第7話 ミリアの師匠

「……これで、……完成です……」


 ミリアが魔導人形を組み立てて二日が経過した。

 ミリア達が泊まっている宿の部屋は二日前と違い部品が床に広がってなかった。その代わり床には六体の金属光沢を纏う地面から膝下あたりくらいまでの高さの人形が置いてあった。


「一週間もかからなくて良かったな」


 ミリアのすぐ傍で床に座っているネールはともすれば嫌味に聞こえる言葉をミリアに伝える。


「全くです……。これ以上伸びでもしたら……私が先に倒れます……」


 ネールの嫌味に聞こえる言葉にミリアは苛つきもせず、むしろ肯定的な言葉を返す。その言葉を漏らした後、ミリアは床にへたり込んだ。

 床にへたり込むミリアの顔色は若干青ざめていて目元に濃い隈ができていた。

 一目で睡眠時間を削って魔導人形を制作したのだと分かるその顔を床に付ける。


「床で倒れるな。倒れるならベッドの上にしろ。体を痛めるぞ」

「……ネールは私のお母さんですか? ……つくったのは私なのに」


 へたり込むミリアにネールは注意の言葉を口にすると、ミリアは重たい体を無理やり動かしてベッドへ向かいながら愚痴を零す。


「わしに言われたくないなら床でなくベッドで寝るんだな」

「……分かり、ました」


 ベッドにたどり着いて倒れ込んだミリアはネールの言葉に返事をする途中でろれつが回らなくなる。

 ベッドに倒れ込んで物の数秒、ミリアの意識はなくなっていた。



「これミリアが一人でつくったの?」

「はい! 師匠!」


 アルカディア王国辺境地、


 街どころか人すら見かけないその地で一軒家が建っていた。

 その一軒家には人形師の魔女と謳われた魔法使い——ディアナがひっそりと暮らしていた。

 その一軒家にもう一人まだ十四歳になったばかりの少女——ミリアがディアナと共に暮らしていた。


 ある日、ディアナはミリアがつくったという魔導人形を見た。

 金属光沢が主張するボディ、特に特徴的な球状の頭部に円筒状の胴体、金属の管でできた四肢は見るからに無機質なものでできていると一目で思わせる。

 魔導人形では主流とされている生体部品バイオパーツが見る限り一つもないその人形には子供の落書きのような顔があった。


「初めまして。人形師の魔女、ディアナ。わしはネールと言う。ミリアによって造られた魔導人形だ」

「は、初めまして。ディアナと言うわ。ミリアの師匠よ。よろしくね」


 自己紹介をする魔導人形——ネールにディアナは内心驚く。

 ディアナは基本生体部品のみを使い魔導人形をつくる。

 数少ない魔導人形師の中でディアナはその中でも生体部品のみで魔導人形をつくる珍しい人形師だ。多くの人形師は生体部品と無機的部品を組み合わせて魔導人形をつくる。その方が長期的に稼働し動力となる魔力も供給しなくてもいいからだ。


 ミリアには生体部品を使用しない魔導人形の基本的技術は教えたが、生体部品を一つも使わずに無機的部品のみで魔導人形をつくる知識や技術を教えていない。むしろディアナの方が詳しくない。

 その弟子が無機的部品のみで魔導人形を完成させた事に驚いている。


「ねえ、ミリア。ネールの動力源って何?」


 ディアナはふとした疑問をミリアに問いかけた。


「前に師匠がくれた魔鉱石です」

「あの魔鉱石だけ?」

「はい」


 ディアナの問いかけにミリアは率直に答えた。その答えにディアナは驚きを隠せずにいる。

 生体部品のみの魔導人形にも欠点はある。しかし無機的部品のみでつくられた魔導人形にも欠点はある。

 無機的部品のみの魔導人形の欠点。それは稼働に必要な動力源と記憶媒体の容量だ。


 動力となる魔力は生体部品の場合生体部品から産生される魔力で稼働できる。しかし無機的部品のみでは動力となる魔力は産生されない。魔鉱石で魔力を産生するにも、魔鉱石と親和性の高い動力機構を作成しないとものの数秒で人形は稼働しなくなる。


