第14話 剣聖に矢が通用する筈もない
次の丘陵のゆるやかな坂を上り始めたときに、その先で人影が蠢いた。突如として現れた者たちが手に手に武器を持って、叫び声をあげながら殺到してくる。さらに、鋭く空を裂く音が響き閃きが数条迫ってきた。
矢だ。
狙いは先頭を進むグライドで、矢の全てが集中していた。だが、それが幸いした。グライドは抜剣からの一振りによって、まとめて切り払ってみせたのだ。それを予想していた剣聖に矢が通用する筈もない。
坂を下り迫っていた襲撃者たちの足並みが乱れた。並大抵ではない剣捌きに、驚愕したのだろう。流石に転ぶ様子は無いが、眼を見開き動揺している。
アイリスがハルバードの斧刃を掲げ、凛とした声をあげた。
「賊を討ち取るのです」
こうした襲撃を想定し、事前に行動を決めてあったのだ。
グライドと山の民が敵を迎え撃ち、カールドンと家士の半分が同行する旅人を護る事にしてあった。馬車と資材は残りの者が傍を固めることにしてあったが、一番大変だったのがアイリスを説き伏せる事だった。もちろん、好戦的な御嬢様は突撃したがるのだ。
「グライド殿、お見事。さあ征こうぞ!」
突進するグライドに、グリンタフと山の民が走って並んだ。皺の多い顔を前に向けたまま、声を張りあげる。前方から駆け下りてくる賊の数は、十と少しだ。
「思ったより数が少ないのう。こりゃ別働隊がおるぞ」
「馬車の方だったら問題ないな、御嬢様に任せておけばいい」
「本当か?」
「あのハルバードは飾りじゃないぞ」
グライドは言って足を速めた。
向かってくる相手に迫り距離が縮まるが、そのまま足は緩めない。相手の横をすり抜けるようにして通過し、同時に剣を閃かせる。後ろであがる悲鳴を置きざりにして、さらに突き進む。丘陵の上にいる射手を片付ける必要があるためだ。
驚愕の顔をみせた射手たちだったが、グライドの接近に弓を投げ捨て、剣に手をかけ迎え撃とうとした。その判断は良いが遅きに失していた。グライドが早すぎたせいもある。賊たちが剣を抜ききるよりも早く迫って、一人二人と腕や足を斬りとばしていき、最後は肩から胸に斬り下げた。
どさりと崩れ伏す音を背景に、グライドは血の滴る剣を手にしたまま足を止める。
「…………」
素早く左右に視線を巡らせ、付近に残りがいないと確認をすると、即座に向きを変え上がってきた坂を駆け下る。先程すれ違った賊が、グリンタフたち山の民と戦闘中なのだ。
「お見事!」
グリンタフが声をあげたのは、賊に対しグライドを意識させるためだ。実際、浮き足だった相手の一人を掴んで引き寄せると、その胸に剣を突き立てた。剣の腕がどうこうではなく、戦い慣れている動きだった。
残りの山の民も、逃げ出そうとする相手に追いすがり、背後から斬りつけ容赦がない。山中で狩るのは野生の獣だけではないという事だろう。
出番のなくなったグライドは、そのまま駆けながら全貌を把握する。
予想通りに後方を襲っていた賊とカールドンたちが乱戦中。さらに馬車の周りではアイリスがハルバードを振り回し無双中。フウカが援護をする様子が見て取れる。
「あの御嬢様ときたら、困ったものだな」
軽く呟いたグライドは、まずは護衛対象の安全確保のため一気に坂を駆け下った。
馬車には軽く二十を越える相手が襲いかかってきた。
それは荷を奪うためでもあれば、見るからに高貴な姿をしたアイリスを狙ってでもあった。人質にさえすれば、それで何の問題もなく片付くという考えなのだろう。
「女を逃がすな! 捕まえろ!」
などと喚いている。
馬車の周りを固める家士は若手が多いだけに、動揺している状態であったが、年配の者が抑えているため大きな問題にはなっていなかった。
「だってさ、アイリス狙われてるね」
「仕方ないので、戦うしかないのです」
「嬉しそうに言わなくてもいいのに」
