第6話 アイシャの過去

 その昔、お姫様が生まれました。

 生まれたお姫様にはその昔、魔を祓った聖なる力を宿していました。

 お姫様は国の中でも選りすぐりの魔法使いに聖魔法を教わり聖なる力を使いこなせるようになりました。


 お姫様は王様や妃様だけでなく国民からも期待され慕われる聖女様となりました。

 ある日お姫様の国と隣接する二カ国との三国会談の場に招待されました。

 三国会談の場でもお姫様は未来を有望視ゆうぼうしされました。

 三国会談が終わり王都に戻る途中、お姫様を運んでいた馬車を襲うならず者が現れました。


 馬車を襲ったならず者達はお姫様を殺そうと武器でお姫様に襲い掛かりました。

 ならず者達から必死に逃げるお姫様は夜の森に隠れました。そして森の中で迷ったお姫様の前に二人の人物が現れました。その一人は「怖がらなくてもいいよ」と口にして、もう一人は手を前に出しました。その手には首から上だけのならず者の体が握られていました。


 あまりの衝撃的な光景にお姫様は悲鳴を上げました。しかしその悲鳴は首を握っている人物と隣の燕尾服燕尾服の人物には届いていませんでした。

 すると目の前の人物の一人は自身を吸血鬼と名乗りお姫様の血を飲み干したいと言いました。


 お姫様はその提案を断ると、吸血鬼を名乗る人物は急に襲いかかってきました。

 お姫様は聖女の力を使い命辛々、吸血鬼を滅ぼして生き延びました。しかし討ち滅ぼした吸血鬼の血が傷口に入ってしまいお姫様自身が吸血鬼となってしまいました。

 もう一人の燕尾服燕尾服の人物はいつの間にか姿を消していました。


 吸血鬼となってしまったお姫様は王都に戻るわけにもいかず路頭に迷っていると一人の男が手を差し伸べました。

 その男はお姫様を襲ったならず者が王国の王子でお姫様の実の兄から依頼いらいを受けてお姫様を殺そうとした事を告げました。

 お姫様は信じられない事実を突きつけられました。そして人でなくなったお姫様は王国に戻る事も出来ずにいると真実を告げた男の下でひっそりと暮らしました。



「——と言う事よ」


 アイシャは自分の身に起きた事実を口にすると、目の前のリーサはあまりの事に言葉を失っていた。

 沈黙しているリーサは呆然としているとアイシャは座っている床から立ち上がった。するとアイシャは床に腰を落としているリーサに手を差し伸べる。

 立ち上がるために手を貸したのだろう。リーサはアイシャの意図に気付くと、アイシャの差し伸べた手を掴もうとする。そしてアイシャの手に触れる直前、リーサの手が急に止まった。するとリーサは自力で立ち上がった。


「過去の事を掘り起こしてごめんなさい」


 リーサは立ち上がってすぐにアイシャに頭を下げて謝罪する。そしてすぐに治癒室の机に置かれている薬品を綿に付けてアイシャに噛まれた跡に塗っていく。

 アイシャはリーサが伸ばした手を掴まずに自力で立ち上がった事に若干の距離感を感じた。

 さすがにアイシャが吸血鬼と知ったのが原因なのは言わずともわかる。ましてついさっき血を吸われたのだ。距離ができるのは当然だろう。

 アイシャは構えた後の手当てを終えたリーサが椅子に座ると少し離れた場所に移動した。


「リーサ、あなた治癒魔法を使う時もっとペースを考えないと昨日みたいにバテるわよ」


 アイシャは昨夜在庫確認を手伝った時に伝えてほしいと言われた治癒師長の言葉を今伝えた。するとリーサは眉尻をピクリとさせた。


「叔母さん……治癒師長にそう伝えろと言われたんですか?」


 アイシャの言葉にリーサはすぐに誰から伝えるように言われたのかさっした。


「えぇ。それに私も昨日見ていて感じた事よ。もう少し一人当たりにほどこす治癒魔法のペースを考えないとより多くの負傷者を治し切る前にリーサが先に倒れるわよ」

「それは分かってます。けど治癒魔法を使っている間、負傷者は痛みで苦しい思いをします。できるだけその時間を短いものにしたいんです」


 アイシャと治癒師長の感想にリーサは頭では理解している事を告げる。その直後に自身の想いも告げた。


「負傷者一人ひとりの事を考えるのは偉い事だとは思う。けど治癒師が一人使い物にならなくなると他に負担がかかるのは他の治癒師よ。リーサのケツを拭くのはリーサ自身でないなら治癒師長のいう事の方が正しいわ」

