第21話 出発は、太陽が天頂に来る時刻

 戦いの準備は進められているが、主要な者が村長の家に集まっていた。

 村長のものという家屋は、山中にあるにしてはしっかりとした造りだ。薄暗い室内には灯火が幾つも用意され、そのせいで獣油の燃える臭いが強い。

 グライドは床に広げた紙に木炭をはしらせ、決まり事を書き記していく。その中に絵図面もあるが、それは生存者から聞き取った奥の村の地形だった。

 赤味を帯びた光に照らされた絵図面を見やり、グライドは顎に手をやった。

「この土地からすると、少なくとも三方向から攻めるべきだな」

「待て、それはどうかと俺は思うぞ。オークの数は多く、我らの数は少ない。それでいて人を分けてしまっては、不利になるばかりではないか」

「確かにカールドンの言う事は分かる」

 グライドは頷き、膝にあった手を伸ばし、絵図面を指し示した。

「しかし奥の村の入り口は、そこまでの道が狭い上に急な斜面と言う。その先に門があって柵まであるわけだ。そこに大勢で突っ込んでも意味が無いと思うのだ」

 この手前にあるグリンタフたちの村も、防衛の為の備えが要所にされている。それは豊富にある木材を使った頑丈なものだ。オークも多少の知恵はあるので、門を閉めて見張りぐらいは置いているだろう。

 ううむっ、とカールドンも唸りをあげる。

「なるほど手前で手間取れば、その間にオークが集まってしまうと……」

「奇襲という点を活かして、周囲から攻めた方が混乱するだろう。オークも一度に全部が襲ってくるとも考えにくい。確かに数を分ける危険はあるが、その方が良いと俺は思う」

「確かに……」

「それにだ。こちらの目的は全部を倒す事ではなく、オーク共の数を減らす事だ。少しでもオークを倒し、もし生存者がいれば少しでも助けてやりたい。それなら、攻め込む場所は多い方が良いと思う」

「なるほど。これは倒せばいいってもんではないか。こいつは忙しそうだぞ」

「片付いたら、ゆっくりするさ」

 言ってグライドは頭の上で腕を組み伸びをした。

 どのように人を配置して班をつくり、どこを攻めるか。攻め込む際と退く際の合図の取り決めや、怪我人が出た場合の対応。諸々を細かに詰めていく。時間がないため内容は荒く行き当たりばったりの感が強い。それでも、あるとないでは大違いだ。


 ある程度のところできりあげ、外に出た。

 薄暗い家屋から外に出ると、明るすぎる日射し思わず目が眩んだ。

「っ……良い天気だ」

 グライドは手を庇にしながら晴天を見上げた。

 続けて深呼吸をしてしまうのは、室内の灯に使われていた油のせいだ。獣油というものは独特な臭いで、それが鼻にへばり付くような感じがする。

 何度か深呼吸をしていると、戦支度をした村人たちが、村の広場に向かう様子があった。

 流石に全員が毛皮を着込んでいるわけではなく、普段着と大差ない者も多い。なけなしの金属や木の板をを身に付ける者もいた。武器も剣や槍といったもの以外に、日常で使用している斧や弓、さらには農具の鎌や鍬も持ち出されている。

 共通するのは悲壮さと決意の漂う顔だ。

 出発は、太陽が天頂に来る時刻で、それまでに全員が軽い食事をとり、思い思いに休憩をし、待ち構えている。しかしこれから戦闘でどうなるか分からない。それだけに皆が落ち着かない様子で、そわそわぴりぴりしていた。

 横を追い越していったカールドンは、部下たちの元に行った。一人ずつ立たせて自ら装備を確認し指導をしている。面倒見が良いようだが、もしかすると単なる心配性なのかもしれない。

「ん?」

 ふと風に混じる微かな薬品臭を感じた。

 直ぐ向こうをシュミットが、ふらふらとした足取りで通過していったのだ。それに続いていたフウカが気付き、跳ねるようにしてやって来た。

「あのね、お父さん聞いてよ。シュミットさんって凄いのよ」

「そうか凄いのか。で、何が凄いんだ?」

「あのね、皆で集めた草をね。あっという間に回復薬にしてくれたのよ。これで皆に薬が行き渡るわ。あっ、ちなみに私も手伝っているのよ。材料集めと加工の両方を」

「それは助かるな」

「当然なの、もっと私を褒めてもいいのよ」

「まっ、その前にシュミット殿に感謝するのが筋だな」

 言ってグライドは、所在なげに立っていたシュミットに頭をさげた。

「とても助かる、ありがたい」

「効果はそんなになくって。あのっ、あんまり期待しないで」

「たとえ効果が少しだったとしても、あるとないでは大違いだ。戦いの場では、ちょっとした傷が命取りになる事が多い。だから感謝する」

 グライドは顔をあげて、しかし感謝を込めて笑った。


 空の日射しは強まって、村の広場の大木の上に見える太陽は天頂に近い。

「そんな事ない。大した事でないの」

 シュミットは照れた様子で身を引き、胸の前で手を小さく振っていた。ローブのフードを外し顔を出しているため、その驚いて困っているような様子が良く分かる。

 それを見たフウカも楽しげに笑い、ますます身を乗り出した。

「しかもね、調合方法まで村の薬師さんに教えてあげてたのよ。凄いわよね。あっ、ちなみに私も教わったから。これで回復薬にかかるお金が少し浮くわ」

 知識は財産であり、それを惜しみなく教えるなど、なかなか出来る事ではない。今度こそ感謝より驚きが強くなってしまう。

 だが同時に、娘のフウカを疑って軽く睨んでしまう。

「まさか無理を言って教わってないだろうな」

「なによ、もうっ! そんなこと、するわけないじゃないの」

「いやいや。普段を知っているからこそ、不安なんだがな」

 グライドがぼやくと、フウカは両手を握り地面を強く踏み鳴らし、憤懣の意を表明してみせた。そんな親子のやり取りに、シュミットが慌ててしまって、両手を振ってまで否定している。

「いえ、違います。村の薬師と知識交換の一つなので」

「それにフウカが横で聞き耳を立てたとのか。申し訳ない」

「うううっ、別にそんな事ない……」

「そこは冗談だ、はっはっは。何にせよありがたい、感謝する」

 グライドの言葉に、シュミットは顔を赤く染め俯いてしまった。

「後はゆっくり休んでおいてくれ」

 しかしシュミットは、いいえと言って顔を上げた。その眼に強さがある。

「私も行きます」

「無理をせず休んで貰って構わないが」

「きっと怪我人が出る。直ぐの手当もいるかも。それに私は行かないといけない」

 呟くように、しかし、強く言ったシュミットには決意があった。

 誰かを救いたくてアルケミストになったのだろうか。頑なに行くと言って譲らない。最初に会った時は、怪しげな印象で良い印象はなかったが、今はそうではない。頼もしさのようなものもある。

 一緒に行ったとしても、シュミットは意外に健脚のため、足手まといにはならないだろう。それにモンスター除けの忌避剤もあるとも聞く。ならば問題ないと、グライドは頷いた。

「後ろの方に居て様子をみてくれると安心だ」

「そうさせて貰います」

 シュミットは目を伏せ下を向き言った。だから、その顔がどこか沈鬱である事にグライドもフウカも気付かなかった。

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