運び屋の聖剣編

第1話 運び屋ファイ

「……暑い」


 率直そっちょく愚痴ぐちこぼれる。

 照り付ける日射しと焼けるような熱気を放つ大地。


 こんなところはすぐにでも立ち去りたい。しかし見渡す限り陽炎かげろうで揺らぐ荒野の大地のみが広がる。そんな風景をしばらく見ているファイは大きな荷物を担ぎながら進んでいる。


 くすんだ鼠色ねずみいろの髪に猛禽類もうきんるいのような鋭い目つきの三白眼さんぱくがん。着ているくたくたのつなぎの上からでも分かる筋肉質きんにくしつ体躯たいくは自身の体より大きなの荷物をかついで動けるほどきたえられている。


「それだったら私が冷やしであげましょうか?」


 ファイの耳元に鈴のような音色の声が聞こえる。それと同時にこの場では心地よい冷気が首筋に触れる。首筋に触れる冷気が徐々に背中にも降りてくるとファイは後ろを向いた。


「前にも言ったが抱きつくのやめてくれ」


 後ろを向いたファイの視界に映ったのは宙に浮く一人の少女だった。

 快晴の空のように青い髪は二つに結われている。金色に輝く瞳は少々吊り気味で猫目と例えるのがしっくりくる。熱気が充満するこの場には無縁の雪のように白い肌と羽織っている純白の外套がいとうの色も涼しげだ。


「そうは言っても、この暑さで避暑ひしょの一つでもしないとすぐに倒れてしまいますよ? ファイ」


 青髪の少女の言うようにファイに抱きついた部分は周囲の熱が嘘のように冷めていた。まるで青髪の少女が周囲から熱をうばっているようだった。

 青髪の少女が宙を浮きながらファイの後ろから抱きついている姿をファイはいぶかしげに見る。


「そんな事言ってるけど、本当はノルンがただ楽して移動したいからだろ?」

「それが本当だとしても私は重くありませんし、この暑さでファイがやられたら元も子もありません。今は私がファイに抱きつくのが一番安心安全なんです」


 いぶかしげに見るファイに対してノルンは得意げに今の状況にとっての最善策を口にする。その言葉にファイは溜息ためいき《ためいき》を吐いた。


「分かった。確かにこんな暑い場所に長居したくないな」

「そうでしょ。だからもっと近寄っても——」

「ノルン、振り落とされるなよ」

「え?」


 唐突に話の流れを変えたファイにノルンはふと頭に疑問符を浮かべた。その間にファイは前屈みになる。

 前屈みになったファイの足がまたたく間に肥大化ひだいかし足の指が鉤爪かぎづめのように鋭く鋼色に変化した。鋼の輝きをまとう足でファイは地を強く蹴った。

 地を強く蹴るとファイは今までいた場所から土煙が立ち上りながらまたたく間に姿を消した。


「いやああああああぁぁぁぁぁぁ——————‼」


 姿を消したファイがいた場所からかなり離れた場所から絶叫が聞こえる。

 絶叫の発生源はいつの間にか先程までいた場所からどんどん離れていく。絶叫の発生源と同じ場所から土煙が巻き散り絶叫が移動する軌跡が残る。


 土煙が巻き散る先端には人ではありえない程の速度で走るファイに、必死にしがみつくノルンはあまりの速さに涙目で叫んでいた。

 ファイが走り続けてしばらくすると熱気を放つ荒野から草木の生える青々しい草原へ辿り着いていた。そしてファイは足の動きを徐々に遅くして減速していく。

 変形して鋼の輝きをまとうファイの足はいつの間にか元の肌色に戻っていた。


「ここなら少しは休憩できるな」


 ファイがついに止まると額に掻いた気持ちのいい汗を拭い晴れ晴れとした表情を浮かべた。それに比べてノルンは顔が青ざめている上、金色の瞳の焦点が合っていない。


「……急に走るの……うぇ……。いつもやめてと……言ってるじゃ……うぇ、ないですか……?」


 嗚咽おえつおえつまじりで先程までの鈴のなるような声が嘘のようにからからに枯れた声に変わりながらファイに対して抗議した。


「言っただろ。振り落とされるなって」

「……それじゃ、説明不足……です……」


 青ざめた顔色のままのノルンにファイは断りを入れたと伝えるが、ノルンはその断りだけでは不十分だと注意した。


「どうせここで休憩するんだ。ノルンも具合が良くなるまで休めばいい」

「……誰の……せいで、こんな……風になったと……思ってるんですか?」

「ノルンがオレに抱きつくから早めに移動したんだ。これならノルンがゆっくり休める場所を確保できただろ」

「……それとこれとは、別の話です……」


 ファイは草が生える地面に座ると、ノルンは仰向あおむけになって宙に浮いていた。

 先程までの快晴は雲が空に現れて太陽を隠した。

 突き刺すような強い日光が遮られ地面も焼くような熱気も放っていない。ほおでる風は心地よい暖かさにこ事安らぐ。


「前にも言ったけど抱きつくのはやめてくれ。オレにしか見えないからってべたべたされると恥ずかしいんだ」

「そんな事言って。こんな可愛い精霊に抱きつかれて嬉しいんじゃないですか? 胸が当たると表情が少しニヤつきますし」


 ノルンの指摘にファイはぎくりとして表情が強張こわばる。


「そっ、それは気のせいだ」

「そうですか?」


 ファイの不審な間にノルンはいぶかしむ視線を向ける。


「そ、それよりもう少しで王都に到着する。今度はさっきよりも速度を落として走るから今のうちにゆっくり休めよ」

「分かりました。今度はくれぐれも常識の範囲内で走って下さい」


 ファイは目的地である王都までだいぶ近付いた事を伝えると、宙で仰向あおむけになるノルンはちらっとファイを一瞥いちべつして釘を刺さした。

 ファイは「分かったよ」とノルンの注意に返事を返した。


 そしてしばらく休憩するとファイは再び大きな荷物をかついだ。

 ノルンは宙を移動してファイの傍に掴まる。休憩時間の間にノルンの顔色はだいぶ元に戻っていた。

 ファイの足は再び肥大化、鋼の輝きをまとうと、ファイは地を蹴った。


 地を蹴るとファイは人間離れの速度で走り出す。しかし先程走った時よりも格段に速度は遅かった。

 先程よりも撒き散る土煙も少なく移動していると目の前に高い建造物けんぞうぶつが地平線の先から見えてくる。

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