 そして記憶媒体の容量。無機的部品のみの人形は自律して動くために必要な経験値を蓄積できる記憶容量が足りない。まして人と話すような記憶容量の大きさを確保するのは至難の業だ。

 その欠点をミリアはその歳で解決してしまった。

 その時からディアナはある事を決めた。



「ミリア.旅に出なさい」


 食事中、ディアナは一緒に食事を摂っているミリアとその場に同席しているネールがいる場でそう言った。


「旅、ですか? 師匠」

「そうよ。もっと広い世界を見た方が今後ミリアののためになる。一人でネールをつくる事のできるミリアには私に教わるよりも旅で感じたものの方がずっとためになるわ」


 師匠であるディアナの言いつけを聞いたミリアはディアナの真意をすべて聞く事なくその流れで「分かりました」と答えた。

 その会話がディアナとの最後の会話になるとも知らずに。



「師匠! 師匠!」


 火に包まれた一軒家。

 ミリアは倒れ込んでいるディアナの体をゆすって呼ぶ。

 ディアナの体は大きな風穴が開いており熱気を放つ周囲の空気とは裏腹に冷たい。

 涙をまぶたに溜めながらミリアは倒れているディアナを起こそうと何度も呼ぶ。しかし反応は一切なかった。


「おや、その子がディアナの弟子ですか」


 突然声が聞こえた。ミリアは声が聞こえた方を振り向く。

 そこには漆黒の燕尾服えんびふくを着こなす細身で長身の体躯の人物がいた。顔は道化師をの顔を模した純白の仮面で見えないがその風貌は見るからに不気味だった。


「ミリア! どこにいる!」


 ネールの声が火の海に変わった家のどこからか聞こえてくる。


「私から盗んだあれは健在ですね。それについては良しとしましょう」


 先程から視線の先にいる人物の言っている事が解らないミリアはただ茫然と仮面を被った燕尾服えんびふくの人物——ニコラスの言葉を聞くだけだった。


「ミリア。貴女あなたの大事な師匠であるディアナは私が殺しました」


 ニコラスから告げられた言葉にミリアは愕然とする。


「何……で?」


 震える声でミリアはニコラスに尋ねた。


「一言で言うなら、私の大事なコレクションを盗んだから。だから殺しました」


 返ってきたニコラスの言葉にミリアは何も言葉を返せなかった。


「私がやっと聖剣の力を魔鉱石に閉じ込められたのにその魔鉱石を奪ったのです。まあその魔鉱石は今ミリアを探しているようで安心です」


 意味が分からない。

 その言葉だけが今のミリアの頭の中を埋め尽くす。


「もし貴女あなたが私を憎んでくれたのなら、お願いがあります——」


 火の海となった家が崩れかけるその時、ニコラスは懇願こんがんする口調で言った。


「——いつか私を殺して下さい」



「はっ⁉」


 閉じてた瞼を開くミリアは体を起こした。


「……夢、か」


 上半身を起こしたミリアはつい先程見た夢に今も体が震えていた。


「どうした?」


 別訴から急に上半身を起こしたミリアの様子にネールは声を掛けた。


「……ただ、夢を、見ただけです」


 ネールの質問にミリアは鬼気迫ききせまる表情を浮かべ額に冷や汗を掻いた状態で言葉を返した。


「大丈夫か?」


 ネールはあまりに様子のおかしいミリアに心配の声をかける。


「えぇ、それより早く魔導人形を各区へ配置しましょう」


 ベッドから体を起こしたミリアは、ベッドから離れた。

 ベッドから離れたミリアは壁に立てかけた杖を手に取る。杖に魔力を流すと床に座っている魔導人形が宙に浮く。

 魔導人形が宙に浮くと部屋から出ようとするミリアの後を追って宙を移動する。


「ネールは付いてきますか?」

「いや、ここで待ってる」

 ネールを誘うミリアの言葉に断りの意を伝えるとネールはそのまま床に座り続ける。

「分かりました。日が暮れる前には戻ります」


 ミリアはそう伝えると赤らみ始める空を窓から見る。そして元の方向を見て部屋の外を出た。

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