第2話 ネールの修繕

 アルカディア王国王都。


 中央区セントラルエリアを囲むように第一区ファーストエリアから第五区フィフスエリアが存在する。

 そんな王都の第五区へ続く門前にミリアとネールは到着した。


「到着しましたね。王都」

「あぁ」


 門前に到着するとミリアとネールは空中に飛んでいた杖から降りて地に足を付ける。

 その足で門をくぐると視界に広がるのは三年前に訪れた時と変わらない光景だった。

 建造物や人工の乗物から噴き出す蒸気が特徴的な街並みは第五区を象徴する光景だ。


「確か工具店はあそこを右でしたよね?」


 ミリアは指を差して大通りの十字路を示す。


「そうだったはずだ」


 ネールは歩幅を合わせて歩いてくれるミリアに返事を返す。

 ミリアが指差した十字路を右に曲がるとしばらく道なりに進む。すると周りの雰囲気に馴染んでいる一つの店舗が見えてくる。


「やっぱりありましたね」


 ミリアは目的の店を見つけて指を差す。するとネールは「そうだな」と一言返す。

 ミリアとネールは目的の店の前に到着すると錆び付いた扉を開く。

 び付いた扉を開くと、扉とは裏腹に店の内装は清潔だった。


「いらっしゃい」


 店内に入ったミリアとネールに声をかけたのは小太りの男性だった。

 店員らしきその男性にミリアは声をかける。


「すみません。金属製の歯車は置いてありますか?」

「置いてあるが、サイズと歯の数はどれくらいのが欲しいんだい?」


 ミリアは男性に尋ねると、男性は歯車のサイズと歯の数を訊き返す。

 ミリアは口で説明するのが面倒なのか、肩掛けかばんを自身の前に持っていき中を漁る。漁る鞄の中から鈍色に輝く一つの歯車が出てくる。


「この型の歯車を六つ。できれば素材はミスリル銀の物がいいんですが」


 ミリアはそう言うと男性はミリアがサイズを示すために出した歯車を手に取って店内の工具棚を開く。少しして小さな箱ごとミリアの前に見せる。中にはミリアが見せた歯車と同じ型の歯車が入っていた。


「ほい。ミスリル銀製の歯車だ。見せてくれた歯車と同じ型だ。嬢ちゃんも確認してくれ」


 そう言って男性はミリアの前に出した歯車を確認するようにミリアに告げる。するとミリアは箱に入っている歯車を手に取った。

 確かに歯車の型番かたばんを説明するために出した歯車と同じ型番の歯車だ。しかしミリアが出した歯車は鈍色の輝きを纏う鉄製の歯車で、男性が見せたのはミリアが希望した白銀の輝きを纏うミスリル銀の歯車だった。


「ありがとうございます」


 男性に礼を言うとミスリル銀製の歯車を六つ手に取った。するとミリアは懐から布袋を一つ手に取った。手に取った布袋から硬貨を出して男性の前にあるテーブルに硬貨を置いた。


「毎度あり!」


そう言って男性はミリアから歯車代の硬貨を受け取るとはきはきとした声で返事する。


「あの、ここで修繕メンテナンスをしてもいいですか?」

「あぁ、構わないが。何を修繕するんだい?」


 ミリアが唐突に尋ねると、男性は了承する。しかし何を調整するのか分からなかった男性はつい訊き返してしまう。

 すると男性はミリアの足元に視線がいくとネールがこちらを見返してくる。


「これ、嬢ちゃんが造ったのかい?」

「はい」


 恐る恐るネールを造ったのか男性は尋ねると間髪入れずにミリアは肯定の意を示す。その返事に男性は目を丸くした。

 確かにここまで滑らかに動く人形を創る事のできる人形師は数限られるがいない事はない。しかしつい先程の動きと言い店内に入ってくるときも自律じりつして動いていた事を考えると、そこまで精巧で自我を持つ人形をつくる事のできる人形師と出会った事がない。


 男性は目の前で起きている光景に唖然としてしまい頭が働かず間を大きく見開くしかなかった。

 そんな男性をよそに、ミリアはネールの管状の腕と脚の部分を一部解体する。

解体した部分から劣化した歯車を取り出した。ミリアは新しく購入したミスリル銀製の歯車に潤滑油を塗った後劣化した歯車と交換した。そして解体した部分を元に戻す。

 それを他の腕や脚も同様に繰り返して関節部分の劣化した歯車を好感した。


「ふうぅ~。修繕完了」


 ミリアはいつの間にか溜まった額の汗を拭い調整を完了したネールを見る。

 ネールは調整が完了した事を告げられると管状の腕と脚を動かす。


「前みたいに軋む感覚は無い。とても滑らかに動く」

「成功して良かったです~」


 ネールは調整した張本人のミリアに調整後の感想を伝える。するとミリアはほっと安堵の息を吐いた。

 このミリアの一連の所作や手際を見た男性はつい言葉を失った。

 間違いなく超一流の人形師の調整の現場を直接この目で見た事実に驚きのあまり何も言えなくなっていた。


「……の。……あの!」

「えっ?」


 呆然としていた男性にミリアが声をかけていた事に途中で気付いた男性は咄嗟に返事を返した。


「場所を貸していただいてありがとうございます」

「い、いや。こちらこそすごいものを見させてもらえた。こちらこそお礼を言わせてほしいくらいだ」


 男性の言葉を聞いてミリアは頭の上に疑問符を浮かべる。男性の言葉の意味を理解しているネールは何も言わずミリアが不思議そうな表情を浮かべている事に溜息をもらす。


「すみません。ミリアは少々バカなところがあるんで、そんなに褒めなくてもいいですよ」


 ミリアの代わりにネールが男性に言葉を返すと、ミリアはネールの言葉に頬を膨らませる。


「バカとは何ですか?」

「人の言葉の意味をちゃんと理解する力がないからバカって言ってるんだ。悪いか?」

「言い方がきつすぎです! せめて遠回しに言って下さい!」

「ミリアにはこれくらい直球な言葉の方が伝わりやすいだろ?」


 そんな喧嘩腰けんかごしの会話を続けるミリアとネールは互いをにらみつけながら文句を口にする。


「やっぱりネールには言葉では敵いません。分かりました。こっちの理解不足です。すみませんでした!」


 半ば自棄やけな口調で言ったミリアの言葉にネールは溜息を吐いた。そして「最初からそういう態度だったらよかったのに」と呟く。

 口喧嘩で一度も勝った事のないミリアはネールにいつも言い負かされている。

 つくった本人であるミリアが創作物であるネールに言い負かされるのはいかがなものかと思うものもいるが、ミリアとネールの仲では当たり前になっている関係だ。

 しばらくして店の空き場を貸していただいた礼を伝えるとミリアとネールは店を出る。


「ありがとうございました!」


 男性のはきはきとした言葉に出て行くミリアとネールに挨拶をする。すると、ミリアはそのまま第五区の大通りへ足を進めた。

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