第4話 討伐依頼

 王都への配達物をすべて届けたファイは門前で受け取ったサンチェスの屋敷までの地図を見ながら第三区の通りを進んでいた。

 地図通りに進むと第三区にある建物の中でもとりわけ大きな建物が目に入る。


「ここが区長の屋敷か」


 地図通りに進んだファイの目の前の大きな建物——サンチェスの屋敷やしきに到着すると屋敷の門前に一人の老年の男性が立っていた。


「お待ちしておりました。ファイ様」


 ファイに視線を合わせた老年の男性はきっちりとした身のこなしでファイに会釈えしゃくをする。


「私はヒューズ家の執事しつじつとめています。キースと申します」


 老年の男性——キースは会釈をした後屋敷に訪れたファイに自己紹介をした。


「屋敷の中でサンチェス様がお待ちしております。ご案内いたします」


 そう言うとキースは屋敷の中へファイを誘導する。ファイが屋敷の中へ案内されるとファイの後ろに抱き着くノルンも一緒についていく。

 ファイの後ろに抱きついているノルンが見えないのか宙に浮きながらファイの後ろに抱きつくノルンの存在に視線を合わせない。それどころかまるでノルンが見えていないかのようだった。


「応接室に到着します」


 キースはファイにもうすぐ到着する事を伝えるとファイの目の前には扉が映った。

 キースは目の前の扉にノックをした。


「主様。ファイ様が到着しました」


 ノックした後中にいる人物に声をかけた。すると、扉の奥から「ご苦労だった」と返事が返ってきた。

 キースは扉を開けると、ファイを応接室の中へ誘導する。

 応接室の中に入るとファイは部屋の中央に配置されているテーブルとソファー、そしてサンチェスがソファーの前に立っている光景を目に映す。


「お待ちしてました。どうぞこちらにお座りください」


 サンチェスは手でファイを向かいのソファーに誘導ゆうどうする。ファイはサンチェスに誘導されるがままサンチェスの向かい側に配置されているソファーに座った。


「改めまして、今回は魔獣におそわれたところを助けていただき心から感謝します」


 サンチェスはソファーに座った後、うやうやしくファイに感謝を述べて頭を下げた。


「頭を上げて下さい。オレはそんな大層な事はしてません」


 ファイは頭を下げて感謝を伝えたサンチェスに頭を上げるよう話す。するとサンチェスは頭を上げて再度ファイと目を合わせた。


「いえ、もしあの場に貴方あなたがいなければ今頃私は魔獣に殺されていました。命の恩人に対して感謝を伝えるだけでは私の気が済みません」


 そう言うとサンチェスはソファーに座るファイの後ろに視線を移した。

 サンチェスが移した視線の先はノルンではなく「何か」を持っているキースだった。

 キースはサンチェスとファイの間にあるテーブルの上に「何か」を置いた。

 ファイがテーブルの上に置かれた「何か」を見ると中に何か入っている布袋だった。


「これは私からの感謝の証です」


 ファイはサンチェスの言葉を聞いた後、布袋を手に持った。妙に重みのある布袋の中身を見た。

 布袋の中に入っていたのは金色に輝く硬貨だった。

 ファイは布袋に詰まっていた金色の硬貨が目に入った途端とたんおどろきで思わず言葉を漏らした。


「こんな大金受け取るわけにはいきません!」


 ファイは布袋の中に入っている金貨の数の多さに遠慮の言葉が出た。


「いえ、魔獣から助けて下さった貴方あなたには感謝しきれない恩があります。私に返せるものはこれぐらいしかありません。遠慮なく受け取って下さい」


 サンチェスは布袋に入っている大金に遠慮しているファイに受け取ってほしいと口にする。

 サンチェスの半ば押しつけに近い言葉にファイはこれ以上遠慮しても話が終わらないと思った。


「……分かりました。ありがたく受け取ります」


 ファイはサンチェスからの謝礼を受け取ると懐に大金の入った布袋をしまった。


「話は変わりますが、私が魔獣に襲われていた時、魔獣をったあの力は何ですか?」


 サンチェスは助けてもらってから抱いていた疑問をファイにたずねた。サンチェスの率直な質問にファイは若干顔が歪む。


「何と言えばいいでしょうか。オレ自身も完全に把握しているわけではないんです」


 ファイは言葉を濁すとサンチェスはすぐに触れてほしくない事だとさっした。


「気分を悪くさせてしまい申し訳ございません」


