第8話 魔獣払いの結界

「これで全部ね」


 ふぅ、と一息吐くミリアは見晴らしの良い第一区ファーストエリアの大通りから近い展望台へ来ていた。

 そのミリアの足元の傍には宿の部屋で制作した魔導人形の一体だった。魔導人形の一体を魔法で宙に浮かしていると、握っている杖の先を自分がいるところより離れた場所へ向ける。すると宙に浮いている人形は杖の先を向いている方向へゆっくりと移動する。


 予定した位置に配置された魔導人形は霊脈れいみゃくの魔力を流入すると体中の関節がわずかに動く。そして内部にある紫の魔鉱石と連動する。

紫の魔鉱石が連動すると、魔導人形からうっすらとした、けれど高濃度の力が空高く噴き出した。

噴き出した力が上空まで届くと王都の一から五までの各区の端と中央区の中心から噴き出した可視しづらい力は王都を半球状に覆うように結界けっかいが張られた。


「これで根底からの解決ね」


 二日前から制作したミリアの魔導人形は霊脈の魔力を動力とした魔導人形であるほかに王都を取り囲むように魔獣を祓う結界を張る力のある魔導人形を制作した。

 元々紫の魔鉱石は結界けっかいや魔除け、魔法防御のような力が宿っている鉱石である。

 その魔鉱石を動力のためではなく、あくまで王都を守る結界を張るために魔導人形を制作したミリアの思惑通り、王都上空には強固な魔獣払いの結界けっかいが展開された。


「これでやっと——」

「ここに滞在する意味がなくなりましたか? ミリア?」


 ミリアの背後から声が聞こえると、ミリアは咄嗟に声が聞こえた後ろを振り返る。

 振り返った先には見覚えのある人物が立っていた。

 帆のみで長身の体躯に漆黒の燕尾服えんびふくを纏い、顔には道化師の顔を模した純白の仮面を被った人物はミリアに恭しく挨拶をする。


「お久しぶりです、ミリア。三年ぶりでしょうか?」

「……そうですね。貴方が私達の家を壊して、師匠を殺した、それくらいでしたね」


 久しぶりに再会したミリアと挨拶を交わす仮面の人物——ニコラスに向けてミリアは杖の先を向ける。


「おや、ネールは一緒ではないのですか?」


 ミリアの周囲を見回すニコラスは見当たらないネールの姿にミリアに尋ねた。


「えぇ、幸い、別行動をしているの。残念だったわね」


 ミリアはニコラスに対して軽い口調で言葉を返すが内心心臓が破裂しそうなほど気持ちが高ぶっていた。

 自身の大切な師匠を殺し、住んでいた家を焼き払った人物が目の前にいる。

 これだけでもミリアにとって怨嗟えんさの感情が沸き上がる。それに加えてニコラスがネールについて尋ねてきた。この事にミリアは憤怒が頂点に達した。


 初めて出会った時にニコラスが言っていた言葉から、ネールに内蔵されている魔鉱石にはニコラスが聖剣の力を閉じ込めた魔鉱石なのだと推察される。

 ニコラスが去った後しばらくしてネールの修繕メンテナンスの合間を縫って内蔵されている魔鉱石を調べた。その結果はニコラスの言った通り内蔵されている魔鉱石には聖剣の力が閉じ込められていた。


