魔獣狩りの剣聖編

第1話 魔獣狩りロイド

「待ちやがれ! クソだぬき!」


 昼前の王都第三区サードエリアの大通りで物騒ぶっそうな叫び声が響く。

 ロイドは人通りの多いこの時間帯に大通りの人の波をかき分けて走る。

 ロイドが進む先の人の波の足元にはロイドと同じ方向を進む小動物がいた。


 その小動物は全身の体毛が蛍光色の青に染まっていた。これほど目立つ色の体毛を見つけるのは容易よういだ。しかしつかまえるとなると話は別。

 まず一つ、体格差による人の波をくぐる進み具合だ。


 ロイドは背丈の高い引き締まった筋肉質きんにくしつ体躯たいくの黒髪の青年。それに比べて蛍光色の青の体毛の小動物——ロイドがさけぶ通り「たぬき」はロイドのように人の波をかき分けながら進む事をせず、普通の人間ではできない人の波の足元を身軽な動きでくぐっていく。


 ロイドが障害物しょうがいぶつのない大通りを走るとなれば話は変わっていただろう。しかしそんな事を考えたとしても、人の波がごった返している大通りでは青狸あおだぬきの方が容易よういに人の足をくぐり先へ進める。


 二つ目は移動手段。

 ロイドは地面をって走るが、一方の青狸あおだぬき四足しそくで地面を蹴っておらず、まるで何か見えないものに動かされいてるかのようにちゅうを移動していた。それが要因なのか、青狸あおだぬきは人の足の森と表現していい障害物を容易にくぐりながら移動していく。


 この二つの要因によってロイドと青狸あおだぬきとの距離は徐々に離されていく。そしてロイドは離れていく青狸あおだぬきの姿を完全に見失ってしまった。

 青狸あおだぬきはロイドから逃げ切ると、大通りの路地裏へ進む。建物によって日光がさえぎられているここは湿っぽくどこかくさったにおいがする。

 そんな路地裏へ足を踏み入れて奥へ進む——その時、誰かが背中の皮をつかみ体ごと持ち上げようとする。


「やっと王都第三区サードエリアに到着したってのに着いて早々財布を盗まれるんだ。本当についてない」


 そう言って青狸あおだぬきの体を持ち上げた人物——ロイドは青狸あおだぬきの顔を自身の顔と向かい合わせた。


「その口にくわえている財布さいふ返せ、コソ泥青狸どろあおだぬき

「そんな言葉遣ことばづかいの人間に返すとでも思っているのか?」

「……は⁉」


 ロイドは呆然ぼうぜんとなる。捕まえた青狸あおだぬきから人間の言葉が聞こえたからだ。

 今いる路地裏にはロイドと青狸あおだぬき以外誰もいない。つまりロイドが聞いた言葉はロイドがつかまえている青狸あおだぬきからはっせられたという事になる。


「……お前、しゃべれるのか?」

「それを答えればその手をはなしてくれるのか?」


 やはりロイドの掴んでいる青狸あおだぬきから人の言葉が聞こえる。その事にロイドは呆然ぼうぜんとしながらつかんだ青狸あおだぬきを顔の近くへ近付ける。

 その時、青狸あおだぬきの体から見えない何かにされてロイドは路地裏の壁まで吹き飛ばされた。


はなしてくれないのが悪いんだ。だから少々強引ごういんな手を使わせてもらった」


 そう言ってロイドの手から離れた青狸あおだぬきは宙に浮いたまま路地裏の奥へ移動する。


「……くっ! 待て!」


 青狸あおだぬきに吹き飛ばされたロイドは歯を食いしばって路地裏の奥へ進む青狸あおだぬきが消えていくのを見てすぐに体を起こす。しかしロイドが体を起こす頃にはすでに青狸あおだぬきの姿は路地裏の奥へ消えていた。



