第24話 剣聖将軍と呼ばれた男の姿

 瞬間、グライドは背筋にひやりとしたものを感じた。

「!」

 考える間もない。

 ほぼ直感だけで、その場から逃れる。空中にあるグライドは、飛び散る土砂や石片の向こうに、グレートソードの力任せの一撃が石垣を破壊した様子を見た。

 とんでもない一撃だ。

 かつて各地を放浪していたとき、金を得るために雇われ様々なモンスターを討伐したことがある。そうした時に遭遇した強敵との激闘が強く思いだされてくる。とたんに、グライドの心の中で何かが切り替わっていく。

 少し前に同じ剣聖であるスラストとの激闘によって、心の中の澱が剥がされていたが、今ここでの戦いが、さらに心を磨き込み鋭敏化していくのを感じていた。

 獰猛な笑いが顔に浮かんでくる。娘の前では見せない顔だ。

「…………」

 生と死の境にいる緊張。この瞬間だけは愛する者の命を奪った罪悪感も消える。

 着地すると同時に、グライドは振り向きもせず、右に向かって剣を薙ぎ払う。肉を裂く手応えだけで相手を確認もせず、直ぐに剣を構え目線を前に向けた。すかさず目の前に迫っていたオークは、グライドの鋭い目に怯み怯えるが、これも一撃で斬り捨てる。

 家屋の木の壁を背にして、左右からにじり寄る敵に目を配った。

 オークロードの迫る様子も見えていて、その手にある長大剣が振り上げられる様子も分かっている。グライドは静かに息を吸った。一気に動き左のオークに斬り付け、即座に向きを変え右に剣を浴びせると身構えた。

 そこにオークロードが襲って来たが、今の動きと反応に僅かに驚きをみせているようだ。しかし、その目に怒りを宿らせると、そのまま轟くような咆哮をあげ長大剣を振りかざし突っ込んできた。

 身体ごとぶつかるように剣を振り下ろしてくる。

 そこには技術もなにもなく、ただの力任せでしかないのだが、その全てを補うだけの剛力があった。グライドは迎撃した剣で長大剣を逸らし、身体を捻って突進を躱した。木の壁を軽々と破壊し、家屋に突っ込んだオークロードを見ながら、グライドは背筋に冷たさを感じていた。

 間違いなく、このオークロードは強かった。

 生来備わっている肉体の強さがあるだけでなく戦い慣れている。容易ならざる強敵だ。もうもうとした埃を割って出てくる巨体は少しも弱った様子がない。まさしくロードでオークの中でもとびきり強い。

 ――だが、負けるわけにはいかない。

 グライドは静かに剣を構え直す。その顔には少しの緊張と、強い決意がある。かつて六剣聖の筆頭にあげられ、剣聖将軍と呼ばれた男の姿がそこにあった。


 グライドは無言で剣を構え、オークロードと対峙する。

 睨み合っているところにオークが突撃してきた。勢いのある動きで、グライドは横から突きかかってきた攻撃を躱しながら、腰を沈めて斬った。さらに飛びついて来た敵を蹴りつけ、よろけたところに踏み込んで斬りつける。しかしそこにオークロードが跳び上がって襲って来た。

 多少の反撃など気にしない一撃がかすめる。服の端が斬れ飛び、血が舞う。痛みは少し遅れてきた。グライドは飛び退きながら、自分の受けた傷を、まだ問題ないと判断している。

 そこから血が流れるのを感じながら、今はまだ回復薬を使う余裕もない。

 大岩が弾んで転がるような音を響かせ、オークロードが迫っていたのだ。のしかかるように斬り付けてくる。とっさに頭上に平にかざした剣を斜めに傾け、剣身の半ばを下から拳で支える。体重と剛力の加味された長大なグレートソードは、剣身の上を火花を散らし、グライドの脇へと滑り落ちていった。