「えぇ、残念です……と言ってほしかったのでしょうが、そんな事、微塵みじんも思ってませんよ」


 ニコラスはその発言をした直後、胸部をつらぬく光を放つ刃が現れた。

 ニコラスの体を背後からつらぬいた光の刃にミリアは瞼を大きく見開く。

 突如光の刃が体を貫いた背後に視線を向けるミリア。その視線の先には見慣れた者がいた。

 球状の頭部に円筒状の胴体、金属光沢が特徴的な管状の四肢の魔導人形——ネールがニコラスから少し離れた場所に立っていた。

 ニコラスはぐるりと首を不自然な方向にまで首を曲げて背後にいるネールに視線を向ける。


「お久しぶりです。ネール」

「あぁ、久しいなニコラス・アレキウス。会えなかった方が良かったがな」


 ニコラスと目が合うネールはいつもと纏う雰囲気も声音も違い、恐ろしく低く殺気に満ちていた。

背後からつらぬいた光の刃をニコラスは腕の関節を不自然な方向に曲げて掴み体から思い切り引き抜いた。


 引き抜いた光の刃を地面に投げ捨てると光の刃は光の粒子に変わってき霧散する。

 それと同時にニコラスの体も光の刃が貫いた傷口から白い灰に変わっていく。どんどんニコラスの体が白い灰に変わっていくと、ニコラスの体は崩れていき、最終的には地面に白い灰だけを残してその姿がなくなった。


「さすがは聖剣の力。分身と言えど私を灰に変えてしまうほどの力、やはりディアナに聖剣の力を移植した魔鉱石マギスフィアを盗むよう仕向けたのは正解でした」


 灰となって消えたはずのニコラスの声がどこからともなく聞こえると、ミリアとネールは声の発生源を見回した。


「私はこっちですよ」


 再びニコラスの声がするとミリアとネールは空を見上げた。

 空には宙に浮いているニコラスの姿が見えた。

 ネールは手から光の刃を顕現して宙に浮いているニコラスへ光の刃を投擲する。

 投擲された光の刃は凄まじい速度でニコラスの元へ突き進む。そしてニコラスの体へ突き刺さる寸前、ニコラスは片手で飛んでくる光の刃を掴んで止めた。


「二度も同じ手でやられるなんて思わない事です」


掴んで止めた光の刃を握りつぶすと光の刃の破片は粒子にまで細かく砕けて霧散する。


「ですが、この日を待っていました」


 その言葉を口にするニコラスはその直後、体を小刻みに震わす。それと同時にニコラスは仮面の下から殺し切れない笑い声を零す。


「何がおかしいんですか?」


 不気味な笑いを零すニコラスに警戒心を剥き出すミリアは尋ねた。


「ここまで私の計画通りに事が運んだ事が面白くて、つい」


 不気味な笑いを零しながら口にするニコラスの言葉にミリアとネールは怪訝な表情を浮かべる。


「どういう意味だ?」


 ネールは宙に浮いているニコラスを見上げながら尋ねた。


「そのままの意味です。王都に貴女あなた方がこのタイミングに王都へやって来た事、そして魔獣の被害をなくすために結界を張るために行動した事、それらすべてが私の計画の内に入っていたのです」


 ニコラスの発言にミリアとネールの表情は更に険しくなる。

 王都へやってきたのはネールのボディの部品を交換するために訪れた。その時に魔獣の被害で困っていた王都の人々を助けるためにミリアは魔導人形の結界によって解決しようとした。

 その行動は偶然が重なった事で起きた、偶発的な結果だ。

 その偶発的な事象がたった一人の人物によって動かされていたとは到底思えない。


「その顔は私の言葉を信じてないようですね?」

「当たり前です。こんな偶然、ニコラスだけでできるとは思えません」


 ニコラスの問いにきっぱりと答えたミリア。その様子に少し不満そうにニコラスは息を吐く。


「でしたらこれを見れば信じてもらえますか?」


 そう言うとニコラスは指を鳴らした。その瞬間、傍に合った魔導人形が一瞬勝手に動いた。

 その直後地面を流れる霊脈れいみゃくが大きく流れを変えた。

今まで不自然な流れを描いていた霊脈が方向を変えて更に不自然な流れを描いていく。

「貴女達は霊脈が不自然な流れを描いていたから魔獣が王都へ侵入するようになった。だから根本的な対策として結界を張る案を決行した。ですが、その霊脈の流れを誰かが操っていたとしたら、それなら先程の私の発言を信じてくれますか?」


