第9話 ニコラスの最期

「ニコラスの野郎、上空の魔獣と融合しやがった!」


 上空を見上げるロイドはくちびるんで巨大な魔獣を見る。

 上空を飛翔する巨大な魔獣へ行く手段をロイドは持っていない。

 聖剣の力を上空へ放ったとしても飛翔する魔獣には届かない。

 文字通り成すすべがなかった。


「おい、ロイド」


 対抗策を思いつかないロイドにラムダは声をかける。


「お前、空を飛んだ事はあるか?」

「どういう意味だ?」


 ラムダの意図の伝わらない質問にロイドはただ茫然ぼうぜんとする。


「言葉通りの意味だ。今からお前と共に上空へ移動するという事だ」

「⁉」


 意図が伝わらなかった事にラムダは言葉を追加してロイドに説明する。その説明を聞いたロイドは目を大きく見開く。そして数瞬すうしゅんおいてロイドは口角を上げた。


「口酸っぱく言うようだが、くれぐれも俺がわない程度に移動しろよ」

「軽口が叩ける程度には余裕があるな。それについては善処ぜんしょする」


 ロイドの軽口にラムダも口の端を吊り上げて返答した。

 そんなラムダの体にまたがったロイドはラムダと共に空中へ浮かび上がる。

 浮かび上がったラムダはニコラスが融合ゆうごうした巨大な魔獣へとすさまじい速度で突き進む。

 すさまじい速度で上空へ移動するラムダにまたがっているロイドは振り落とされないように身構える。

 ラムダは速度を下げないまま上空を飛翔する巨大な魔獣の首の一つへ突き進むとロイドは握っている聖剣を正眼に構えた。

 構えた聖剣の清浄せいじょうな光がさらに増していくとロイドは間合いに入った巨大な魔獣の首の一つへ聖剣で切り裂く。


 ロイドの聖剣で切り裂いた首は斬り落とされて地面へ落下していく。

ねられた魔獣の首は白い灰に変わっていく。しかしねられた首の断面の肉塊がうごめき元の首の形へ戻っていく。


「ちっ。斬っても再生するのか!」


 舌打ちするロイドは首が再生した視線の先にある異様な光の軌跡が目に入る。

 巨大な魔獣が飛翔している空中で鋼色の光の軌跡がロイド達とは別の魔獣の首へ移動して魔獣の首の一つをね飛ばす。しかしロイド達が魔獣の首をねた後のように断面の肉が蠢き新たな首に再生する。


「どうやらわし達以外にも魔獣と戦っている者がいるようだ」


 ラムダはロイドが視界に映した鋼色の光の軌跡を目に映しながらロイドと話す。


「そうだな、それにあっちの方は魔獣の首を誘導している。まるで魔獣から俺達の注意を引くみたいに」

「あちらもそれを望んで動いているのならわし達は魔獣の核を狙うとしよう」


 そう言うとラムダは魔獣の首ではなく胴体にある核へ尽き進む。

 魔獣の九つの顎から吐き出される紅蓮ぐれんの炎は鋼色の光の軌跡が誘導してロイド達へは届かない。王都へ振り落ちる紅蓮の炎は何者かの結界けっかいによって王都へ降り注ぐ事はなかった。


 その間、ロイドは高速で空中を移動するラムダの背中に乗ったまま聖剣を前方に突き出す。

 すると目の前に巨大な魔獣の核が見えてくる。そして聖剣の切っ先が魔獣の核へと触れる。

 その時、聖剣の切っ先と魔獣の核が触れて目を焼く程の火花が散る。魔獣の首をね飛ばす程の切れ味の聖剣が一切魔獣の核を貫かなかった。


「⁉」


 ラムダは現状に気付くとすぐに魔獣から離れた。

 魔獣の九つの顎から吐き出される紅蓮の炎は自身の胴体を狙って吐き出される。

 あと数瞬すうしゅんラムダの判断が遅れていたらラムダとロイドは魔獣が吐き出した紅蓮の炎に焼き尽くされていただろう。

 魔獣が吐き出した紅蓮の炎を避けるロイド達は冷や汗が頬を垂れる。


「あの核、聖剣を通さなかったぞ」

「どうやらニコラスの奴が細工したみたいだな」


 聖剣は魔を祓う力を宿している。魔獣の首をねられた聖剣で魔獣の核が刺突した。巣穴にいた魔獣の核なら聖剣を突き立てた時点で亀裂が入る。

 それがニコラスと融合した魔獣の核にはびくともしなかった。

 ロイドは聖剣を正眼に戻すとラムダと共に一度距離を取った魔獣の胴体にある核へ視線を向ける。


「どうする? このままじゃ、核を破壊できないぞ」


 ロイドは困惑した声音で呟く。


「ニコラスの言っていた言葉、覚えているか?」

「はぁ、どうして今そんな話を——」

「ニコラスの奴、自分を殺す役者を揃えたと言っていた。あの魔獣の首の間を動き回っている光もその役者の一人なのだろう。そうなると核に施された仕掛けを解く役者もいる可能性がある」

