第3話 王立治癒院
「治癒院は主に普通の治療では治癒できない範囲の重度の怪我や病気を聖魔法の一つ、治癒魔法で治癒する事を
第八治癒室に入室したリーサは引っ張ってきたアイシャに治癒院の説明を始める。
「ここ最近は魔獣の被害による負傷者の怪我を治癒しています。ミィナさんも聞いていると思いますが、魔獣が負わせた怪我は普通の方法で治癒できません。傷口は塞がらず最悪、傷口が壊死して患部の切断を余儀なくされるケースも少なくありません」
魔獣によって負った怪我は
そのため魔獣に負わされた怪我は聖魔法の一種である治癒魔法でしか治癒ができない。
魔法を使う事のできる人間は数が限られる。その中でも聖魔法を使える魔法使いはその中でも稀な存在だ。つまり聖魔法を使える人間は重宝される。その代わり母数が少ない故に今のように治癒魔法を必要とされる状況では人手不足に陥りやすい。
リーサが治癒魔法を使えるアイシャをすぐにでも治癒師の即戦力として助力してほしいというのも納得できる。
「これからミィナさんには私が負傷者を治癒をする手伝いをしてもらいます。本当ならすぐにでも治癒を待っている負傷者の治癒をして頂きたいのですが、治癒師長の忠告は守らないと後々面倒な事になるので仕方ありません」
リーサは渋い顔をすると治癒室の
「どうぞ。中に入って下さい」
リーサはそう言うとノックをした人物の入室を促した。
扉が開くと扉の近くには腕に包帯が巻かれた初老の男性が立っていた。
「こちらへどうぞ」
そう言ってリーサは自身が座っている椅子とは別の椅子へ初老の男性を誘導する。
腕に包帯が巻かれた初老の男性はリーサの傍にある空席の椅子に座る。
「ミィナさん。患者さんの包帯を外してもらえますか?」
「えぇ」
リーサの指示を聞いたアイシャは初老の賛成の腕に巻かれた包帯を外していく。すると包帯の下には血が大量に染み込んだガーゼが貼られた患部が見える。
リーサは初老の男性に近付いてアイシャが外して露わになった患部を見る。
「骨には異常はありません。ですが魔獣による打撲と擦り傷のせいで止血と腫れが治まっていません。すぐに治癒魔法で治癒していきます」
そう言うとリーサは負傷者の患部の前に手をかざす。するとリーサの手元から淡い光が負傷者の患部に降り注ぐ。淡い光を浴びた患部は時間が巻き戻るように傷口が徐々に塞がっていく。
傷口が塞がっていく間、怪我が治っていく初老の男性は
「もう少しで傷が治ります。ですのであともう少しだけ我慢して下さい」
治癒魔法を施しているリーサは申し訳なさそうな声で患者である初老の男性にもう少しだけ我慢するように伝えた。そして数分が経過すると患者である初老の男性の魔獣によってできた傷が完全に完治した。
「もう大丈夫です。傷は完全に治りました」
「ありがとうございます! 治癒師様!」
完治した事を患者の初老の男性に伝えると初老の男性は感謝の言葉を口にした。
初老の男性が治癒室を出るとリーサは息を吐いた。
「大丈夫なの? あんなペースで治癒魔法を使って」
「……大丈夫です。……少し疲れが溜まっただけです」
息を吐いたリーサにアイシャは心配の声をかけると、リーサ表情には明らかに疲労の色が見える。
聖魔法は魔法の中でもとりわけ制御するのが難しい魔法だ。そう長く継続できる魔法ではない。その中の治癒魔法を行使して魔獣に負わされた傷を癒すために長時間の治癒を、それも数多くの負傷者のために続けていたら、疲労困憊になるのも不思議ではない。
しかし今の状況は魔獣によって負傷した人が多すぎる。その上、圧倒的に治癒師の人数が足りない。リーサが治癒師を確保したいのもうなずける。
「いつから魔獣の被害が出始めたの?」
アイシャは疲労が顔からうかがえるリーサに尋ねた。
「一週間くらい前からです。魔獣が王都のいたるところに突然魔獣が現れるようになりました。それから王都の衛兵や住民に被害が出初めて、今では治癒院の
アイシャの質問に答えるとリーサは呼吸を整えた。すると扉をノックする音が聞こえる。
「中へどうぞ」
リーサはノックした人物に声をかけると、ノックした人物は扉を開けて入室する。
リーサは訪れる負傷者の治癒を淡々とこなしていく。
王立治癒院の外は日が暮れて夜の帳に染まる頃、未だに
第八治癒室にいるアイシャは一日中治癒魔法を使っていた影響で
「大丈夫?」
声をかけたアイシャは見るからに満身創痍のアイシャに近付く。リーサは顔色が悪く呼吸も若干浅い。
「……大丈夫、です……」
