第23話 奥の村はさらに山の中

 奥の村はさらに山の中になる。

 急な斜面の細い道は枯葉に覆われ、言われねば道とも分からず、時に濡れた落ち葉に足を滑らせ、散乱する長い枝に足を絡ませ転びそうになった。急斜面を横断しようとすれば道は片足だけの幅しかない場所もあった。ようやく平らな場所に出ると、そこにはひと抱えもある落石が散乱しており、不安を感じながら石の上を跳ぶように踏み越えていく。

 グリンタフたち村人は慣れた様子だが、王都から来た一行は手助けを受けながら、やっとの事で予定していた場所に到着した。

 そこからは、村に近くなったせいか、ようやく歩きやすい道だ。

 かすかに鳥の鳴き声が聞こえ、移動する内に暑くなって汗ばんだ額を拳で拭う。

「では、ここらで儂の組みは右から回り込むとしよう」

「グリンタフ先輩! お気を付けて」

「カールドンよ、注意せよ。少し声が大きいのではないか」

「申し訳ありません。では、ご武運を」

「お主もな」

 言葉を交わした二人は、アイリスに対し略式敬礼を、グライドには頷いて、それぞれの手勢を率いて草藪の中に姿を消していった。へっぴり腰のパンタリウスもカールドンの後に続いている。

 グライドは正面を見やった。

 両側の木から枝葉が覆い被さり、足元はこれまでに枯れて落ちた葉が堆積した地面は薄暗く、そして静かだ。空気は湿り気があって、そして澄んでいる。

 遠くにある村の入り口を見やると、聞いていた通りに簡単な柵と門がある。モンスターや獣、さらには盗賊への備えだ。

 そしてハッキリしない陰だが、その辺りにオークの姿もある。

「それではアイリスたちも進むのです」

「頼むから、勝手に突っ込まないでくれよ」

「グライドは失礼なのです。アイリスは怒っています」

 ぺちぺちと上品な手で叩かれ折檻されてしまうが、しかしグライドは少なくともアイリスが言葉を否定していない事に気付いていた。この悪い御嬢様は言葉を弄して誤魔化しているのだ。

 グライドはフウカを見て、頼むとだけ言った。

 もちろん父娘の間はそれだけで通じる。どうせアイリスを止められないのであれば、しっかり援護して守るしかないのだ。なにせ二人は雇われなので。

 道は少しずつ傾斜を強めて、そして幅を狭くしていた。

 そっと慎重に身を屈め進んでいくと、やがて斜面の上に奥の村が見える場所まで来た。斜面に沿って斜めに道が設けられ、遠目で見ても一人が通れる程度の幅しかない。

 しかし村の入り口には、事前に確認していた通り門があって、周りには柵もあって天然の要害を、さらに堅固にしている。その先にある村は、前の村よりこぢんまりまとまった様子で、畑などもかなり少ない。

 そして村内に人の姿は無く、代わりにオークが我が物顔で彷徨いていた。残った村人の全員が喰われたか、それともまだ閉じ込められたままかは分からない。

 そして門の傍には歩哨のように、数体のオークが立っている。

 あまり真面目な見張りではなさそうだが、目の前の斜面の道を上がってくる存在に気付かないほど愚かではないだろう。

 少し進んで、大きな木と藪の陰に一行は潜んだ。


 雲が流れ鳥が飛ぶ。小虫が顔の周りを狙って飛び、ときおり枯葉が落ちてくる。グライドは周りの仲間を確認した。山の民は気が逸った様子で、トリトニアの家士は緊張と不安で、それぞれ落ち着かなげだ。

 アイリスは人形のように動きを止め、目を伏せ紫の瞳は何を考えているのか分からない。フウカは暇そうに落ち葉の下の虫を探していて、シュミットはひっそりと座り込み、時折村の方向に目を向け気にしている。

 不意に遠くで物音が響いた。

「今のは……」

「カールドンのおじさんが行った方だね」

「何かあったようだな」

 戦闘開始は頃合いをみてグリンタフが鳴り矢を放って合図する事になっていた。しかし勝手に戦闘を始めるとは思えないため、運悪くオークと遭遇したか、それとも見過ごせない事態に気付いて突っ込んだかしたらしい。

