第27話 家族を守るためという強い決意
グライドは一度は通った山の道を早足で進んでいく。
その足取りは身軽なもので、僅かな沢水が流れ
その妥協としての早足で、石だらけの山道を草を掻き分け進んでいた。
後ろには十人ほど毛皮を着込んだ山の民がいて、グリンタフはもちろん、グリンタフの息子のウェルデットもいる。半ば決死隊のような行動に親子で加わる事を反対したが、当人たちの家族を守るためという強い決意を告げられては断れなかった。
道というものは歩きやすい場所を選んで敷かれるが、そのせいで若干回り込むなどして距離がある。張り出した斜面を回り込むと、そこに小石の散乱する平場があった。一度通った道なので、ここで休憩しようと目星をつけていた場所だ。
グライドは足を止めた。
人より大きな岩、その上を多う鮮やかな緑の苔。岩の合間を縫って、痩せた木が枝を伸ばす。周りを木々に囲まれ、岩だらけの平場に枯葉が時折舞い落ちている。
恐らくは山の斜面が崩れ、出来た場所なのだろう。
「ここで少し休もう」
「確かにの、ちと息がきれておる。いや儂は平気だが、他の連中がな」
グリンタフは強がりを言いながら、大きく肩を動かし息をしている。それでいて他の者が小岩に座り込むのを待って、ようやく腰を降ろした。
なかなかの意地っ張りだ。
誰も何も喋らない。
息を整えこれから待つ戦いに、心を落ち着けている。
道筋の半分ぐらいは来ただろう。迫る山に狭まった空を仰ぎながら、心を落ち着けていく。皆の呼吸が整っていくにしたがって辺りは静まり、空から降り注ぐ日射しに音を感じるぐらいだ。
しかも一旦それを意識してしまうと、静寂が耳に痛いぐらいだった。
「オークロードを倒したそうじゃが。やはり只者ではなかったようじゃな」
ふいにグリンタフが喋りだした。
沈黙に耐えられなかったのかもしれないが、同行する皆にグライドの強さを知らしめ、鼓舞する目的もあるかもしれない。
だからグライドも、それにのった。少しだけ尊大に言ってみせる。
「周りのオークが邪魔さえしなければ、それほど難しい相手ではなかったな」
「ほっ、言いおるわ」
「いやいや言ってみれば、オークロードというものは、竜のようにブレスを吐くわけでもなく、吸血鬼のように素早くなければ、死霊の王のように魔法を使うわけでもない。怪力は厄介だが、落ち着いて相手をすれば確実に倒せるわけだ」
「なるほど。それにしても、いろいろなモンスターと戦っておるようだな。さぞかし名のある御仁というわけか」
呟いたグリンタフは顎を擦り、何かを思い出した顔をした。
「むっ、そういえばグライドという名に覚えがある。かの有名な六剣聖――」
「一番大事だった者を守れず、それに耐えられなくなって、故郷を捨てた愚か者さ」
遮るような言葉にグリンタフは鼻白んだが、そこは年を取り様々な事経験した老人である。何かを察した様子で頷いた。
「なるほどのう。それでは、そろそろ行くとしようか」
しかし、立ち上がりかけたグリンタフの腕が掴まれ引き留められた。それまで沈黙を保って大人しくしていた息子のウェルデットの仕業だ。
「ちょっと待ってくれ、爺様」
「儂を年寄り扱いをすんな。いきなりなんだ」
「何か聞こえる。これは……足音だぞ、数も多い。皆よ、身を隠せ!」
ウェルデットは抑えた声で言って、大岩の陰に身を伏せた。そうすると着込んだ毛皮のせいもあって、まるで獣が蹲っているかのようだ。他の者もそれに倣い、グライドとグリンタフもそうした。
伏せた地面が間近にあって、赤茶や緑の色をした拳大の岩が散乱している。細かな砂もあって、枯れ木の上を蟻が数匹動いていた。
やがてグライドの耳に、ざわざわとした音が聞こえてきた。最初はそれが何の音か分からなかったが、すぐに山肌に積もった落ち葉や枝を踏み締める多くの音だと気付いた。
そっと大岩の陰から顔を出し様子を窺ってみる。
重なり合うようなった木々の幹の向こうに、幾つもの影が蠢き近づく様子が見えた。そして岩場の広場に、青黒い肌の半裸姿が現れる。
額にある乳白色の角が日射しに鈍く輝き、半開きになった裂けるような口から涎が垂れ落ちている。日の光の中に、同じ姿が次々と現れていく。その数は見える範囲だけでも二十を超え、まだ後ろに続いていた。
大凡だが奥の村に残ったオークの半数ぐらいだろうか。
ただしオークロードらしい姿はない。もし居れば、間違いなく先頭に居ただろう。
身を戻したグライドにグリンタフが顔を寄せてきた。
「あれは、うちの村に向かっておるのではないか。どうする? 奥の村が手薄になったと言えるかもしれぬが……」
「いや違う。恐らく残りのオークも、オークロードも含め奥の村を出ているだろう」
「なっ!?」
「そうでなければ、これだけまとまって動くはずがない。見てくれ、先頭の奴を」
指で示し岩と岩の隙間からオークを見る。
そこにオークロードほどの巨体ではないが、他のオークよりも一回りほど大きい姿があった。残りのオークたちは、明らかにその大きなオークを気にして従っている。
「あれはオークナイトに分類されるやつだな。並のオークよりも知恵があって、ロードに従うタイプだ」
「つまり、ロードの指示で動いていると? 何の為にじゃ」
「オークだって挟撃するぐらいの知恵はある」
グライドは後方を指し示した。
もちろんそこには、今まで進んできた道がある。このオークたちはそこを利用して村を目指しているのだ。これはもちろんオークの全てではない。オークは悪路や急斜面をものともしないので、残りは一直線に進んでいるはずだ。
「こちらが別働隊みたいなものだろうな」
「では、村にオークロードが!?」
「きっとな。急いで村に戻るべきだが、こいつらも放置できない」
抑えた声で言って、グライドは全員を見回した。
「ここで倒すぞ」
毛皮を着込んだ全員が肯き、それぞれが武器を抜き放った。
短めの分厚く頑丈な山刀が光の中で眩しく輝いた。グライドが大岩の陰から飛びだせば、全員がそれに続く。
気付いたオークが警戒の声をあげた。
グライドは走りながら抜剣、不意打ちに表情を歪めたオークの腹を撫で斬る。続けてオークナイトと斬りかかるが、これは錆びた長剣で防がれた。周りでは山の民が次々とオークに斬りかかっていく。
乱戦の中でグライドはオークナイトと対峙した。
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