第5話 災厄との再会
「何で断らなかったんですか。ファイ?」
王都の門を出たファイの首元に手を回し背中にくっつくノルンは率直な疑問を
サンチェスからの
「さすがに王都にいる住人全員が魔獣の被害に困ってるんだ。それに取引先がなくなってしまえば
ノルンの疑問にファイは答える。するとノルンは人差し指をファイの頬に突きつけた。
人差し指を突きつけられるとファイの頬はふにっと形状が変わった。
「人の事を気にするなんて。昔に比べて良心的になったものですね」
「そう言うノルンは昔から何も変わってないな。ガキの頃からよくオレにべたべたするのやめろと言ってもやめなかったもんな」
そんなやり取りをしているとファイの足元が
「良いじゃないですか。ファイの反応が面白いんですから」
「それを一般的に『嫌がらせ』って言うんだぞ」
「その『嫌がらせ』をしてもファイは許してくれます。そんなファイが好きだから余計からかいたくなるんです」
「それはどうも。オレもノルンに気に入られて嬉しいよ」
ノルンと会話をしながらファイは北西に向かって地面を蹴った。
地面を蹴ったファイは地を蹴って走る速度を徐々に上げていく。するとノルンはファイの首元に回している腕でしっかりとファイにくっつく。
土煙を上げながら常人離れの速度で走るファイは手元に持っている北西を指し示すコンパスを
ファイが走って目的地へ向かうと空高くにあった太陽はすでに地平線の下へ沈み出していた。空は赤みを帯びだして昼間の気温より冷えていた。
「今これ以上先に進めば夜に魔獣の巣穴に着いちまう。今日はここで野営して明日魔獣の巣穴に到着しよう」
後ろに抱きついているノルンに野営をする事を伝えると、ファイは徐々に走る速度を落としていく。
ファイの意見に「分かりました」と返事をしたノルンはファイが足を止めると抱きついた体を放した。
「寒くなかったですか?」
不意にノルンはファイに
「いや、走ってたからあまり気にならなかったぞ」
ノルンの心配事にファイは気にならなかったと口にした。その言葉を聞いたノルンはすぐにその言葉が嘘である事に気付く。
ファイの着ているつなぎの背中は薄く霜I《しも》ができていて布地が凍っていた。それ程の冷気を体から漏れ出しているノルンにくっついていたのだ。走って体が温まっていると言っても寒かったはずだ。
「そういうところ好きですよ。ファイ」
「なんだよ。いきなり」
ノルンが
「仲睦まじくしていて安心しましたよ。ファイ。ノルン」
突然聞こえてくる声にファイとノルンは声の発生源を振り向く。
振り向いた視線の先には夜の闇に染まりつつある景色に馴染む漆黒の
その姿を視界に映したファイは体中が煮えたぎるような錯覚を覚えた。
「久しいですね。ファイ。八年ぶりでしょうか?」
「そうだなニコラス・アレキウス。こんなところで会うとは思わなかったぜ。二度と会いたくなかったがな」
仮面を被った
「そんな冷たい対応を取らなくてもいいじゃ——」
ニコラスが言葉を発している途中、ニコラスの口が止まった。
ニコラスの目の前には鋼色の手刀が胸を貫き背中から鋼の輝きを放つ槍が何本も貫通していた。
「——人が話している途中で殺そうとするなんて。施設から出てからもう少し常識を学んだと思っていたのですが」
「生憎、お前に礼儀正しくできる程人間が——剣ができてなくてな」
そう言ってファイは鋼の手刀でニコラスの心臓を
ファイは胸を貫いた手刀を引き抜いてニコラスから距離を取る。
ニコラスの心臓を貫いた鋼の手には赤黒く粘り気のある液体が付着していた。そんな鋼の手刀で貫いたはずのニコラスの胸は槍を体から外れていて
「さすがは体の細胞全部に聖剣の力を宿しているだけはありますね。ただの手刀の突きで私の心臓を
