第2話 聖剣使い

 ラムダの後を追って路地裏の奥へ進むロイド。

 薄暗うすぐらくかびくさい路地裏を進むとロイドの視界には見慣れない光景がうつった。

 ラムダのような蛍光色の体毛が体中をおおう小動物達がたむろしていた。


「待たせて悪かった」


 ラムダは目の前に見えている蛍光色の体毛の小動物達に声をかけると、小動物達はラムダの声が聞こえた方をかえる。するとラムダの声が聞こえる方を見た小動物達はラムダの傍にいるロイドに視線が向く。


「ラムダ。そっちの人間は?」


 ラムダの言葉を聞いて振り向いた小動物達の中の一匹が人の言葉でたずねた。その様子にロイドは唖然あぜんとして目を大きく見開いた。その様子のロイドをよそにラムダは口を開く。


「あぁ、話は長くなるんだが」


 そう言うとラムダはロイドと出会った直後から今までの事を人の言葉をしゃべる小動物達に説明する。

 財布さいふぬすんだ相手であるロイドが実は魔獣狩りを生業なりわいとしている事。そのロイドから逃げようとしたが何度もつかまってしまった事。その他もろもろ目の前の小動物達に説明し終えると他の小動物達は困惑こんわくする。そんな中、ロイドはラムダにたずねる。


「それで俺をここに連れてきた理由を教えてくれ」


 ロイドはラムダにここへ連れてきた理由をたずねると、ラムダは何も返事を返さないまま小動物達がたむろする方へ足を進める。

 ラムダが足を止めるとその近くには緑の蛍光色をした体毛の小動物が地面に横になっていた。

 横になっている緑の体毛の小動物は呼吸が浅く目がうつろだった。


「こいつには呪いがかかっている」


 ラムダの言葉にロイドは唖然あぜんとする。

 のろい——魔法の中でも古代に使われていた呪術じゅじゅつを呼ばれるたぐいの魔法。かけられたものは体をむしばまれ最悪の場合、死にいたる魔法。


 現在では呪術自体が禁術きんじゅつ指定されてひさしく、使える者自体が数限られている。

 その呪いをかけられているという小動物には呪術特有の禍々しい文様が体中に刻まれている。


「お前の腰にあるその剣。聖剣だろ?」


 ラムダはロイドのこしたずさえている長剣ちょうけん一瞥いちべつするとその剣の正体を口にした。


「何でそれを知ってる?」


 ラムダの言葉にロイドはいぶかしむ。ロイドは腰に携えている剣を一度も放していないし、抜剣ばっけんしてもいない。剣の正体を明かす機会きかいがなかったはずなのにそれを言い当てたラムダにロイドは怪訝けげんな視線を向ける。


