第8話 決戦前

「もうすぐで王都に着くぞ」


 休憩を終えてラムダの力で王都へ移動して数分。ロイド達の目の前には王都の高く白い壁が見えてきた。


「そうだな。やっとこの移動手段から解放されるぜ」

「お言葉だが、わしがいたおかげでここまで早く魔獣を討伐とうばつできた事を忘れるなよ」


 ロイドの軽口をラムダは怪訝けげんな視線を向けて答える。


「分かってるよ。ラムダがいなきゃ丸一日で魔獣を討伐とうばつできなかった。感謝してる」


 昼から魔獣の巣穴へ移動を始めたロイド達が夕日が沈みかけている現在までの一日で依頼いらいをこなしたのはこれもロイドを目的地へ運んだラムダのおかげに他ならない。

 その事もロイドは重々承知じゅうじゅうしょうちしている。途中具合も悪くなったが、それでも丸一日で依頼いらいを完了できるとはロイド自身思っていなかった。


「休憩中の話だが」

「それがどうした?」


 先程の休憩中語っていた話——ニコラスを殺すためにラムダが助力するという話についてだろう。

 その話をロイドの方から降った後、ラムダはついき返した。


「お前らに掛けられた規制指令コマンドを解くって話、反逆でなければ何で指令を解除したいんだ?」


 ロイドは訊いた時から気になっていた疑問をラムダにたずねた。するとラムダはあっさりとその事について答える。


「旅がしたい」

「旅?」


 ラムダの口から出た意外な言葉にロイドは一瞬戸惑う。


わし達生体兵器は王都に反旗はんきひるがえす以外に王都から遠くへ離れる事ができない指令がかけられている。精々先程まであった魔獣の巣穴までの距離を短時間離れるだけでも体中に痛みが奔っていた」

「⁉ そんな状態になるなら何で俺の依頼いらいに助力したんだよ!」


 ラムダの口にした事にロイドは唐突な事実で思わず声を荒げた。

 そんなロイドにラムダは依然と平坦な言葉を口にする。


「騒ぐな。もう痛みは治まってきている。だが長時間、例えば旅をするような事でもすれば体に奔る激痛にわしらはすぐに息絶える。だからニコラスを倒し、わし達にかけられている指令を解きたいのだ」


 ラムダの言葉を聞いたロイドはようやくラムダがニコラスを殺したいのか理由を知れた。

 ラムダのいたって安寧あんねいな望み、旅をしたいという願望を聞いたロイドは、それを縛るニコラスによってかけられている指令に複雑な表情を浮かべる。

 そんなやり取りをしていると目の前にはすでに王都の内外をつなぐ門前へ辿り着いていた。


「やっと地面に足を付けられるな」

「その言葉、往路でも言ってたな。ロイドの言う通り今度は酔いもしないで戻ってこれただろう?」

「あぁ、行きはどうなるかと思ったぜ」

「王都を出てから数時間。これほど短い時間で随分仲良くなりましたね? ロイド。ラムダ」


 ロイドとラムダが話している間にどこからか声が割り込む。ロイドとラムダはその声を探した。

声が聞こえた方向——頭上には空中に浮いているニコラスの姿がうつった。


「何の用だ? ニコラス」

「せっかく貴方あなたの前に現れたというのにその言葉はいただけませんね」


 ニコラスをにらみつけるロイドは低い声音で言葉を紡ぐ。そのロイドにニコラスは軽口を叩いた。

 軽口を叩いたニコラスは徐々に地面に降りていき地面に足を付けた。


 その瞬間、ロイドは腰の聖剣を抜剣してニコラスのふところに駆け寄る。

 ニコラスの間合いに踏み込んだロイドは抜剣した聖剣をニコラスへ振るう。

咄嗟とっさに後ろに身を引いて聖剣の斬撃ざんげきけるニコラス。しかしよけきれずに左腕が切り落とされた。


「さすがは親子。ファウルと同じ動きで私の左腕を切り落としましたか」

「貴様が父様を語るな」


 左腕を切り落とされたニコラスはすぐにロイドから距離を取った。切り落とされた左腕は白い灰に変わり地面に落ちる。

 ニコラスの左腕を切り落とした清浄せいじょうな光を纏う聖剣にはニコラスの血が一切ついていなかった。

 斬られたはずのニコラスの左腕からも血が一切垂れ落ちてこない。すると左腕が斬り落とされた傷口から妖しげな光が迸った。


「親子そろって私の左腕を切り落とした腕を評して——」


 切り口から迸る妖しい光が切り落とされたはずの左腕の形に変わっていく。


「——ファウルと同じ力で戦ってあげましょう」


 ニコラスは左腕から迸る妖しい光をロイドに向けた。すると左腕の形をしていた妖しい光は突如とつじょ槍の形に変わりロイドの方へ放たれた。

 放たれた光の槍がロイドの元へ飛んでいく。するとロイドは聖剣を正眼に構え直す。そして光の槍が自身の間合いへ入った瞬間、聖剣を振り下ろして光の槍を断ち切った。


「さすがに同じ動きは見切られますか。流石はファウルの息子といったところでしょう」

「言ったはずだ。貴様が父様を語るな」


 軽妙けいみょうな口調で語るニコラスをロイドは憎悪が宿った鋭い眼光を向ける。そんな状況でニコラスの頭上から光の塊が落ちていく。

 ニコラスは自身に落ちていく光の塊を左腕の妖しい光で盾の形をつくり防ごうとする。振り落ちる光の塊とニコラスの妖しい光の盾が衝突するとすさまじい閃光と共に爆風が吹き荒れた。


