第8話 山の民は気性が荒く血と争いを好む
都市西の城門にほど近い場所は、多くの人の姿があった。
外からやって来た者と、これから外に向かう者。その見送りと出迎えの者がいて、別れを惜しみ涙する声や、久方の再開に歓喜する声が入り乱れる。そこに宿の者の客引きの声が交じり、まだ旅装の埃を落としもしていない旅人の取り合いをしてもいた。
もちろんグライドたちのように、植え込みの石垣に腰掛け寛いでいる姿もある。
「ふむ、これは綺麗で美しいな」
買い求めたばかりの回復薬を光りにかざし、中身を確認する。
青味を帯びた液体は澄んでいて、そこを通して眺める世界を美しく見せてくれる。かなり上質なものであり、間違いなく効力は高いだろう。使用されている瓶の硝子も、これだけで価値がありそうな出来具合だ。
回復薬の存在は重要で、時に生死を分ける事さえある。
アルケミストの腕によって効果に差があるのであれば、少しでも良い物を手に入れておきたい。ただし、腕の良いアルケミストの品は高価なため、一般的な値段で手に入れられた事はありがたかった。怪我をしないに越したことはないが、これがあれば安心だ。
「良い買い物ができたな」
「これだけのは、なかなかないよね。次もまた、シュミットさんのところで買おうね」
「そうしたいところだな。しかし、これだけの質で、しかも噂になっているぐらいなんだ。品薄になるとか、値上がりするとか、そういう事がないと良いのだがな……」
「ちょっと心配よね」
「あの様子では、客あしらいも下手そうだろうしな。いや、それどころか悪徳商人に騙されて酷い目に遭いそうな気もして心配だ……む?」
回復薬を小袋にしまい込んだ直後、前方でざわめきが起きた。どうやら、外からやって来た旅人と、門番の衛士が揉めているらしい。
視線を向けた先の城門は側塔に挟まれ、それ自体が小さな城のように大きく重厚だ。今は開け放たれている門も、非常時となれば鋼鉄の格子が二重三重に落とされ塞がれる。城壁に囲まれた王都に入るには、ここを含めた数カ所しか通る場所がない。
それだけに出入りに関しては審査と確認が行われ、時としては非常なほどに厳しい対応が取られている。だからこそ、城壁の外にスラム街が形成されもするのだ。
揉め事はまだ続いている。
辺りの人々の何人かは振り向くなどして見つめていたが、しかし辺りの商売人など多くの者は気にした様子がない。どうやら、こうした揉め事はよくあることらしい。
「さて、そろそろ行くか――」
促し歩きだしたグライドだったが、思わずといった仕草で足を止めた。フウカとアイリスも全く同じであったのは、その揉め事から聞こえて来た声が原因であった。
「儂らは御領主のトリトニア公に会わねばならん、会って伝えねばならん事がある! その為に、儂らは遙々セグメント地方からやって来たのじゃぞ!」
叫んでいる男は毛皮の頭巾に、身体にも毛皮を身に付けている。毛皮の中から両足がにょっきり出て、弓を背負い、腰には一振りの剣を帯び、いかにも山の民といった風体だった。そのため声の感じから、ある程度の歳がいっている事以外は、あまり詳しくは分からない。
明らかに山の民といった格好の者が数人いるが、周りの者は怯えたように距離を空けている。なぜなら山の民は気性が荒く血と争いを好む、といった噂があるからだ。詰め寄られた衛士にしても及び腰の状態。後ろには、いつでも取り押さえられるようにと、衛士の仲間が集まっている。
だからその間、城門の通行は止まって大混雑の状態になりつつあった。
「ならば、それを証明する手形を出してくれ」
「さっきから言っておるが、それは盗賊に襲われた際に無くしたのだ」
「爺さん、そいつは気の毒とは思うが分かってくれ。そんな言葉を信じて、ここを通せるわけがないだろう。俺らの立場も考えて見てくれよ」
「むむむっ、よし分かった! では、こうしよう。トリトニア公爵家に連絡をして、バートンという者か、バビアナという者を呼んでくれんか。そうすれば問題ない」
「公爵家に連絡だなんて、一介の衛士にゃ荷が重すぎだ!」
グライドとフウカは、聞き知った名が出たため、思わず顔を見合わせた。その為、すたすたと歩きだしたアイリスの動きに、少しばかり遅れてしまう。どうやら、御嬢様は興味を惹かれてしまったらしい。
衛士も山の民も、いきなり近づいてきた小柄な少女の姿に驚いた。
整った顔の肌は白く滑らかで、薄い紫の瞳は常には存在しない珍しいもの。白さのある銀色をした長い髪は手入れが行き届き、着ている物は極めて上質なもの。何より態度が堂々として所作の一つにも気品がある。
誰がどう見ても貴族だ。
衛士は略式の会釈をするが、山の民の男は地に膝を突いて畏まる。
「セグメントから来たと、アイリスには聞こえました。そしてバートンと、バビアナという名も聞きました。二人と面識があるのは間違いありませんか?」
「はっ、そうです。儂はセグメントの住人、グリンタフ。以前にはトリトニア公のお屋敷で兵士もしておったこと、嘘偽りありません」
「なるほど、そうでしたか。アイリスは、トリトニア公モントブレアの娘なのです」
「はっ、ははぁ!」
アイリスは胸元からネックレスを取り出し、その家紋を見せた。
山の民のグリンタフは大袈裟すぎるほどに驚き、這いつくばるようにして頭を下げた。同行する山の民たちも同じで、アイリスの前にひれ伏した。衛士は思わぬ大物の登場に顔を引きつらせ、礼を略式から正式へと切り替えた。
周りを行き交う人々は驚きのまま見つめるばかりだ。
「話は屋敷で聞くのです。どうぞ、付いてきて下さい」
そのように宣言されたが、門を護り人の通行に責任を持つ衛士は困りきった顔で、何か言いたげだ。しかし相手が相手のため、どうしたものかと葛藤している。
小首を傾げたアイリスは、にこりと笑って頷いた。
「アイリスが責任を持つのです。ですが不安があるかもしれません。だから何か問題があれば、このグライドが即座に首を落とすのです」
衛士は視線を、ぺちぺちとお上品に叩かれるグライドへと向けた。
長きに渡って城門に立ち、多くの人間を見てきた衛士の直感は、この護衛の男が何か分からぬが恐るべき使い手だと告げていた。やるとなれば、言葉通り実際にやってのけるだろう。しかも、貴族の少女が家名を継げ責任を取ると言っている。こうなれば、一介の衛士にはどうしようもない領域だ。
大人の判断をした衛士は丁寧な礼をして、厄介事を送り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます