第26話 大きな運命の流れは

「さて、知っている事を話して貰おうか」

 グライドが告げると、シュミットは肩を震わせ怯えの様子をみせた。

 晴れ渡る空に夕暮れの兆しが僅かに見え隠れし、村では再度の戦闘準備に大わらわ。走り回って慌ただしい姿がある中で、グライドたちは山村に相応しい、急斜面につくられた畑の一番上にいる。

 幾つもの狭い畑が石壁によって区切られ、まるで階段のように下へと続いている。ここから村が一望できるだけでなく、麓の町も、さらには遙か遠くの王都までもが一望できた。

 素晴らしい景色だが、今はそれを楽しむ時ではない。

「お父さん、少し言い方が強いよ。もっと優しく言わなきゃね」

「フウカの言う通りなのです。その言い方では、話したくとも話せないのです」

「もうちょっと相手の事を考えてあげきゃダメよ」

 咎めるような顔をしているのはフウカのみならずアイリスもだ。

 この散々な言われように、グライドは額を押さえ息を吐いた。畑の間の石壁に腰掛け、適当に腰掛けるよう促した。それでシュミットは、おずおずと近くに座った。

 シュミットが目深に被っていたフードを、そっと後ろへ除けると、優しげな顔が露わになった。しかし、そこは沈鬱に彩られている。景色を眺める眼差しは、しかし麓の町へと向けられていた。

 なかなか喋る様子はないが、何とか喋ろうとする気配は感じられる。焦れるような雰囲気だが誰も急かしはしない。グライドはシュミットの哀しく辛そうな様子を見ながら、自分がシュミットに対し父親のような気分を抱いている事に気付いた。

「ゆっくりでいい、話せることを話せばいいのだから」

 優しい口調で言うと、シュミットは涙に濡れた瞳を向け頷いた。

 それから涙を一粒落とし、最初は途切れ途切れに、次第にしっかり話しだす。


「かつて私は、麓にある町に滞在していました。回復薬を売りながら旅して辿り着きました。数ヶ月した頃に、見世物小屋を逃げだしたオークの子たちを拾いました」

「それはまた物好き――」

 言いかけたグライドはフウカの肘鉄を貰い、少し悶絶した。

「いやいや、奇特な事をしたものだ」

「子供のオークは、怯えていて可哀想で。何故だか分かりませんが、守ってあげねばと、助けてあげねばと強く思ったのです。それで私はオークを、二体いましたが両方とも匿って、アカとアオと名前をつけて世話をしました」

「アカ……!?」

 それはグライドが倒したオークロードに対し、シュミットが呼びかけた名だった。思わず呟いたグライドの言葉に、シュミットは罪悪感に満ちた顔で頷いた。

「でもアカとアオはどんどん成長していって……食糧を用意する事も、隠しておく事も難しくなって。それに、段々と人食い鬼の本性が出て来て――」

 それに恐怖を覚えたシュミットは、ついに決着をつける事にしたのだ。アカとアオを秘かに見世物小屋の近くへと連れて行き、そこで毒を仕込んだ食べ物を与えたのだ。血を吐きもがく二体を見ていられず、背を向け走り出し、あとは逃げるようにして王都へ行ったのだ。

「ずっと気になっていました。茸の話で、ますます気になって、そこに皆さんがオークの討伐に行くと聞きましたし。だから確認に来たのです」

 シュミットは町で見世物小屋の付近で何かを探していたが、それはアカとアオに毒を与えた辺りを確認していたに違いない。何かの痕跡があれば、オークの騒動の原因が自分ではないと思いたいが為に。

 結局、奥の村でアカに出会って自分が原因だと思い知らされてしまったのだが。

「ですが信じて下さい! いいえ信じて貰えないでしょうけど、私がオークを育てたのは……あれ? 私はどうしてオークを助けて育てようと、思ったの思ったのたのののの……分かりません……」

