第5話 最悪の再会

「もう少しで目的地へ到着するぞ」


 空中を移動するラムダは共に移動するロイドへ声をかける。

 徐々に速度を落としていくラムダは運んでいるロイドを一瞥いちべつする。するとロイドの顔色が王都から出る前よりも明らかに青ざめている事に気付く。


「大丈夫か?」

「大丈夫に見えるのか? おぇ……」


 ロイドは小さな声で答えた後、嗚咽おえつを漏らすロイドは手で口を覆っている。

 王都から出る前にロイドが忠告していた事が起きてしまったようだ。

 ロイドの調子が明らかに悪くなっている事をさっしたラムダは減速している速度をさらに落とす。

 完全に止まったラムダとロイドは地面に足を付けた。


「一度休憩しよう」

「……そうする」


 地面に足を付けたロイドはすぐに膝をついた。すると青ざめている顔色が一層悪くなる。


「吐くならここじゃなくて離れた所でしてくれ」

「誰のせいでこんな……うぐっ!」


 ラムダに反論しようとしたロイドは口を押えて一気に立ち上がる。立ち上がったロイドはすぐに別の場所へ走り出す。

 すると遠くから聞きたくない嗚咽おえつ音がラムダの耳に入ってくる。

 しばらくするとロイドはラムダのいる場所に戻ってくる。


「腹の中の物は全部吐き出せたか?」

「……あぁ、誰かさんの移動が荒いせいでな」


 ラムダの言葉に嫌味いやみ》たらしく返答するロイドは少しだけ青ざめていた顔色が良くなっていた。

 ラムダの近くに戻って来たロイドは地面にこしを落とす。そして地面に仰向けになって横になった。

 地面に横になったロイドを見たラムダも地面に体を丸くした。


「酔いやすいとは聞いてたがここまで弱いとは思わなかったぞ」

「うるせえ。悪かったな」


 地面に横になっているロイドとラムダは他愛ない会話を始めた。


「だが歩いてここまで来るとしたら五日以上はかかっていたぞ。それを数時間で済んだんだ。酔ったとはいえ、かなりの時間短縮だぞ」


「そうだな。だからここで酔いがめるまで休ませてくれ。そうじゃなきゃ魔獣討伐とうばつなんてできるか」


 そう言ってロイドは目元を腕で覆い日の光を遮る。そしてしばらく無言のまま時が過ぎる。


「そういや、お前の名前、聞いていなかったな」

わしもお前の名前を聞きそびれていたな」


 無言の時間が過ぎる中、沈黙ちんもくが破られた。するとロイドは先に名を名乗った。


「俺はロイド・ウェイルズ」


 ロイドが名乗ると続いてラムダも名乗った。


わしはラムダ」


 互いに名を名乗ると数瞬すうしゅんの沈黙が流れる。


「お二人で日光浴ですか。呑気のんきなものですね?」


 沈黙を破ったのはロイドでもラムダでもなかった。沈黙を破った声にロイドとラムダは体を起こして声の聞こえた方を見る。

 視線の先には細身で長身の体躯の人物がいた。漆黒の燕尾服えんびふくを着ていて細身の体に良く似合っている。しかし顔を隠している道化師の顔を模した仮面と相まってとても不気味に映る。