フウカが指摘するように、アイリスは口角を上げながら微笑んでいる。手にしたハルバードを軽く一振りすると、全身に魔力を行き渡らせ、一気に飛び出した。持久力には難はあるが、瞬発力と速度はグライドも認めるところだ。
まさか獲物から突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。賊は走りかかって来るアイリスに驚き顔だ。下からすくい上げるように薙ぎ払われる一撃に、まとめて二人が斬られた。しかし血は流れない。氷の魔力を宿しているため、そこは凍り付いているのだ。
「なんだ……!」
思わぬ攻撃により足の止まった賊たちへと、フウカが鉄串をばらまくように投擲。それぞれに突き立つと、痛みと共に心理的な恐怖で鈍らせる。
そこに家士の一団が雄叫びをあげながら突っ込んだ。
主であり美しい少女でもあるアイリスの前で、少しでも良いところをみせようと勇猛果敢だ。体当たりをするように剣を突き刺し、足蹴にして倒すと次へと斬りかかる。
さらにアイリスもハルバードを振り上げ次の相手を狙う。
賊が殲滅されるまで、さして時間はかからなかった。
倒した賊は埋める時間も義理もないため、道の端に並べて置いた。いずれ野の獣かモンスターに喰われるだろう。だが、人を食い物にして生きて来たのだから当然の報いであり末路というものだ。
賊の大半は討たれ、逃げのびた数人も手傷を負っていた。この辺りも、しばらくは安全だろう。もちろん、いずれ別の賊が湧いて出てくる事は間違いない。
アイリスがハルバードを引っ提げやって来た。
「本当に賊が出たのです。まさかグライドも運命が?」
「そんなわけなかろう」
「冗談なのです」
アイリスは、にっこりと笑った。
賊の出現を予想していたのは、都市からの位置である。賊からしてみると、近すぎれば都市に存在が露見してしまい、遠すぎれば生活が面倒になる。賊とて生きて生活しているのだから、都市で生活できる程度の距離で襲撃をするのだ。
恐らくは城門を出た頃から目星をつけられていたに違いない。
「怪我人は出たが、死者が出なくて良かった。皆が頑張ったお陰だな」
「アイリスも頑張ったのです」
「護衛される側なら、あまり無茶をしないで欲しいのだが」
アイリスは、きっと褒めて欲しかったに違いない。綺麗な手でグライドをぺちぺちと叩いて不満の意を表明した。そんな様子も含め、グリンタフたち山の民は唖然とするばかりだった。
人の間をすり抜け、フウカが勢い良く走って来た。
「怪我した人、大丈夫だったよ」
「そうか、深傷と聞いていたのだが。無事で良かった」
「それが聞いてよ、シュミットさんが持ってた上級回復薬を使ってくれたの。おかげで治って元気になったのよね。きっと明日ぐらい馬車で休めば、問題ないそうよ」
「さすがは凄腕アルケミストだな、感心感心」
「ほんっと、そうよね。それに引き替え……」
フウカは軽く腕組みして口をへの字にし、馬車の方を見やった。そこには青い顔をして座り込むパンタリウスの姿がある。怪我はしていないので、恐らくは初の実戦に遭遇し動転しているのだろう。
「賊が来たら、腰が抜けて動けなくなったそうなの。情けないわね」
「パンタリウスは優しい人で、荒事が苦手と聞いているのです」
「でも、ここではそんな事を言ってられないのよ。旅をすれば危険があって当然なのよ、苦手ならせめて逃げて、自分の身ぐらいは護りなさいって言いたいわ」
「皆がそうできるとは限らないのです」
アイリスはやんわりと言ったが、フウカは納得しない様子だった。
そして隊列は動きだす。
怪我人は出たが死者はなく、勝利に皆が気分が沸き立っている。特に家士の中で、初の実戦を経験した者は興奮気味。そんな中でパンタリウスは項垂れている。
グライドは周りの空気に構わず、油断なく先頭を進んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます