第9話 ニコラスの最期

 リーサがアイシャの手を繋いだ後、そっと手を放すと、アイシャは空に飛翔ひしょうしている巨大な魔獣を見る。

 巨大な魔獣は何かと応戦しているのか、九つの首それぞれが辺りに紅蓮の炎を吐き散らしている。

 王都へ飛んでくる紅蓮の炎は先程王都に向かってはいた炎よりも明らかに火力が上がっていた。しかしその炎にも結界けっかいは破壊される事なく王都を守っている。恐らく魔法使いの誰かが王都を守っているのだろう。


「落ち着いたのならすぐに避難所へ行きましょう! アイシャ様!」


 リーサは今の状況で一番賢明な判断を口にする。しかしアイシャは何か考えているような難しい表情を浮かべていた。


「どうしたんですか? アイシャ様?」


 リーサは声をかけるとアイシャは口を開いた。


「あいつ。ニコラスが王都で最初に会った時の言葉が気になるの」


 アイシャとニコラスが王都で再会した時、ニコラスは「自分を殺してもらうためにアイシャと再会した」という言葉に引っ掛かりを覚えた。

 ニコラスは殺されるためにアイシャと再会したのならアイシャにはニコラスを殺すためにやるべき事があるという仮説が立てられる。


 そうでなければわざわざアイシャと再会する必要はない。

 するとアイシャはかすかに鼻腔を通る異様なにおいを感じた。

 血を飲んだばかりで鋭敏になっている嗅覚で感じる異様な臭いはどこかかでいだ事のある臭いだった。


 アイシャは周囲を見回すと視界の端、路地裏の奥に妙な輝きを放つ物体に気付く。

 アイシャは妙な輝きを放つ物体の方へ進むとそこには綺麗にカッティングされた宝石のような水晶が光を放っていた。そして異様な臭いを放つのもこの水晶だった。


「この臭い。まさか」


 アイシャは突然空を見上げた。空には飛翔している巨大な魔獣が周囲に紅蓮の炎を吐いている。その魔獣の臭いと目の前の水晶から放たれる臭いが全く同じものだった。


「そういう事ね!」


 アイシャはニコラスの狙いを理解する。

 アイシャは地面に転がっている自身のナイフを拾うと浄化魔法をナイフの刃に纏わせて宙に浮いている輝く水晶に刺突する。

 ナイフが刺さった水晶は中に閉じ込められていた魔力と共に粉々に砕け散った。

 水晶から放たれていた異様な臭いも途端に消え去った。


「何をしたんですか? アイシャ様」


 ナイフで水晶を砕いたアイシャの姿を見ただけのリーサはアイシャの考えている事を理解できないままでいた。


「さっきの水晶は空に飛んでる魔獣の胴体にある核と同じ物よ。いくら魔獣の体の核を壊してもこの水晶が壊れない限りまた空にいる魔獣は復活するって事よ」


 アイシャが先程刺突して破壊した水晶——魔獣の核について説明するとリーサははっとした表情を見せる。


「だったらあとは魔獣にある核を壊せば魔獣は倒せるんですか⁉」


 リーサの言葉にアイシャはすぐに返事を返す。


「無理よ」


 リーサに否定の返事を返すとリーサは再び尋ね返す。


「どうしてですか⁉」

「まだ核が王都のどこかにあるからよ」

「⁉」


 アイシャがまだ核が他にもある事をリーサに伝えた。王都の中にまだ先程破壊した核と同じ臭いが漂っている。


「臭いのする方向からしておそらく数はあと四つ、王都のどこかに核を隠しているわ」


 そう言うとアイシャは地面をジャンプした。じゃ能をすると狭い路地裏の壁を解く身に蹴り上げて建造物の上に跳び上がった。

 アイシャは鼻腔を通る核の臭いを頼りに屋根伝いで走り進む。血を飲んだばかりで力が沸き上がっているおかげでいつもよりも体が軽い。走る速度もいつもより格段に速い。


 核の臭いがする方へ進むとアイシャは建造物の屋根から降りた。

 屋根から降りるとそこは先程と同じような路地裏で魔獣の核が地面から浮いていた。

 アイシャはナイフを構えて浄化魔法をナイフに纏わせて魔獣の核へ刺突する。

 刺突された魔獣の核は宿している魔力ごと粉々に砕けて消え去った。


 残り三つ。


 アイシャは魔獣の核を核を破壊した後すぐに地面を蹴り上げて跳躍する。壁を蹴り上げて建造物の屋根まで上り屋根伝いで核のある方へ進む。すると臭いの濃い所に到着すると地面に降りる。地面に降りると魔獣の核が宙に浮いている。