「さっきも言ったはずだ。わし生体兵器せいたいへいき。聖剣の力なら見分けられるように開発されている。さや納剣のうけんされていても聖剣なら見分けがつく」


 そう言ってラムダはロイドの疑問に答える。


「ここまで言えば、お前をここへ連れてきた理由が分かるはずだ」

「理由は分かった。聖剣でこいつの呪いを解呪かいじゅしてほしいんだろ。けどそれと財布さいふぬすんだ理由がむすびつかないんだが」

「お前の財布の中、白の魔鉱石マギスフィアが入っているだろ。だから盗もうとした。こいつの呪いを緩和させるために」


 ロイドがまだ引っ掛かっていた事について説明したラムダはその理由を口にしてロイドはようやくラムダのしたかった事を理解する。

 白の魔鉱石は現在、運気上昇のお守りとして財布の中などに入れる風習ふうしゅうがある。それとは別に白の魔鉱石はかつて呪術の解呪かいじゅに使われていた時代があった。

 ラムダの言葉を聞いてやとラムダの真意に気付いたロイドは溜息ためいきを吐く。


「分かったよ。俺をここに連れてきたのは、俺の聖剣でそこの小動物の呪いを解呪かいじゅしてほしいからなんだな。ったく、それなら最初からそう言えよ」


 愚痴ぐちるロイドは頭をきながら再度、溜息ためいきを吐く。その後ロイドは呪いがかけられている緑の体毛の小動物の方へ近付く。

 緑の体毛の小動物のすぐ傍まで近付いたロイドは腰に携えているさやから聖剣を抜剣した。


 抜剣した聖剣は鋼色の光沢とは別の清浄せいじょうな光を纏っていた。

 その聖剣をロイドは逆手に持って力なく横たわっている緑の小動物に向かって刺突した。

 聖剣を刺突された小動物は一瞬苦悶の表情を浮かべた。それと同時に体中にきざまれていた呪術じゅじゅつ文様もんようが光り輝き末端まったんから消えていく。

 光の粒子りゅうしとなって消え去っていく禍々しい文様を見る周りの小動物達は驚きで目を丸くしていた。

 緑の小動物の体に刻まれていた禍々しい文様が完全になくなると、ロイドは刺突した聖剣を引き抜いた。

 聖剣を引き抜いた緑の小動物には聖剣を刺突しとつした傷が全くなかった。


 数瞬すうしゅんおいて苦悶の表情を浮かべていた緑の体毛の小動物は先程までとは打って変わって苦痛くつうの様子が見えない顔つきになっていた。

 緑の体毛の小動物は横たわっていた体を起こした。

 その様子にラムダは間髪かんぱつ入れずにたずねる。


「もう大丈夫か⁉」

「はい! 今までと違って嘘みたいに体が軽いです!」


 ラムダの質問に緑の体毛の小動物は元気よく答えた。


「呪いを解呪かいじゅしたばかりだ。まだ安静あんせいにしていた方がいい。滋養強壮じようきょうそうに効く薬を飲んでゆっくり静養せいようする事をおすすめする」


 聖剣をさや納剣のうけんするとロイドは呪いを解呪かいじゅした緑の小動物に告げる。すると他の小動物達が一斉いっせいに重い空気をまとい出す。


「そんな金があってもわし達はこの王都では石ころ同然の価値しかない。そんなわし達に王都の住人が薬をくれると思ってるのか?」


 ラムダはロイドが告げた言葉に数瞬すうしゅんおいて返答する。

 ラムダの言葉を聞いてロイドはすぐにその言葉の意味を理解する。

 ラムダや周りの小動物はかつて王都が開発した生体兵器。廃棄はいきされるはずの生物が生き残っていると知られればすぐにラムダ達は破棄はきされる。


 こんな薄暗い路地裏で生活しているのも身を隠す必要があるからだ。このんでこんな環境に住んでいるわけではない。

 ロイドはやっと自身の発言が気の回らない事を言ったのか気付く。


「……ここで待ってろ」


 気まずい空気が流れるこの場にロイドは空気を破って声を出した。するとロイドは踵を返した。

 路地裏から去るロイドをよそにラムダや他の小動物は解呪かいじゅされた緑の小動物へ近寄った。


解呪かいじゅされて良かったな」

「ひとまずは安心だ」


 同胞どうほうが元の調子を取り戻した事に喜ぶ小動物達。


「でもさっき去っていった人間、待ってろ、って言ってましたけど」

「確かに。ラムダの頼みを終えたのにさっきの言葉。何を待てばいいんだ?」


 そんな疑問が残りつつしばし緑の小動物が解呪かいじゅされた事に喜んでいると何者かの足音が路地裏にひびく。

 その足音に気付く小動物達は足音が聞こえる方をにらむ。近付いてくる足音に威嚇いかくの視線を向ける。その視線に見えてくるのはつい先程路地裏から去っていったロイドの姿だった。


「持ってきたぞ」


そう言ってロイドは小動物達が集まっていたところまで近付くと一本のびんを目の前に置いた。


「これは?」

「さっき言った滋養強壮じようきょうそうの薬だ。この中に入ってる丸薬がんやくを一日一個飲めば体は全快するはずだ」


 置いたびんについて答えるロイドに、ラムダを含めた他の小動物達は呆然ぼうぜんと見た。


「何だよ。その不思議な光景を見たような顔は」

「いや、だってそうだろ」


 ラムダや他の小動物がそんな反応をするのも当然だ。

 今までいない者として過ごしてきた自分達にかけられた呪いを解呪かいじゅしただけでなく体調を気遣きづかって薬まで用意してきたのだ。驚かない方が難しい。


「まあ、この礼はいつかどこかで返してもらうけどな」


 そう言ってロイドは置いたびんの封を開けて丸薬がんやくを一個取り出す。

 取り出した丸薬がんやく一個を緑の小動物の顔に近付ける。


「ほら。飲め」


 ロイドがそう言うと緑の小動物は近づけられた丸薬がんやくを口に運んだ。口に入れた丸薬がんやくみ込むと緑の小動物はロイドを見た。


「すみません。ここまでしていただいて」

「さっきも言ったがその礼はいつか必ず返してもらう。今はゆっくり休め」


 ロイドはそう言うと再び路地裏から去っていく。

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