりと、三者三様の反応を返す一行ではあったが、今日も危険な例え方をするダディに、それでも瑠夏はキッチリとツッコミを返す。

 そんなある意味いつも通りの光景からは、あまり危機感を感じられない。ルナの『オラわくわくすっぞ』とでも言いたげな浮かれた様子もまた、緊張感の欠如に拍車を掛けていた。



「まあパンダかんだなんとかなるだろ。大体こりゃ瑠夏のための装備の素材なんだからよ、いっちょ腹ァ括れよ」


「うぅ……! この世界に来てから、腹を括る案件が多すぎるんだよぉ……っ!」


「ルカお姉様……お労しいですわ……! わたくし、お姉様のために頑張って豆を駆逐いたしますわね!」


「駆逐しちゃうの!? カレンってばなんだかどんどん物騒になってないッ!?」



 目的の七十階層まであと少し。

 姦しく賑やかな一行は、果たしてフィールドボスであるビッグバイトビーンズに遭遇できるのか。それは神のみぞ知るところなのであった。




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