 ニコラスの口にする言葉にミリアは「ありえない」とぼそっと呟く。

 霊脈の流れはもはや自然現象と言って良い。その流れをたった一人の力によって変えられるはずがない。しかし今起きている霊脈の流れの変化を見て、不可能と決めつけていた事が起きた事に愕然とする。


「だとしても、私達を王都に誘導して何をしたいのですか?」


 ミリアはニコラスがしたかった根本的な事を尋ねた。


「私を殺してもらうためあなた方には王都へ誘導させてもらいました」


 疑問に簡潔に答えたニコラスをミリアは呆然とした視線で見る。


「そんな事のために、関係ない人達を巻き込んだんですか?」

「えぇ、私にとって貴女あなた方以外には興味ありません。興味のない人がどうなろうと知った事ではないですから」


 ニコラスの何食わぬ声音で語られるはらわたが煮え繰り返りそうな憤怒を煽る発言にミリアは堪忍袋の緒が切れた。

 ミリアは手元に魔法陣を描いた。手元に展開された魔法陣から烈風が巻き起こると、ミリアは手元に巻き起こる烈風をニコラスに向けて放った。

 放たれた烈風は風の刃となり宙に浮いているニコラスを切り刻む。


 切り刻まれたニコラスの体は斬られた跡を生み出し傷からは血が噴き出す。しかし噴き出す血は少しして時間が巻き戻るかのようにニコラスの体へ戻っていく。

 噴き出した血が元に戻るとニコラスに刻まれたはずの切り傷は跡形もなく消えていた。


「言っておきますが私は不死身。風魔法くらいで死ぬような体をしてません」


 ニコラスの淡々とした口調で語られるお揃器の発言にミリアは顔を歪める。


「ですが、私の用意した舞台に役者が全員揃いました。これからが本当のお楽しみです」


 ニコラスはそう口にすると、上空へ宙を移動する。

 移動する最中、ニコラスは天に手を掲げる。手を掲げた天には王都の空を覆う魔法陣が展開された。空に浮かび上がる魔法陣からえぐりだされるように巨大な胴体が現れる。巨大な胴体からは九つの首と六枚の翼が生えていた。その胴体には水晶のような鉱石——核が体を覆う黒いうろこに包まれていた。


「どうですか? この魔獣。この仔は私の意のままに動きます。このように」


 姿を現した巨大な魔獣の九つの首の末端には鋭い顎があった。その顎から紅蓮の光が漏れ出る。そして九つの顎から吐き出される紅蓮の炎は巨大な体躯の下に存在する王都へ向かっていく。

 巨大な魔獣が吐き出した紅蓮の炎は見えない何かにさえぎられ王都へは届かなかった。


「ほう。ミリアの張った結界けっかい、ただの魔獣除けだけではなかったようですね。まさか私のお気に入りの魔獣の炎まで防ぐとは」


 魔獣の炎をさえぎる結界を見るニコラスは悠長ゆうちょうな口調でこの場で起きた事を口にした。


「流石、ミリアと言ったところですか。ですがお楽しみはこれからです」


 そう言うとニコラスはさらに上空へ移動し出した。

 上空へ移動したニコラスに巨大な魔獣は威嚇どころか全く警戒した仕草は見せない。そんな巨大な魔獣にニコラスはすぐ傍に飛翔する巨大な魔獣の胴体の中心にある水晶のように透き通った核に触れた。核に触れるとニコラスの体は核に吸い込まれるように透過していき核の中へ入り込んだ。


『さあ、王都の紳士淑女の皆様方! これから私と共に空前絶後くうぜんぜつごの刺激を味わってください!』


 飛翔する巨大な魔獣の核の中にいるニコラスは魔獣の顎を伝って声を発すると、その声は王都の住民全員に届いた。

 展望台の近くにある大通りにいる人間の叫び声が阿鼻叫喚あびきょうかんの渦を巻き起こしている。

 そこから少し離れた展望台にいるミリアとネールは上空にいるニコラスと融合した巨大な魔獣を見上げているだけしかできなかった。

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