 ロイドは吹き荒れる爆風に吹き飛ばされないように必死に身構える。しかし爆風の方が強かった。ロイドは耐え切れず吹き飛ばされた。

 ロイドが爆風に吹き飛ばされ地面に叩きつけられる直前、何か柔らかいものに受け止められた感触が体中に広がる。

 ロイドは体中を包んだ柔らかな感触に視線を向けた。するとロイドの体を大きく超える体躯の青い蛍光色の体毛の獣の体に受け止められていた。


「仕留め損なったみたいだ」

「まさか、お前ラムダか⁉」


 青い体毛の獣の口から洩れる声にロイドはすぐに青い獣がラムダである事に気付く。

 そんなラムダは爆風が吹き荒れた場所をにらむ。

 ラムダの視線の先には身に付けている燕尾服燕尾服がロイドに切り落とされた左腕の部分以外何一つ乱れていないニコラスの姿が映る。


「ほう、私に危害を加えられないようかけた規制指令コマンドを解除できていましたか。ラムダ」


 頭上から光の塊を落としたラムダにニコラスは感心したような声音で話した。そんなニコラスにラムダは冷めた言葉を返す。


「いつか指令を解除できるように甘く調整したくせによく言う」

「バレていましたか」

「そんな事をして何がしたい?」


 ラムダの平坦で冷たい声音の質問にニコラスは変わらず軽妙けいみょうな口調で答える。


「そこにいるロイドと共に私を殺してもらうためです」


 ニコラスの答えにラムダだけでなくロイドもおどろきで目を大きく見開いた。


「どういう意味だ⁉」


 あまりに突拍子の無い返答にロイドはつい声を荒げてたずねた。

 ロイドとラムダが出会ったのはつい半日前。そして出会ってから共に行動したのも偶然。それなのになぜニコラスがつい先程ロイドとラムダが話していたニコラスを協力して殺す事を知っているのか分からなかった。


「おかしいと思いませんでしたか? 依頼いらいで立ち寄ったロイドが王都に来て早々ラムダに財布さいふぬすまれ、仲間に掛けられた呪術を聖剣で解呪かいじゅする。あまりにタイミングが良過ぎだと」


 ニコラスがここまで口にした直後ラムダの視線に先程までになかった殺気が宿った。


「お前がわしの仲間に呪いをかけたのか⁉」

「その通りです。脚本シナリオ通りに事を運ばせるためにラムダの仲間には命を張ってもらいました。そのおかげでロイドはラムダ、貴方あなたと出会い私を殺すのに必要な戦力として役者に入ってもらいました」


 ニコラスは実に愉快な口調でラムダの質問に答えた。それを聞いているラムダとロイドははらわたが煮え繰り返る憤怒ふんぬを抱いていた。


「まだ憤慨ふんがいするには早いですよ。これから貴方あなた方にはこれを倒してもらうのですから」


 そう言うとロイドは左腕を模した妖しい光を天に掲げた。

 ニコラスが点に手を掲げた瞬間、手を掲げた天には王都の空を覆う魔法陣が展開された。空に浮かび上がる魔法陣からえぐりだされるように巨大な胴体が現れる。巨大な胴体からは九つの首と六枚の翼が生えていた。その胴体には水晶のような鉱石——核をおおうように黒いうろこに包まれていた。


「どうですか? この魔獣。この仔は私の意のままに動きます。このように」


 姿を現した巨大な魔獣の九つの首の末端には鋭い顎があった。その顎から紅蓮ぐれんの光が漏れ出る。そして九つの顎から吐き出される紅蓮の炎は巨大な体躯の下に存在する王都へ向かっていく。

 巨大な魔獣が吐き出した紅蓮の炎は見えない何かにさえきられ王都へは届かなかった。


「役者の一人が王都に張った結界けっかいでこの仔の攻撃を防いでいますね」


 ニコラスの言っている事はロイドやラムダには理解出ていなかったが、何者かが上空の巨大な魔獣の攻撃から王都を守っているのは確かだった。

 ニコラスが言葉を伝え終えると急にニコラスの体が白くなっていく。白くなっていくニコラスの体は灰のようにボロボロと崩れ出す。

 地面へ白い灰が積もるとニコラスの姿は跡形もなく消えた。


「役者と舞台が揃いました。これで私の企ても佳境に入りました」


 灰となって消えたニコラスの声が突如ロイドとラムダの頭上から聞こえる。

 灰になって消えたはずのニコラスの声の方を見上げるとそこには灰となる前の姿のニコラスが空中に浮いていた。そしてニコラスはさらに上空へ移動し出した。


 上空へ移動したニコラスに巨大な魔獣は威嚇いかくどころか全く警戒した仕草は見せない。そんな巨大な魔獣にニコラスはすぐ傍に飛翔する巨大な魔獣の胴体の中心にある水晶のように透き通った核に触れた。核に触れるとニコラスの体は核に吸い込まれるように透過していき核の中へ入り込んだ。


『さあ、王都の紳士淑女の皆様方! これから私と共に空前絶後くうぜんぜつごの刺激を味わってください!』


 飛翔する巨大な魔獣の核の中にいるニコラスは魔獣の顎を伝って声を発すると、その声は王都の住民全員に届いた。

 すると目の前の王都から阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてくる。

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