第10話 帰省

「この度は魔獣の討伐とうばつに尽力いただき誠にありがとうございます」


 サンチェス・ヒュースの屋敷。

 応接室に招待されたファイは応接室のソファーに座るサンチェスと相対あいたいするソファーに座っていた。

 二人の間にあるテーブルの上には金色の硬貨が山積みになっていた。


「いえ、こちらこそこんな大金をいただけるのは感謝しかないです」


 サンチェスが座るソファーに立っている執事のキースは謝礼金をすぐ傍に置かれている布袋に詰める。

 布袋に謝礼金を詰め終えるとキースはファイの目の前に差し出す。

 キースが差し出した謝礼金を受け取るファイは懐にしまう。するとファイが屋敷に付き添っているノルンはいぶかしげにサンチェスとキースを見る。


「いい気なものですね。こっちは命がけで魔獣を倒したというのに。こちらの気も知らないで」


 その姿を目視できないノルンは頬を膨らませて愚痴ぐちる。

この場で唯一ノルンの姿が見えるファイは心の中で呆れていた。


〈ノルンの奴、まだ根に持ってるのかよ〉


 そんな事を思いながらファイはそれを顔に出さず謝礼金を渡すキースに「ありがとうございます」と感謝を伝えた。


「ここから話を変えたいのですがよろしいでしょうか?」

「話、とは何でしょうか?」


 ファイは急に新たな話題へ移ろうとするサンチェスにたずねた。

 ファイが尋ねるとサンチェスはキースに視線を向ける。

 キースはサンチェスの向けた視線の意図をさっして応接室から出て行く。

 キースが応接室から出るとサンチェスは口を再び開く

「今回の魔獣の騒動を解決された方の一人であるあなたに王宮からこれを渡すようにと言われておりまして」


 そう言うとサンチェスはテーブルの上に一通の封筒を置いた。

 サンチェスがテーブルに置いた封筒には王宮指定特級の封がされている。

 ファイはテーブルに置かれた封筒を手に取って封を開けた。

 ファイの後ろにいるノルンは覗き込むようにファイの開けた封筒を見る。

 封を開けて中の内容物に目を通すとファイとノルンは唖然あぜんとする。


「「王宮近衛騎士おうきゅうこのえきしの推薦状⁉」」


 封筒の中の紙に書かれている内容に目を通したファイとノルンは目を丸くして驚きの声を上げた。


「あなたは今や王都の危機を救った英雄です。その英雄を逃したくないと王宮の騎士団長から私に直接言い渡されました」


 サンチェスは苦笑いを浮かべて事情を口にした。

 その事情を聴いたファイは数瞬すうしゅんおいて口を開く。


「さ、さすがに近衛騎士に推薦だなんて話が飛躍しすぎではないでしょうか⁉」


 ファイは自分が置かれている状況に戸惑う。

 王宮近衛騎士は王都の騎士の名家の人間でも配属されるのは限られた実力のある人間だけだ。まして王都の住民ではないファイが近衛騎士に推薦されるなど前例を聞いた事がない。


「私もそこは気になりましたが、騎士団長は本気であなたを近衛騎士にしたいらしいのです」


 苦笑いを浮かべてサンチェスにファイは騎士団長から強い圧をかけられている事をさっした。そうでなければあって二回目の人物にこんな事を頼むはずがない。


「王宮近衛騎士は限られた実力者のみが選ばれる狭き門です。それに近衛騎士になれば王都でかなり優遇されます。悪い話ではないと思いますよ」


 サンチェスはファイに近衛騎士になる利点を口にする。

 サンチェスの言う通り、近衛騎士になれば未来は安泰で王都での地位もかなり高い。一般人がこの提案をされるのはこれが最初で最後かもしれない。

 ファイはしばらく口を閉じて熟考じゅっこうする。

 そしてファイが口を開くとサンチェスはファイをじっと見る。


「誠に光栄なご提案ですが、すみません。お断りさせてください」


 ファイの口にした言葉にサンチェスは耳を疑った。


「な、なぜですか⁉」


 ものすごい形相をしてサンチェスはファイの出した返答の真意についてたずねた。

 サンチェスからすればこれ以上ない好条件を蹴る意味が分からなかった。


「オレには近衛騎士という大役は荷が重いと思います。それに——」

「それに?」


 サンチェスはあまりの衝撃に呆然とした。そんなサンチェスにファイは断った理由の続きを口にする。


「——オレはただの運び屋が性に合っていると今回の騒動で身に沁みました」


 断った理由を口にしたファイの顔はとても晴れやかだった。

 ファイは王宮近衛騎士の推薦状をテーブルに置いてソファーから立ち上がった。


「これで失礼します」

「お、お待ちください!」


 ファイはそう言ってサンチェスの屋敷から出て行った。



「あんな好条件、本当に断ってよかったんですか?」


 ファイが屋敷から出た後、王都の外に繋がる門へ進む途中でノルンは質問した。


「さっきも言ったろ。今回の騒動で王都を守るよりも運び屋をしてる方がずっと気が楽だ」

「まあ、確かに魔獣を倒すのには骨が折れましたが」

「それにオレはノルンと一緒ならどこでもそこそこ楽しいってのも実感できたしな」

「な、きゅ、急に何を言うんですか⁉」


 ファイは正直な気持ちを言葉にした。その不意打ちの答えにノルンは頬を赤くして動揺した。

 ノルンの様子にファイは笑いを零す。


「自分がからかうのには抵抗ないくせに、いざ自分がからかわれると弱いな。ノルン?」

「くぅ~! からかったんですね! 許しませんよ!」

「おぉ~怖い怖い」


 そう言うとファイは声をあげて笑った。その様子にノルンは頬を膨らませる。

 そんな事をしているとファイ達は王都の外へつながる門へ到着した。


「さあて、予定より長く居座っちまったな」

「話を逸らさないでください! まったく!」


 不貞腐ふてくされるノルンをよそにファイの足が鋼の輝きをまとう。そしてファイは地を蹴った。


「イヤアアアアアアァァァァァァ——————‼」


 凄まじい速度で走るファイの後ろにしがみついているノルンは絶叫を上げた。

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