 技が力に勝った。

 瞬時に両手に持ち替えた剣を振りかぶりながら回転させ、がら空きとなったオークロードの首筋へと叩き付ける。肉を裂いた手応えがあった。倒した、と思ったとき衝撃を受けた。

 大きく振り回された腕が、グライドを弾き飛ばしていた。

 オークロードの皮膚が想像以上に硬かった事と、グライドの手が剛剣を受け痺れていた事で斬撃が弱まり倒しきれなかったのだ。

 叩き付けられた家屋の壁に跳ね返されたとき、グライドは思わずうめき声をあげた。即座に身構えるが、そこにオークが数体襲ってくる。

 ――まずい!

 このオークを相手にしている間に、オークロードは次のグレートソードを構え次の動きに移ろうとしていた。生きのびるために、全力で動こうとする。

 そのとき横から誰かが飛び出した。

「止めなさい! アカ!」

 オークロードとグライドの間に両手を広げ立ちはだかっているのは、誰あろうかシュミットだった。薄汚れたローブがはためくように動き、薬品臭が強く臭う。驚きに目を見開き、危ないと声をあげようとするグライドであったが、しかし気付いた。

 何故かオークロードの動きが止まっている。

 驚いた様子で目を丸くして、シュミットを食い入るように見つめ、さらに鼻を動かし匂いを確認しているようだ。だが、ややあって表情を怒りに変えると、グレートソードを振りかざし大きく咆えた。

 怯んで身を縮めるシュミット。


 だが、その時にはグライドが動いている。邪魔なオークを風のように斬り捨て、大きく飛び込みながら、剣の一閃をオークロードの首に叩き込んだ。それは先程の一撃と寸分違わぬ位置だった。オークロードの腕が動き、またしても跳ね飛ばされたが、今度は上手く防御しダメージを最小限にすると、空中で体勢を整え片手を突いて着地した。

 オークロードはグレートソードを片手に握ったまま、ゆっくりと近づいて来る。

 しかし足取りがふらついていた。二歩三歩と進んで振りかぶり、そこでグレートソードを取り落とすと、ゆっくりと傾いて倒れていく。激突した石垣を崩しつつ、そこに寄りかかるように伏せたまま動かなくなった。首筋から流れ出ていた血の勢いが止まり、後は静かに流れるだけだ。

 周りのオークは恐慌状態となって、互いに見交わし鳴き交わし、後退りながらグライドの前から逃げ散ってしまう。戦いに勝ったのだ。

 後は残りのオークを倒すだけだった。しかし――。

「なんだと?」

 角笛が鳴り響いた。

 それは勝利を告げるものではなく、どうにもならない事態に陥った時に鳴らすよう取り決めていた音だった。オークロードを倒したのだから、この戦いは間違いなく勝ちなのだが、しかし別の場所ではそうではないらしい。

「くっ、退くしかないか……」

 時間的に考えても、オークの全てが倒せたとは思えない。いかにグライドでも、多数のオークの中に取り残されては不利だ。しかも今はオークロードと戦った直後で疲労もしている。何よりシュミットを守らねばならない。

 グライドは腰に下げていた回復薬を飲み干すと、倒れたオークロードを見つめ立ち尽くすシュミットに近寄った。明らかに、このシュミットは何かを知っている。

 肩に手を置くと、驚いた様子で振り向かれた。

「後で詳しい話を聞かせて貰おう」

「……はい」

 シュミットは小さな声で頷いた。表情は沈鬱で哀しげで苦しそうだった。その原因が、今まさに倒されたオークロードにある事は間違いない。

 しかし今は、それを聞き出す時ではなかった。

 そのまま連れだって、この奥の村の入り口へと走った。そこには戻りを待っていたアイリスとフウカと、周りを固める皆がいた。撤収を急ぐため、焦れた様子がある。

「お父さん?」

「倒してきた」

「よかった」

 短い言葉を交わすと、そのまま奥の村から撤退をした。

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