「まさかその役者がこの仕掛けをどうにかするまで何もしないって言うのか?」


 ラムダの言葉を聞いたロイドは考えられる答えの一つを口にした。


わし達の他にもニコラスを倒すために動いているのは事実だ。わし達は魔獣の核を破壊する事に専念する方が賢明だという話だ」


 ロイドを諭すように言葉を紡ぐラムダは魔獣との間合いを気にしながら空中を移動する。


「確かに、俺達に攻撃を受けないように陽動をしている奴もいる。俺達は魔獣の核を破壊する事に専念した方がいいな」


 ラムダの意見に納得するロイドは正眼に構えた聖剣に意識を集中させる。すると聖剣に纏う清浄せいじょうな光が強くなる。


「もっと速度を上げてもいい。俺らが魔獣の核を壊すんだ」

「言われなくてもそうするさ。ロイドこそ振り落とされるなよ」


 互いに視線合わせずしかし意思疎通が取れた言葉を交わす。

 するとラムダは最初からものすごい速度で魔獣の核へと突き進む。

 ロイド達を狙う魔獣の顎達は一斉にロイド達へ向くとする。しかし鋼色の光の軌跡は魔獣の顎の注意を引く動きを見せる。


 そしてもう一度魔獣の核へ聖剣の切っ先を向けて突進する。

 青白い光を纏いなら突き進むロイド達は魔獣の核へ衝突しょうとつする。しかし聖剣の切っ先は魔獣の核を通さなかった。

 突きが止まるとラムダはすぐに魔獣から距離を取る。そして魔獣が吐き出す紅蓮の炎を避ける。


 もう一度聖剣を前に突き出し魔獣の核へ突進する。しかし魔獣の核から火花を散らして衝突するも核は傷一つ付かない。

 もう一度魔獣から距離を取ると魔獣は咢から紅蓮の炎が零れる。次に炎を吐き出すと直感的にさっした直後、魔獣の顎は炎ではなく雄たけびを上げた。魔獣が雄たけびを上げると胴体の核を追っていたうろこが砕けて核が剥き出しになる。


 その直後地上の王都を覆っている結界けっかいから青い炎が埋めれる。青い炎は結界けっかいの中心へ収束して火山の噴火の如く上空へ噴き出す。

 噴き出した青い炎は上空の巨大な魔獣を呑み込んだ。青い炎に呑み込まれた魔獣は体を覆おううろこを焼かれ炭化していく。青い炎が消えると、炭化した魔獣のうろこは砕けていく。


「今だ‼」


 ロイドはラムダに向けて叫ぶ。その声を聴く前にラムダは最初から早い速度でうろこがむき出しになった。

 ロイドは聖剣の切っ先に清浄せいじょうな光が集中するように注力する。すると聖剣の切っ先に清浄せいじょうな光が収束する。そしてうろこから剥き出しになった核に収束した清浄せいじょうな光が触れた。


 すると魔獣の核の奥にいるニコラスの姿に亀裂が入った。

 亀裂はどんどん広がり蜘蛛の巣のように隅々に亀裂が奔るとロイド達を包む青地を射光は魔獣の胴体をつらぬいた。

 青白い光が魔獣の核をつらぬくとロイドの聖剣には心臓を貫かれたニコラスの姿が映る。


「これでおしまいだ」


 ロイドは目の前に映るニコラスにそう告げると構えている聖剣の柄を握る力を強める。すると聖剣から清浄せいじょうな光の奔流が起きる。

 光の奔流に呑み込まれたニコラスは体が光りの粒子に変わっていき風に乗って散っていく。


「ようやく人生最後の目的が果たせました。ありがとうございます」


 ニコラスは体が消えていく中その言葉だけを残して散っていく。

 ニコラスの体と共に上空を飛翔していた魔獣の体も光の粒子に変わっていき風に乗って散っていく。

 魔獣の巨体がすべて消えると聖剣がつらぬいたニコラスの姿の跡形もなく消えた。


「これで終わった」

「そのようだな。わしに掛けられた指令コマンドも消えていくのが分かる」


 そう言うとラムダは自身の体に視線を向ける。

 ラムダの体にほどこされた指令が体から消えていくのを体感する。

 ロイドはラムダの背中に乗りながら聖剣をさやに納める。

 目の前の魔獣の姿は何もなかったかのように消え去った。

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