 そんな人物の姿を目に映したロイドは一気に顔が険しくなる。


「何の用だ。ニコラス・アレキウス」


 仮面の人物——ニコラスの姿を映したラムダは声をかけた。


「おや。久しぶりに会ったというのにぞんざいな言葉ですね。ラムダ」

「貴様にはこれでも慈悲深じひぶか応対おうたいだと思うがな。ニコラス」


 そんなラムダとニコラスのやり取りの中、ロイドはすでに腰に携えている剣に手をかけて抜剣していた。

 抜剣したロイドは一気にニコラスとの間合いを詰めてニコラスの胸を剣でつらぬいた。


「挨拶もなしに私の心臓をつぶすとは。礼儀がなっていませんね。ロイド」

「貴様にかける礼儀なんて俺にはない」


 心臓を剣で潰されいるはずのニコラスは軽妙けいみょうに語る。そんなニコラスに侮蔑と憤怒が混じった眼光を心臓を潰した本人であるロイドは向けていた。


「まだ怨んでいるのですか? たかが聖剣を盗むためにウェイルズの血族を皆殺しにされたくらいの事で」


 物騒な言葉を軽妙けいみょうに、淡々と語るニコラスの心臓をつらぬいてる剣をロイドはさらに奥へ突く。


「黙れ。貴様の声を聴くだけで虫唾が奔る」


 そう口にしたロイドは握っている剣を強く握りしめる。するとロイドがニコラスの心臓をつらぬいている剣が清浄せいじょうな光をまとい出す。

 清浄せいじょうな光は日の光にも負けない輝きを放ち出すとニコラスは剣がつらぬいた胸から白い灰へと変わっていく。

 白い灰へと変わっていくニコラスの体はくずれ落ちて地面に落ちていくとロイドは剣をさやに納めた。


「こんな子供騙しで俺をだませると思ってるのか?」


 そう言うとロイドは背後を振り返る。


「さすがウェイルズの生き残り。これで私を倒せたとは思いませんでしたか」


 振り返った先には先程白い灰へとちたはずのニコラスがいた。


「つい先程まで乗り物酔いしていたとは思えない聖剣の冴え。八年前より成長したようですね?」

「そうだな。貴様を殺すと心に誓ってから俺は貴様と再会する時を待っていた」

「そうですか。ですが残念です。今はその時ではないのです。その時が来ましたらまたお会いしましょう。ロイド」


 ロイドの瞳に映るニコラスは空中へ体が浮いていく。そして黒いもやがニコラスの体を覆うように溢れていく。


「待て!」


 ロイドが叫んだ。しかしその声はニコラスには届かず、黒いもやに消えていくニコラスは体を包んでいた黒いもやと共に掻き消えていた。


「ちっ! 逃がしたか!」


 その場に唾を吐くロイドは納剣のうけんした剣の柄頭つかがしらに触れた。

 そんなロイドにラムダは近付いていく。


「まさかロイドもニコラスと面識があったとはな」

「それはこっちも同じ感想だ。ラムダ」


 ロイドとラムダは互いに視線を向けると、互いに険しい表情を浮かべている事に気付く。


「ラムダはどこでニコラスを知った?」


 先に質問したのはロイドだった。

 ロイドの質問にラムダは数瞬すうしゅんを置いて答える。


「奴と会ったのは十数年前。わしが生体兵器として造られた時だ」


 ラムダが口にした言葉にロイドは思わず目を大きく見開く。


わしは奴の手によって造られた。わし自身望まない形でな。わし達は戦争の道具として造られた。平和になった今ではゴミ同然の暮らしを強いられ、それに反旗はんきひるがえせないように調整された生き物だ。だからこそ奴とは二度と会いたくはなかった」


 ラムダが語ったニコラスとの関係にロイドは返す言葉がなかった。

 そんな空気が流れる中、ラムダはロイドに質問する。


「それで、ロイドはニコラスとどんな因縁いんねんがあるんだ?」


 その質問にロイドは曇った表情を浮かべながら答える。


「俺はあいつに家族を、一族を皆殺しにされた」


 その言葉を口にするとロイドを見るラムダは何処か納得したような表情を浮かべる。そして口を開く。



 八年前、ウェイルズが代々守ってきた三本の聖剣のうち、二本がうばわれた。

 奪った者はたった一人で聖剣を守るウェイルズの剣士を殺していった。

 そして最後に残ったウェイルズの子供に一本の聖剣を残して姿をくらました。

 その直前、ウェイルズの剣士を殺した者は告げた。


「私がにくいですか?」


 殺戮さつりくを起こした人物とは思えない間抜けは口調で子供に問いかけた。


「まあ、これだけ家族を殺したのですから当然ですね。ですがこれも私が死ぬために必要な犠牲ぎせいなのです。悪く思わないで下さい」


 この時に言っていた殺戮者の言葉は事もには意味が分からなかった。


 自分が死ぬため?

 必要な犠牲?

  悪く思うな?


 人がこれほど死んでいて目の前の殺戮者は仮面の下で笑いながら口にする言葉に一切の罪悪感がなかった。

 それと反比例して殺戮者と相対あいたいしている子供の瞳には憎悪と憤怒の光が宿る。

 表情が憎々しく歪む子供を諭すように殺戮者は言葉を紡ぐ。


「私を殺したければ、この聖剣でいつか再会した時に殺して下さい。その時の役者と舞台は私が揃えます。それまでの辛抱です」


 そう言うと殺戮者は初めて自身の名を名乗る。


「私はニコラス・アレキウス。貴方あなたに、未来の剣聖けんせいに殺されるためウェイルズの剣士を殺した不死身の男です。お忘れのなきように。ロイド・ウェイルズ」


 それを言い残して殺戮者——ニコラスは子供——ロイドの前から姿を消した。

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