第7話 和解
リーサと治癒師長が薬品を注文しに治癒院を出た頃、アイシャはこれからの事を考えていた。
リーサに正体がバレてしまった。事情を話した時に自身が暗殺者であるとは言っていないので、そこは良いとしてもだ。
アイシャが吸血鬼と知られた以上、リーサが他の人に話さないという保証はない。殺して始末をするのは手っ取り早いかもしれないが、その後姿を消せば確実にリーサを殺したのがアイシャであると状況証拠が完成してしまう。
これ以上王都の人間に顔を知られるのは今回の仕事に支障をきたす。しかし今この場を去れば
穏便に去るには治癒院のに駆けつけている負傷者を完治させるとともに根本的な問題、魔獣が王都にやってくるのを解決する必要がある。
おそらくここまで被害が出ているのだ。王都の区の人間達は何か手を打っているはずだ。そこは区の人間に任せるとして、アイシャは自分ができる事は治癒院に来る負傷者を治す事だけだ。できる事は限られるが何もしないよりはましだろう。
それに王都に来た本来の目的、王国の第一王子でありアイシャの実の兄であるディランを暗殺する
そんな事を考えていると、ふと口の中に僅かに残っている血の臭いが鼻を通った。すると初めて人の血を直接吸った事を思い出す。
アイシャは人の血の味が苦手で
それなのに初めて感じた強い吸血衝動とリーサの血の味が忘れられずにいた。
まるで全身に流れる血が沸き上がるような細胞全部が焼けるような感覚を味わった事は今までなかった。
それに血の味が苦手で人から直接飲みたくないと思っていたはずなのに、リーサに流れる血が理性を忘れさせるほどの美味にアイシャ自身も驚いていた。
吸血鬼は若い女の血を好んで飲む傾向があると噂で聞いた事があるが、今まで飲んできた血とは全く違い、ただ鉄臭い味ではなく、果実酒のように爽やかな中に奥深い味に感じた。
そんな事を思い返していると、リーサの血を吸った直後のリーサの顔を思い出した。
吸血鬼に吸血されると全身に甘美な快感が奔ると言われている。その感覚によって麻痺した思考で血を飲み干される恐怖を掻き消す効果がある。
リーサの呼びかけで失いかけた理性が戻ったのが功を奏してリーサの血を飲み干さずに済んだ。だがもし再び吸血衝動に駆られてリーサの血を飲まないか不安になる。
事故とはいえ知り合って間もない相手の血を吸うのには抵抗がある。
そんな事がぐるぐると頭の中をよぎる。
そんな事を考えていると治癒室の窓から見える空が赤く染まり出していた。いつの間にか夕方になっていた。
すると第八治癒室の扉が開いた。
扉を開けた人物——リーサは視界に映るアイシャを見た途端どこか気まずそうにする。
「今戻りました」
リーサはアイシャから視線を外した状態で戻って来た事をアイシャに告げた。
アイシャはどんな言葉をかければいいのか分からず口が閉じたままだった。
そしてしばらくの沈黙が流れる。
「……あの!」
第八治癒室に流れる沈黙を破ったのはリーサだった。
リーサは戸惑いの表情を浮かべながらアイシャの目を見る。
「今日の提案、ありがとうございます」
リーサが口にしたのは感謝の言葉だった。
リーサの口にした感謝の言葉にアイシャは
「アイシャ様の提案がなければこれまで以上に負傷者の治癒が遅れてしまっていくかもしれませんでした。
リーサは先程までの気まずい空気がどこかに行って真剣な表情を浮かべていた。
そんなリーサにアイシャはふと思った事を口にする。
「怖くないの? 私の事」
アイシャの口から洩れた言葉にリーサは口を開く。
「直接血を吸われた時はあまり思考が働かなったですが、接に吸血鬼だと明かした時は怖いと感じました。人の血を飲み干すと言われている生き物が目の前にいて実際に
アイシャに対して抱いている事を口にすると続けて言葉を
「——アイシャ様は魔獣の被害に遭った人を助けたいという気持ちは私でも理解しています。そんな人を偏見だけで怖がるのは良くないとも思いました。
リーサの表情は真剣そのもので嘘偽りを口にしているとは感じなかった。
リーサの想いを聞いた後、
「……本当に、真面目なんだか、変わり者なんだかわからないわ」
そう言ってアイシャはくすっと笑う。
その様子を見るリーサは何かおかしい事を言ったか疑問に思う。
「でも吸血鬼この事がバレたのがリーサで良かった。この状況で絶対に口外しないっていう人ほど信用ならないからね」
そう言うとアイシャは微笑を浮かべる。
リーサもアイシャの様子にくすっと笑みをこぼした。
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