「でも——」


 アイシャの言葉に食い下がるリーサはアイシャの方を鋭い視線を向けた。


「まあ、そうでなくてもこの状況は他の治癒師達にも地獄と言っていいわ。何しろ魔獣の被害で負傷した人達の応急処置が雑だもの」


 アイシャは食い下がろうとしたリーサの言葉に割り込むように付透けて言葉を紡ぐ。


「どういう事ですか?」


 アイシャの言った言葉に引っ掛かりを覚えたリーサは気になって尋ねた。


「それはね——」


 尋ねてきたリーサにアイシャはそのまま今の現状をより良くする案を説明した。


「少しお時間宜しいでしょうか。治癒師長?」

「何でしょうか。リーサ・グランビル?」


 王立治癒院第一治癒室の前には治癒師長を呼び止めたリーサがいた。

 呼び止められた治癒師長は声をかけてきたリーサに用件をたずねた。


「魔獣被害の負傷者の応急処置についてなのですが——」


 口を開き話を始めるリーサは続けて言葉をつむぐ。


「——化膿かのう止めと傷口乾燥防止の軟膏をさらに補充をした方が良いと思うのですが、どうでしょうか?」


 リーサの口から出てきた薬品の補充に治癒師長はすぐに表情がけわしくなる。


「その理由を説明しなさい。リーサ・グランビル」


 険しくなる表情を隠す間もなく治癒師緒はリーサが提案した案について詳細な事を言うように促す。


「治癒院に訪れる負傷者は長い時間待機していて本来の負傷以上に患部が傷口が空気に触れて乾燥や化膿かのうなどより悪化しています。治癒院に搬送されたばかりの負傷者に化膿かのう止めや傷口を乾燥させない軟膏を塗っておけば私達治癒師が治癒魔法で治癒する時までに患部が悪化する事も少なくなりますし治癒の負担も軽くなると思います」


 リーサが詳細な理由を口にすると治癒師長は険しくなっていた表情が和らぎ真剣な視線をリーサに向けた。


「確かに今の患者に注力するよりもこれから来るであろう負傷者の対応を注力しておけばこれからの対応が楽になります」


 堅物だと思われた治癒師長の感触は良かった。リーサはすぐに了承が得られると思った。その直後、治癒師長は尋ね返す。


「リーサ・グランビル。この案。あなたが考えたわけではありませんよね?」

「⁉」


 治癒師長の言葉にリーサは目を沖く見開いて唖然とする。


「図星ですね。あなたをそそのかして私に提案したのはミィナさんですか?」

「……はい」


 治癒師長にはお見通しだった。


 数時間前。


 アイシャがリーサの血を吸った後に話した魔獣被害の負傷者に対する応急処置の雑さを口にしたアイシャは続けてその真意を口にした。


「昨日の夜治癒師長と薬品の在庫確認をしたの。その時化膿かのう止めの薬品の減りが少なかった。その上乾燥防止の軟膏は時間が経ち過ぎて薬効が担保できてない状態だった。」


 昨日の夜、治癒師長と薬品の在庫の確認をした一番の理由。それをアイシャは口にする。


「早いもの順で負傷者を治癒していけば負傷者の傷は悪化して治癒師がその悪化した患部を治癒するなんて事になってる。その前に新たな負傷者の応急処置を徹底てっていすれば患部は悪化せずに治癒魔法による治癒も負担が少なくなる」


 今までリーサが治癒魔法で治癒を施していた患者の患部は待ち時間が長かったせいで負傷した患部が化膿かのうしていた李傷口が乾燥して治癒魔法で治癒に手間がかかってしまう状態になっていた。その状態になる前に予防しておけば治癒魔法による負担も軽くなり患者の治癒も今まで以上に機能する。

 そう考えたアイシャはリーサに伝えてリーサの口から治癒師長に許可を取らせるように言った。


 そして今にいたる、というわけだ。


「部外者だから直接物言いできない事をいい事にリーサを使って提案するとは、ミィナさんもなかなか曲者くせものみたいですね」


 治癒師長は大きくため息を吐いた後いつもの鉄仮面の表情に戻った。


「リーサ・グランビル。これから薬品の注文取引をしに行きます。提案したあなたも付いてきなさい」

「は、はい!」


 治癒師長の言葉に大きく返事を返すとリーサは治癒師長が外に向かう後を追う。

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