 直ぐにグリンタフの方向から、鳴り矢の長く尾を引く音が響いた。きっと物音に気付き、そちらも戦いを始めるという意味での合図なのだろう。手順は少し違っているが、まだ問題のない範疇だ。

「お父さん?」

「こちらも行くとするか」

 グライドは横のフウカに囁きアイリスに頷くと、木の陰から飛びだし、皆の先頭に立って走りだした。そのまま上り坂となった道を駆け上がり、木だけの簡素な門へと向かう。半分を進んだとき、カールドンの方向に走っていたオークに気付かれた。しかし弓音が複数響き、幾本もの矢がそのオークに突き立つ。

 山の民が走りながら射たのだ。流石の腕前だった。

 オークは倒れると、しばらく地面でのたうった後に大きく吼えた。

 それが合図となって、建物から戸が内側から倒されオークたちが出現する。しかしその時には、グライドたち全員が坂を走破し村内へと駆け込んでいた。これで斜面の途中という、不利な位置での戦闘は避けられた事になる。

 現れたのは武装したオークが五体だ。

 人に似た姿で肌の色は青黒く、野生に生きるといった身体は逞しく、体毛といったものは皆無。頭には乳白色の角があり、大きく裂けた口には鋭い歯が並ぶ。武器を使う知恵はあるが、身に付けているのは僅かな布だけ。

 こちらに気付いて指さし騒ぎだしていた。

「参ります」

 さっそくアイリスがハルバードを構え、飛ぶように駆けて勝手に突っ込んだ。先頭のオークに一撃を振り下ろし、直ぐに身を捻って右を斬り払う。小柄な身体で激しく動き、右に左にと斬り付けていく。これに山の民は顔を合わせて少し驚いたようだった。だがそれも一瞬で、直ぐ武器を振りかざしアイリスの援護に飛びだした。


 倒れて苦悶するオークに駆け寄り、とどめを刺してしまう。木の棒が武器だった者は、オークの武器を奪い取り、それを手にして次に備える。

「一番の要人が飛び出すとはな。御嬢様ときたら、人の言う事をきかない」

「お父さん。それ言っても仕方ないよ」

「ああ、分かってるさ。しかし護衛の対象だ、フウカはアイリスの側で援護をしてやってくれ。あれでは、きっと直ぐに疲れてしまうだろう。フォローしてやってくれ」

「うん、分かったわ」

「頼んだぞ。俺はオークロードを探して別行動する」

「気を付けてね」

 フウカの声を背中に受けながら、グライドは前のめりになって、村の中へ飛び込んで行く。入り乱れた足音が建物の向こうからも近づいて来る。建物の陰から姿を現したオークは、たちまち激しい吼え声をあげ向かってきた。

 グライドは走りながら剣を振るい、倒せる相手は倒した。手傷を負わせただけの相手は、あえてトドメまで刺さず、ひたすら進む。

 目的はもっと別にあるのだ。

 ――居たな!

 村の中央付近の他よりも大きめな建物の前に、他のオークより一際大きな影が見えた。間違いなくオークロードで、その手には長大重厚なグレートソードがある。かつて不幸な運命を辿った犠牲者の所有物に違いない。

 周りには取り巻きのオークも多数いるのだが、家と家の間にある小道は狭い。そこを巨体のオークロードが先に立って進み、残りは後ろから来ている。グライドをみると、吼えながら向かってきた。

 強烈な一撃が浴びせられる。

 グライドは荒々しく力任せの攻撃を軽々と回避、重厚な金属塊が烈しく地面に叩き付けられると、その隙を突いて、オークロードに剣を振るう。浅く固い手応えで、表皮を軽く斬っただけだ。風を巻いて下から跳ね上がってくる攻撃を、膝を曲げ身を反らし回避。即座に横にあった低木の枝を掴み勢い良く身を起こすと、片手斬りにて顔面を狙った。

 鮮血が舞う。

 オークロードが顔を押さえのけぞったとき、グライドは石垣の上に立っていた。かつて剣聖として讃えられ、武名と勇名を欲しいままにした姿そのものだ。石垣の下に次々駆け寄ったオークの突き出す槍を斬り払い、逆に斬り返し蹴り倒してみせた。

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