第2話 魔獣との遭遇

「もうすぐ王都だ」


 目の前に高い建造物けんぞうぶつが見えてくるとファイは走る速度を変えないままファイの後ろにしがみついているノルンに伝える。


「そうみたいですね。あそこまでの距離だとあと十分くらいで王都に到着しますね」


 ノルンは今いる位置から王都までの距離とファイの進む速さを概算がいさんして到着するのにかかる時間を口にする。

 ファイはそのまま走っていると王都の建造物が徐々に近づいていく。


「ファイ。目の前、何か変ですよ」


 ノルンは目の前に起きている異常事態にファイに話しかけた。

 ファイとノルンの視線の先に王都の建造物とは別の「何か」が目の前に見えてくる。「何か」は箱型の形状をしていて扉と車輪が取り付けられている。そんな箱型の前には馬が繋がれている。

 馬車と思われる乗り物はよく見ると車輪の一部がひしゃげていてまともに動かせそうになかった。馬車馬も地面に倒れている。


 異常事態に見える状況にファイとノルンは視線が目の前の馬車に釘付けになる。

 するとファイとノルンの視線から馬車の陰になっていたところから一体の獣が馬車の上に乗りかかった。

 馬車に乗りかかった獣は馬車馬よりも一回り大きな体躯だった。そして明らかに普通の獣とは違うとさっした。


 馬車の上に乗りかかった獣は猪のような風貌だが、頭部には二本の大きな角が、背中には二枚の大きな翼が生えていた。そして一番特徴的だったのが胴体に大きな水晶のような鉱石が埋め込まれていた。

あまりに異様な獣が姿を現すとファイとノルンはすぐに異形の獣が魔獣と理解した。


 魔獣——獣の姿をした異形いぎょうの生物。体に魔力を宿していて胴体には動力となる核が体外に剥き出しになっているのが特徴の獣だ。

 その魔獣が馬車に乗りかかっていると馬車の扉から外に出ようとする人物がいた。

 馬車から降りた人物は気が動転しているのか馬車から上手く降りられないでいた。


 魔獣は馬車から降りようとした人物を視界に映すと離れているはずのファイとノルンの耳に届く程の雄叫おたけびを上げた。

 魔獣の雄叫びに恐怖で足を震わせていると馬車が傾き、馬車に乗っていた人物が外へ出された。馬車から落ちた人物は尻もちをつくと震えながら後ろで後ずさる。その人物を視界に映した魔獣は獲物を仕留めるかのように二本の鋭い角を尻もちをついた人物に向ける。


「あれはヤバいぞ!」


 視界に映る緊急事態にファイは咄嗟とっさに走っている足をさらに速く動かす。先程よりも遥かに速い速度で走るファイは馬車の近くまで疾風のように速さで走ると尻もちをついている人物を狙う魔獣の頭部に飛び蹴りを喰らわした。

 突然の事に魔獣に襲われそうになる人物は呆気にとられた。突然視界に入った人物が飛び蹴りを魔獣に喰らわせて魔獣を吹き飛ばしたからだ。


 飛び蹴りを魔獣にお見舞いしたファイは着地してすぐに体勢を整える。一方ファイに蹴り飛ばされた魔獣は地面に転がった。すぐに四足で体を起こす魔獣にファイは右手の指をピンと伸ばして手刀の形をつくる。

 つくった手刀が足と同じ鋼の輝きを纏っていくとファイはすぐに魔獣の方へ間合いを詰めた。地面に転がった体を起こそうとする魔獣の胴体の間合いに入り込むと鋼色の手刀を胴体にある核に向かって刺突しとつする。


 ファイの手刀の突きが魔獣の核をつらぬく突きを喰らった胴体の反対側から鋼の槍が何本も胴体を突き破った。

 胴体を突き破った鋼色の槍に魔獣は悶絶したまま動かなくなった。

 ファイは鋼色に変色した手刀を魔獣の胴体から引き抜く。すると引き抜いた腕は鋼色から元の肌色に戻っていた。そして魔獣の体につらぬいた何本もの槍は突き刺さったままだ。そして魔獣の体は白い灰に変わり地面に積もる。


「ふう。これで魔獣は死んだな」


 手刀を引き抜いたファイは後ろを振り返る。振り返ると、先程まで尻もちをついていた人物が馬車を背にして覗き込んでいた。

 馬車を背にして隠れている人物は小太りの男性で丁寧に仕立てられた礼服を着ている。その礼服も地面に転げ落ちた時に土がついて汚れていた。


「大丈夫ですか?」


 ファイは声を掛けると振り向いた先の視界に映る礼服の男性はファイと視線が合う。すると一瞬驚きの表情を浮かべすぐに安堵に満ちた表情に和らいだ。


「あ、ありがとうございます!」


 礼服の男性は震える声で助けてくれたファイに感謝を述べた。

 礼服の男性は絶命した魔獣を一瞥いちべつするとすぐにファイへ視線を戻す。そしてファイの近くへ足を運ぶ。


「いえ、オレはただできる事をしただけです」


 ファイは礼服の男性に淡々とした言葉遣いで言葉を返した。


「この人、見た目からしてお金持ちそうですね」


 礼服の男性を助けたファイのすぐ後ろに浮遊しているノルンは出会ったばかりの礼服の男性に対して失礼な発言をする。しかしノルンの言葉は礼服の男性には届いていないのか、礼服の人物はノルンの発言に無反応だった。