「やっとあいつをまいたみたいだな」


 宙を進んでいる青狸あおだぬき——ラムダは背後を振り返る。視界に映るのは狭く薄汚れた路地裏だけだった。


「そう思うのは勝手だが、人を吹き飛ばしておいて謝罪しゃざいの一つもないのはひどいんじゃないか?」

「⁉」


 ラムダは進行方向の先から聞こえる声に振り向いた首を戻して前を見た。するとその視線の先には先程まいたはずのロイドが路地裏の壁に寄り掛かっていた。

 その姿にラムダは愕然がくぜんとした。


 ラムダが進んできた路地裏は一本道。つまりラムダの進行方向先にロイドがいるという事は、ロイドはラムダより早く進む道を回り込むように遠回りして待ち構えたという事になる。


「どうやって先回りした?」

「それを俺の財布を盗んだ狸に教える義理ぎりがあると思うか?」


 ラムダの質問にロイドは答える気がない事を口にする。その言葉にラムダとロイドは互いにするどい視線を向け合った。

 先に動いたのはラムダだ。


 ラムダは路地裏の上へ宙を移動する。するとロイドは路地裏の壁を蹴って上っていきラムダを追う。

 路地裏から建物の屋根まで上るとラムダはロイドから逃げるために別の路地裏へ降りていく。

 ロイドはラムダが下りた路地裏へ進むと、そこは人ひとり通るのがやっとなほどせまかった。


「ちっ!」

「悪いがお前はここで時間をつぶしてくれ」


 ラムダは足止めで入った狭い路地裏にロイドを誘導すると小さな体で悠々ゆうゆうと路地裏の道を進む。

 狭い路地裏を出て再び大通りに顔を出したラムダはしばらく大通りを進む。そして先程とは別の路地裏への道を進む。

 新たな路地裏へ進みしばらくするとラムダは後ろを振り返る。後ろには先程まで進んだ路地裏の道が続いていて、人の姿はなかった。


「今度こそ——」

「逃げられたと思ったか?」

「⁉」


 ラムダは声がした方へ顔を向ける。それと同時にラムダは何者かに首元の皮をつかまれた。

 ラムダは皮を掴んだ者を視界にうつす。するとその姿は今度こそ逃げ切ったはずのロイドの姿だった。


「今度こそ返してもらうぞ」


 ロイドはラムダがくわえている財布さいふを手に取ると懐にしまう。財布が元の持ち主に戻るとラムダは苦い顔を浮かべる。

 ロイドは財布が戻ると逃がさないように掴んでいたラムダを放した。


  ラムダは放されるとすぐにロイドの方に相対あいたいした。そして目の前にいるロイドに警戒心けいかいしんき出す。すると視界に映るロイドの腰には一本の長剣ちょうけんたずさえていた。

 長剣が納まっているさやには複雑な金属の装飾そうしょくほどこされている。


「お前、何者だ?」


 ラムダは鋭い視線を向けながらロイドにたずねた。

 ラムダにたずねられたロイドはラムダに視線を向けて答える。


「ただの魔獣狩りだ」


 ロイドが質問に答えるとラムダは今までのロイドの身のこなしに納得がいった。


「こっちも質問だ。お前、何者だ? ただのたぬきには到底とうてい見えないが」


 今度はロイドがたずねるとラムダは答える。


生体兵器せいたいへいき実験体じっけんたい、と言えばすぐわかるだろう」


 ラムダの答えにロイドはすぐにその意味を理解する。


 生体兵器——一昔前、アルカディア王国が軍事力拡大のため、人間以外の生物に魔法を宿して文字通り生体兵器として研究・開発した人工生物。

 今では生体兵器は破棄されたと聞いているが、その生き残りがラムダというわけか。


「その生体兵器が何で俺の財布を盗もうとした?」


 ロイドは当初の疑問をラムダにたずねた。


「お前には口で説明するよりも実際に見た方が手っ取り早く伝わるだろう。ついて来い」


 そう言うとラムダはそのまま路地裏の奥へ進む。その後ろにロイドはついていく。

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