 シュミットは何かに操られたように身体を揺らし、目付きをおかしくさせ、虚ろな目で同じ言葉を呟き続けた。ややあって顔から表情が抜け落ち、両目から一つ二つと涙が落ちていった。


「これは……」

 グライドが物問いげな視線を向けた先で、アイリスは頷き白銀の長い髪が揺れる。

「間違いないのです。どうやら大きな運命の流れは、ここにあったようです」

「そういう事か」

 アイリスの知る運命では、アイリスの画策によって、どこかの村が襲われるものだった。しかしアイリスがそれをしなかったため、運命の流れによって、別の形で事象が成就されたのだろう。確かに事実だけをみてしまえば、シュミットがオークを使って奥の村を襲わせたようなものだ。

「責任を求めるのであれば、それはアイリスにこそあります。なぜならば、これは本来アイリスが起こすべきだった事なのですから」

 アイリスの言葉に、罪悪感に打ちひしがれていたシュミットは戸惑った。

「それは、どういう意味です?」

「世界には大きな流れがあります。その流れに、貴方は操られただけなのです」

「よく分かりませんが……慰めてくれる気持ちは分かります。ですけど、あの村の人たちが命を落とした原因は全て私にあるんです」

 シュミットは両手で顔を覆って泣きだした。嗚咽を静かにもらすといった泣き方で、聞いている方まで胸が痛くなるぐらいだ。

「泣く必要はないのです。全ての原因は運命にあります」

「そうよ、シュミットさんは悪くないわ。悪いのは運命と、あとオークなのよ!」

 フウカとアイリスは一緒になって宥めるが、シュミットは泣き止まない。そんな様子を見ていたグライドは、目線を青い空に向け頭を掻いた。

「まっ、確かに原因はシュミット殿だな」

「ちょっと! お父さん!」

「たとえ脅されて誰かを刺したとしても、刺された側にとっては、何の意味もない。シュミット殿が育てたオークが村を襲い、そして村人が大勢死んだ。それは事実だ」

「そうだけど、そんな言い方したらダメでしょ……あっ」

 フウカは自分の失言に気付き、口を押さえた。


「気にしないでください。グライドさんの言われるとおりです、私がした事は事実なんですから」

「しかし、一度は毒を使ってでもオークを始末しようとした。アルケミストなら間違いない量の毒を盛ったのだろう?」

「はい間違いなく」

「ならば、そこで原因に対する責任は果たしている。そこから先はオークの問題だ」

 グライドは腕組みをして目を閉じた。

 山の高い場所にいるが、その更に高い位置を鳥が飛んでいく。

「たとえオークでも、大事に育てていたのだろう。大事に感じていた存在の命を、自らの手で奪うことは辛かったはず。よく頑張ったな」

 静かに言ったグライドは、シュミットの頭に手を載せ優しく撫でた。それこそフウカに対するような、優しく労りの気持ちが込められたものだ。

 しかし、そこにアイリスが割り込んだ。じっと見つめた後にシュミットの手を取り、そのまま引っ張りあげて立ち上がらせてしまう。

「えっ、あの……」

「過去には戻れません。しかし本当に贖罪をしたいと思うのであれば、泣くよりもすべき事があるはず。アイリスはそう思うのですが、違いますか?」

「いえ、違いません。アルケミストである私がすべき事ですね」

「怪我人が何人もいます。そして、これからも出るでしょう」

「回復薬が沢山必要になりますね」

 頷いたシュミットは、ほっそりとした指で自らの涙を拭った。そして、しっかりと前を向いた目には力強さが宿っている。

「今から作業をします。手伝って下さい」

 しっかりとした声は、優れたアルケミストとしてのものだ。これから全力で調剤に取り組むのだろう。頼まれたアイリスとフウカは頷いて承知してみせた。

 それを確認したグライドは、一人村長の屋敷へと向かい、準備を終えたグリンタフたちに合流。村人やカールドンたちの見送りを受け出発した。

 オークロードを討伐するため、再び奥の村へと向かったのである。

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