 サンチェスは言葉を濁したファイに謝罪すると、ファイは苦笑する。

 そして暫くの時が経つと沈黙を破るようにサンチェスは口を開く。


「これから話す事は貴方あなたの力を見込んでお願いするお話です。もし嫌であれば断っても大丈夫です」


 サンチェスが重々しい空気をまといファイに話をする。


「ここ最近、なぜか王都に魔獣が侵入して王都の街や住人を襲っています」


 サンチェスが話を始める。冒頭から治安の悪い話にファイはサンチェスの話を聞き入る。


「王都の衛兵えいへいが侵入した魔獣を討伐とうばつしています。しかし魔獣は際限さいげんなく王都内に侵入して暴れ回っています。王宮魔法使の話では王都から少し離れた所に魔獣達が巣をつくったらしくその魔獣が王都に向かっている事が判明しました。しかも魔獣の巣は二ヵ所ある事も判明して王宮や区の役人は対応に追われています」


 サンチェスが説明する話にファイは前回荷物を運んだ時に訪れた王都との状況の違いに唖然あぜんとする。


「魔獣の巣穴が判明したのですが、これまでの魔獣の被害によって王都の衛兵が不足しています。魔獣狩りの剣士様に依頼をしたのですが、一刻も早く魔獣の被害を解決したいと王宮の重役や王都の住人を含めて私達はそう考えています」


 サンチェスが状況を説明していくと、ファイは何か嫌な予感が脳裏のうりをよぎる。


「本来は剣士様を待つほかないと思ってい問、あなたが現れました」


 この言葉を聞いた途端、ファイはサンチェスが先に言う言葉が頭の中に浮かび上がる。


「もし宜しければ巣穴にいる魔獣を討伐とうばつしていただけませんか?」


 サンチェスは真剣な視線をファイに向けた後、サンチェスは再び頭を下げて懇願こんがんした。

 サンチェスの懇願にファイはすぐにでも断りたいと思った。しかしこの場の雰囲気にファイにとって断りにくい状況だった。


「やっぱり、この人、胡散臭うさんくさいと思ったんですよ」


 この場の雰囲気雰囲気不相応ふそうおうな不満そうな言葉を口にしたノルンは苦い表情を浮かべていた。


「この人最初からファイをここに呼んだのもこの話をするためだったんですよ。まったくふてぶてしい男ですね」


 サンチェスから存在を確認できないのをいい事にノルンは言いたい不満を思う存分声音に乗せて文句を言う。

 ノルンの不満の声が聞こえるファイは困惑こんわくの表情を隠し切れずにいた。

 ノルンの口にしたサンチェスの考えは本当か嘘か不明だが、魔獣から助けただけには謝礼金の額が多すぎる事や、断りにくい空気に話を持っていったのであればノルンの考えも間違いではないかもしれない。


「依頼した剣士様が王都に来るのにあとどれくらいかかるんですか?」


 ファイは本来魔獣の巣穴にいる魔獣を討伐とうばつする人物がいつ王都に到着するのかたずねる。するとサンチェスはファイに魔獣狩りの剣士が到着する予定の日時を口にする。


「王都へ問題なく訪れるのであれば、二日後に到着するはずです、ですが——」


 サンチェスは途中で口にする言葉が詰まる。その様子にファイは王都に到着する前に起きた事が頭に浮かぶ。


「——今回の私のように王都に向かう途中で魔獣と遭遇したとなれば予定も狂います」


 もし順調に王都へ来るのであればあと二日の我慢だ。しかし話を聞く限り魔獣の被害は大きいらしい。魔獣狩りの剣士が到着するまで待つ余力がないようだ。それに王都の外から訪れるのであれば王都に来る前に魔獣と遭遇すれば予定よりも到着が遅れる可能性がある。

 サンチェスはわらにもすがる思いでファイに頼んでいるのも理解できる。だからこそ断りづらい空気に事を運んだのかもしれない。

 ファイは心の中で大きなため息を吐くと、口を開く。


「分かりました。オレができる範囲で巣穴にいる魔獣を討伐とうばつします」

「本当ですか⁉」

「ですが、オレは魔獣狩りを生業なりわいとしてません。もし巣穴にいる魔獣を討伐とうばつ出来たらそれ相応の謝礼を頂きたいのですが」


 ファイが別途の謝礼を要求するとサンチェスは困惑の表情が瞬時に晴れやかになった。


「もちろんです! 謝礼ならお渡ししますとも!」


 サンチェスは問題が解決したような様子でファイに感謝を伝える。

 こうしてファイは成り行きで王都に甚大な被害をもたらしている魔獣の討伐とうばつ承諾しょうだくした。

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