「忘れるわけがないだろ。次に会った時、お前に改造されたこの体でオレはお前を殺す。精霊に代えられたノルンの分までな」
「それは大層な野望ですね。想定通りです」
そんなニコラスはファイの後ろに浮かんでいるノルンに視線を移した。
「ノルンも八年ぶりですね。相変わらずファイにべったりしてますね」
ニコラスは久しぶりに再会した人に挨拶をする感覚でノルンに声をかける。そのニコラスに声をかけられたノルンは顔が青ざめていて体が細かく震えていた。
「私に体を精霊化されたくらいでそんなに怯えられると少し悲しいです」
ニコラスはわざとらしく演技じみた言葉をかけると、仮面の下から覗ぃ目は狂気じみた輝きを
「ニコラス.口を閉じろ。本当に殺されたくなければな」
「おや、それなら余計口を閉じるわけにはいかないですね」
ファイの
「ですがノルンの事を考えるとそろそろ去った方がいいでしょうね」
ニコラスはファイの後ろで震えているノルンを見る。宙に浮いているノルンの体から空気が凍って周囲が白んでいて足元は霜が降りていた。
「ではまたお会いしましょう。その時は有言実行してください。ファイ」
「大丈夫か⁉ ノルン⁉」
ニコラスが姿を消してすぐ、ファイはノルンの方を振り向いた。
視界に映る震えが止まらないノルンの周囲は空気が凍って白んでいる。ファイの距離からでも伝わる冷気にファイは
「落ち着け! ニコラスはもういない!」
ファイは声を張ってノルンに声を掛ける。しかしその声が届いていないのかノルンは一向に体を小刻みに震えて周囲の熱を奪っている。
「ノルン!」
ファイはノルンを呼ぶと同時にノルンの両頬を手で覆うように軽く叩いた。
ノルンの頬にファイが手を覆うと手の熱を奪っていく。ノルンは頬を軽く叩かれると今まで焦点が合っておらず虚ろだった瞳に光が宿る。
「……ファイ」
ファイの存在に気付いたノルンは周囲から熱を奪ってできた白む空気は徐々に消えていく。
意識がはっきりしていくノルンは自身の頬に手で覆うファイに気付くとようやく今の状況を把握する。
「……またやってしまいましたか」
自身の頬を覆うファイの大きな手にノルンは小さく細い手を重ねた。重ねたファイの手はノルンから発せられた冷気で霜焼けになっていた。
「これくらいはすぐに治る。それより落ち着いてきたみたいで良かった」
「やっぱりだめですね。こんな体になって何年もつのに熱を奪うこの体を
ノルンは苦笑を浮かべ自虐的な言葉を口にした。
その様子のノルンにファイは頬を覆っていた手でノルンの頬をつまんだ。
「きゅ、きゅうになにをしゅるんでしゅか?」
「さっきも言ったろ。これくらいの霜焼け、オレならすぐに治る。ノルンはだめじゃない。それはオレが保証する。だからぐちぐちするのはやめろ。ノルンらしくない」
ノルンのひんやりとした柔らかい頬をつまんでいたファイは頬から手を放した。その後ファイは地面に腰を落とした。
腰を落としたファイは空を見上げる。見上げた空は既に夜の帳に染まっていた。夜空には円を描く満月は神秘的な光を放っていた。そんな夜空を見ながらファイは懐から保存食を取り出して口に運ぶ。
「明日には目的地に着く。オレ一人よりノルンと一緒ならすぐに魔獣討伐まじゅうとうばつ》が終わる。終わったらすぐに家に帰ろう」
ファイは保存食を
「そう、ですね。さっさと魔獣を
ノルンは笑みを浮かべた。その笑みは激昂が照らすからなのか、どこかさみしげで憂いでいるようにも見えた。
その笑みにファイは一言「そうだな」と返事を返す以外に他の言葉が浮かばなかった。
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