「その返事からして大丈夫じゃないでしょ」
アイシャは見るからに無理して大丈夫と言っているのが見え見えなリーサに呆れていると、リーサの方に手を回す。
「急に、どうしたんですか?」
肩に手を回されたリーサは突然の事に驚く。そんなリーサの様子などものともせずアイシャは肩を回したリーサの体を担ぐ。担いだリーサの体は思ったよりも軽く、力がなかった。
アイシャは近くに設置されているベッドにリーサを運ぶとリーサをベッドに横にした。
「負傷者を治す治癒師が倒れては本末転倒よ。少しは自分の体を労わる事を覚えた方がいいわ」
アイシャの言葉にリーサはぐうの音も出ない。
アイシャはベッドに横になっているリーサの頭ににじんでいる汗を布巾で拭う。
「今日の治癒はこれくらいで終わりにしなさい。無理をすれば負傷者を治し切る前にあなたが先に潰れてしまうわ」
「そうは言っても——」
「私の方から治癒師長さんに伝えるわ。見るからに厳しそうなあの人でもそれくらいは許してくれるわ」
ベッドに横になっているリーサの額を小突くとアイシャは治癒室の扉を開けて第八治癒室を出た。
第八治癒室を出ると、アイシャは治癒院の大空間に
患部は腕、脚、胴体、頭部と人によってさまざまだが、応急処置でガーゼや包帯を巻かれている部分に血が滲んでいる。
負傷者を見たアイシャはすぐにリーサの状況を伝えるために治癒師長を探す。
治癒院のあちこちを歩くと、治癒院の薬剤保管庫と書かれた部屋に探していた人物の姿があった。
探していた治癒師長を見つけたアイシャは声をかける。
「すみません」
声をかけられた治癒師長はアイシャの声に気付くと声が聞こえた方を振り返る。
振り返った先にアイシャの姿を映すと治癒師長は途端に目が鋭くなる。
「あら、あなたですかミィナさん。何か私に用でしょうか?」
治癒師長は言葉を返すと、アイシャに用件を尋ねた。
「リーサ・グランビルなのですが、治癒魔法の使い過ぎで
アイシャが事情を口頭で伝えると治癒師長は明らかに表情が渋くなった。
「まったくあの子ったら。ペース配分くらい考えて治癒魔法を使いなさいと何度言えば……っ!」
治癒師長の口から出てきたリーサに対するあまりに距離の近い言葉にアイシャは一瞬頭に疑問符を浮かべた。治癒師長も咄嗟に漏れた言葉に途中で口を閉じた。
「すみません。お見苦しい所を見せてしまいました」
「い、いえ」
治癒師長は咳払いをした後、アイシャに元の口調で謝罪した。
「間違ってたらごめんなさい。もしかして治癒師長さんはリーサの親戚とかですか?」
アイシャはそう口にした。アイシャは治癒師長と会った時からどこか気になっていた。
リーサの目元はどこか似ていて瞳の色は同じ銀色。治癒師長の方がくすんでいるが髪色も同じ栗色だ。そして先程の距離の近い言葉遣い。
リーサと治癒師長は親戚なのかという可能性がアイシャの頭の中によぎった。
「リーサ・ブランビルは私の姪です」
アイシャの発現に治癒師長は肯定の意を示した。
治癒師長がミィナを姪だと告げると続けて言葉を口にする。
「ミィナさんからも伝えて下さい。負傷者が際限なく来る今の状況で今まで通りのペースで治癒をしていたら疲弊するのは当たり前だと」
治癒師長のいう事はアイシャも理解できる。
リーサは治癒魔法を施すペースを考えず、負傷者の傷をいち早く治す事に注力しすぎだった。
魔獣の被害で負傷者が際限なく出ている現状、負傷者の怪我の治癒をいち早く治す事よりもペースを考えて治癒魔法を
「分かりました。戻ってからリーサに伝えておきます。それで治癒師長はなぜここにいるのですか?」
アイシャはふとした疑問を口にした。すると治癒師長はアイシャの疑問に答える。
「応急処置用の薬品の在庫を確認しているのです。怪我の中には魔獣に直接関係のないものもありますから」
治癒師長がアイシャの疑問に答えると、アイシャは
「すみません。薬品の在庫を確認するお手伝いをしてもよろしいですか?」
アイシャは唐突に塗油市長の仕事の助力を申し出ると、治癒師長は
「それは助かります。ですが、貴重な薬品の棚は私が確認します。ミィナさんは一番下の棚にある薬品と包帯の在庫を確認して下さい」
「分かりました」
治癒師長の返事を聞いた後、アイシャは治癒師長から在庫のリストを受け取った。
そしてアイシャは治癒師長の指示の下、薬品等の在庫確認をした。
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