 アイシャは浄化魔法の纏ったナイフを魔獣の核に刺突して破壊する。


 残り二つ。


 粉々に破壊された魔獣の核をよそに再びアイシャは建造物の屋根に上り屋根伝いに走る。

 臭いの濃くなった場所に降りると魔獣の核を発見する。

 浄化魔法を纏わせたナイフを刺突して魔獣の核を破壊すると空を飛翔している巨大な魔獣が一瞬動きが鈍くなる。

 元々予備スペアのあった核が残りあと一つしかない。他の核が破壊されたのだ。巨大な魔獣と言えど危険を予感したのだろう。

 アイシャは最後の一つとなった魔獣の核の臭いを追う。


 臭いのする方に視線を向けると、そこは王都中央区セントラルエリアの堅牢な城壁に囲まれた王宮の一番高い屋根の天辺てっぺんだった。

 王宮の天辺にある魔獣の核を見てアイシャは唇を噛む。

 王宮の天辺は足場になるものが何もなく到達したくても到達できない。

 アイシャは何か良い策を考えるが聖魔法以外の魔法は使えない。天辺へ移動する手段が思いつかない。


「アイシャ様!」


 そんな事を考えているとアイシャの耳には見見覚えのある声が聞こえる。

 聞こえる方へ振り向くと、そこには空中を移動するリーサの姿が映った。


「リーサ! あなた飛べるの⁉」

「自分を空中で移動する程度には風魔法を使えます」


 空中を移動したリーサはアイシャの近くまで飛んでくるとアイシャと同じ建造物の屋根に足を置いた。


「ねえ、私を王宮の天辺に風魔法で移動させる事ってできる?」


 急にアイシャが訪ねてきてリーサは少し驚くがすぐにアイシャに返事を返す。


「ごめんなさい。風魔法で空中を移動できるのは自分の体だけなんです。他のものを宙に浮かせようとするとすぐにバランスを崩して落としてしまうんです」


 リーサは事情を話すと申し訳なさそうな表情を浮かべる。するとアイシャは次にあまりに突拍子もない事を口にした。


「だったら私を風魔法で王宮の天辺まで砲弾みたいに飛ばす事は出来る?」

「何言ってるんですか! 危険すぎます!」


 リーサの言う事はもっともだ。

 砲弾の様に飛ばした後そのまま地面へ落下するだけだ。しかも王宮の天辺は王都の建造物の中で一番高い。そこから落下してしまえばまず間違いなく普通の生き物なら命は無い。


「これでも私は不死身の吸血鬼よ。それに何かあったらリーサに後で助けてもらうわ」


 アイシャは何ともないと言わんばかりに飄々とした口調で話す。

 その言葉にリーサは呆れて溜息ためいきを吐く。


「もう、こっちの気も知らないで。よくそんな簡単に言いますね」


 するとリーサはアイシャの後ろに回る。そして手を前にかざす。かざした手から風の流れができていく。


「いいですか? 王宮の天辺へ撃ち出します。その後私が受け止めに行きます。それでいいですね?」

「頼んだわよ。リーサ」


 リーサの言葉に返事を返すと、アイシャは握っているナイフを構える。

 その後ろでリーサは風魔法で制御している風をアイシャに向けて放った。

 強烈な烈風がアイシャの背中を力強く押し出す。押し出された烈風にアイシャは言葉通りの砲弾のように凄まじい速度で王宮の天辺へ射出される。


 アイシャは空中に突き進む中で構えているナイフに浄化魔法を纏わせていく。そして王宮の天辺に現れた魔獣の核へ近付く。王宮の天辺に目と鼻の先まで近付いた。

 アイシャは通り過ぎようとしている魔獣の核を構えているナイフで刺突する。

 刺突された魔獣の核は粉々に破壊される。それと同時に上空にいる巨大な魔獣は雄叫びを上げた。


 アイシャが予備の魔獣の核を全て破壊した直後、放物線を描くように上昇していた気道が徐々に下降していく。

下降する軌道にアイシャは恐怖を覚えながらじっと目を開けたままにする。

 通り過ぎる風を浴びながら重力によってどんどん地面へ加速して落下すると目の前には拘束で空中を移動するリーサの姿が見えた。


 アイシャの落下する軌道にリーサは紙一重で辿り着くとアイシャとリーサはそれぞれに向かって手を伸ばす。

伸ばした手が互いに摑まえるとリーサは落下する勢いのついたアイシャをぐっと掴み続けた。そしてアイシャは無事地面へ落下せずに済んだ。


「よ、良かった~」

「間一髪でしたよ」


 二人は額に冷や汗を掻きながら無事に助かった事に安堵した。

 そしてアイシャは上空を飛翔する巨大な魔獣を見上げる。

 上空にいる巨大な魔獣は絶叫を上げたまま九つの首から紅蓮の炎を吐き続ける。

 すると王都を覆っていた結界けっかいから青い炎が生まれ中心に収束する。その青い炎は火山の噴火の如く噴き出し巨大な魔獣を呑み込んだ。


 巨大な魔獣を呑み込んだ青い炎が消えると巨大な魔獣を覆っていたうろこは炭化して砕けていく。

そして胴体の核から強烈な光が放たれると核の中にいたニコラスごと粉々に砕けて光の粒子に変わった。光の粒子は上空の風に乗せられて王都の外へ飛んでいった。


「終わった……んですか?」

「そうみたいね」


 空中でうかんでいるリーサと、リーサに掴まっているアイシャは建造物の屋根に足を置いて消え去っていく巨大な魔獣を見た。

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