 それどころか傍から見れば宙に浮いている少女の姿が視界に入っているはずなのにその姿に視線が向いていない。まるで礼服の人物にはノルンの姿が映っていないような反応だ。


「聞こえないのをいい事に失礼な言葉を言うなよ。オレには聞こえてるんだ」


 ファイは傍にいるノルンに小声で苦言をていする。


「どうかなさいましたか?」


 ファイの言動に疑問符を浮かべた礼服の男性は咄嗟とっさたずねた。


「い、いえ。ただの独り言です」


 ファイは礼服の男性の疑問に対してごまかすように嘘を吐いた。

 ファイの嘘に礼服の男性は若干引っ掛かるような表情を浮かべるが、すぐに元の表情に戻る。


「それよりも怪我はしてませんか?」

「尻もちをついただけ怪我一つありません。これも貴方あなたに助けてもらったおかげです」


 心配の言葉をかけたファイに礼服の男性は無傷である事を返した。


「それにしてもあの魔獣を一人で倒してしまうなんて。もしや貴方あなたが私が依頼した魔獣狩りの方ですか?」


 礼服の男性が口にした言葉にファイとノルンは頭の上に疑問符を浮かべる。


「いえ、オレはこの荷物を王都へ届けに来た運び屋です」


 ファイは自身の生業なりわいを口にして礼服の男性が考える人物でないと主張した。

 すると礼服の男性は一瞬驚いた顔をした後、すぐにその表情が何か思いついたようなはっとした表情に変わる。


「話の途中ですみません。自己紹介がまだでしたね。私は王都第三区の区長を務めていますサンチェス・ヒュースと申します」


 礼服の男性——サンチェスは自身の職を口にして自己紹介をした。するとファイは口を開いて自己紹介をする。


「オレはファイと言います。さっきも言った通り運び屋をしている者です」


 互いに自己紹介をすると宙に浮いているノルンは空中を移動してサンチェスの目の前に止まった。サンチェスはすぐ目の前に移動したノルンと視線が合わなかった。そしてサンチェスは目の前にいるノルンの存在を無視してファイの元へ進む。

 目の前にいるノルンを無視して前に進むとサンチェスはノルンとぶつかる——事無くノルンの体をすり抜けた。

 ノルンの体をすり抜けたサンチェスはファイの目の前に着くと口を開く。


「助けていただいた命の恩人に頼むのは忍びないのですが、王都まで運んでいただきたいのです。よろしいでしょうか?」


 そう言うとサンチェスは車輪が壊れている馬車に視線を向けた。

 馬は地面に倒れたまま動かない。恐らく魔獣によって脚の骨が折れたのだろう。

 王都への移動手段が徒歩だけとなったサンチェスにファイは苦笑を浮かべた。

 今の位置から王都までは普通の人間が徒歩で進むには遠い。それにまた魔獣と遭遇そうぐうしないとは言い切れない。


「……分かりました。ですが馬車よりも乗り心地は良くないですがいいですか?」

「背に腹は代えられません。それに命の恩人に今度は王都まで運んでもらうのです。不満どころか感謝しかありません」


 ファイの言葉を聞いたサンチェスは半ば諦めたような口調でファイに運ばれる事を頼む。


「でしたらここに座ってしがみついていてください」


 そう言うとファイは一度背中に背負った荷物を地面に下ろした。そして背負っていた荷物を整理して少しの隙間をつくる。そしてファイは荷物にできた隙間にサンチェスを誘導する。

 誘導されるまま荷物の隙間に腰を落とすと、ファイはサンチェスが載っている荷物を再び背負う。

 背中に担いだ荷物とサンチェスを見るノルンは頬を膨らましていて見るからに不満そうな表情を浮かべた。


「そこは私の特等席だったのに。これじゃ私がファイにくっつく場所がないじゃないですか」


〈ノルンは自分で空中を移動できるんだから今回ぐらい我慢しろよ〉


 ノルンが不満そうに愚痴ぐちを零すと、ファイは心の中で呆れた言葉が出てくる。

 荷物ごとサンチェスを背負ったファイは鋼色の足で地面を蹴ると、人とは思えない速度で王都に向かって走る。

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