第7話 噂の凄腕アルケミスト
「もうちょっとお店がないとか、行けば分かるって思ってた?」
「そうなのです。こんなにも、お店が並んでいるとは想像していませんでした」
初めて来る区画の騒々しすぎる活気に、アイリスは驚いているようだ。
「うんうん、そうよね。私もこの街に来たばっかりの時は、ちょっとだけ驚いちゃったもの。こんなに人がいるのは、びっくりよね」
「びっくりなのです」
「でも、ここまで来たから探さなきゃだね」
「どうするのです?」
「そんなの簡単よ」
言ってフウカは、すたすたと近くの店に向かった。若い女性が店の前を掃いていた。そばに仔犬がまつわりついている。
「こんにちは、この辺りに噂になるぐらい凄いアルケミストがいるって聞いたの。どこに居るのか知りませんか?」
女性は顔を上げてフウカを見た。少し驚いた様子だが、あれやこれやと話しかける内容に答えてくれている。同じ事を他の店でも繰り返していくのだが、十歳と少しぐらいの女の子を邪険にする者はいなかった。
グライドは自分の娘にすっかり感心していた。フウカはしっかり相手を観察し、答えてくれそうな相手を選んで尋ねているのだ。その鑑識眼は並大抵ではない。
そのお陰もあって、探している場所は直ぐに判明した。
噂の凄腕アルケミストの住居は、小舟も通れぬほど小さな水路のすぐそば、裏通りに面したところにあった。行ってみると、小さな目立たない看板が掲げてあるだけの、ありきたりの建物だ。看板にフラスコと呼ばれる容器が描かれているので、アルケミストの住居である事は間違いない。
表戸は閉まっていたが、フウカは遠慮無く戸を叩いた。
「こんにちはー! 買い物いいですかー?」
しばらく叩いていると、ようやく戸が開くのだが、まるで仕方なく開けたといったタイミングだった。薄暗い中から住人が顔を出した。ローブのフードを目深に被っているため顔は殆ど見えない。
辛うじて見える口元から、相手が女性という事だけはわかる。
しかし、ローブで出てきた点が気になった。本来は遠方の外出に使われるものであって室内で着るものではない。つまり、わざわざ顔を隠す為に着てきたという事だ。単なるアルケミストではないのかもしれない。
そして挨拶をするでもなく、三人をじっと見ている。
一瞬だけ両者の間に沈黙が横たわるが、それを気にするようなフウカではなかった。
「貴方が噂のアルケミストさんね! 良い回復薬を買いに来たの!」
「…………」
「中に入って、物を見せて貰って良いかしら?」
「…………」
ローブの女は中に引っ込んだが、ドアは閉まらなかった。どうやら入って良いという事らしい。もちろんフウカは遠慮無く足を踏み入れ、アイリスも続く。グライドは気付かれない程度に警戒し両腕の力を抜いておいた。娘と違って本来の役目を忘れていないのだ。
薄暗い室内は薬品臭が強かった。
梁から束ねた草が吊り下がり、その中には何かの皮もある。料理用ではない釜が大小幾つかあり、壁際に大樽が並ぶ。棚を見れば本が詰まり、各種の薬材や巻紙が突っ込まれたものもある。テーブルには天秤ばかりと分銅もあれば、物差しなどの計りもあり、粉薬を作る器具や用途の分からない品もあった。
雑多ではあるが、どれも整理され分類されており、部屋の主の性格が分かる。
女は相も変わらずフードで顔を隠したままで、白布を掛けた台の上に、澄んだ青色の液体が入った小瓶を並べている。ちらりと見える指先は白く、品を扱う手つきも優しげなものだった。
「私の名前はフウカよ。お姉さんは何て呼べばいいの? お名前は?」
「シュミット……」
「そう、シュミットさんね。急にお邪魔してごめんなさいね。でもね、良い回復薬が欲しかったの。お父さんが怪我する事が多いのよ。それでシュミットさんの腕が良いって聞いたのだけれど、そうなのかしら?」
「他よりは良い自信あるわ……少しだけど」
「そうなの良かったわ!」
フウカは嬉しそうに、手を打ち合わせた。
しかしシュミットが気にして視線を向けるのは、棚の薬剤を眺めているアイリスだった。白銀の髪は手入れが行き届き、着ている服も上質なもの。この見るからに貴族といった相手が住居にやって来れば、誰だって気になるところだろう。気付いたフウカは腕組みして、安心させるように大きく頷いた。
「こっちのアイリスはトリトニア公爵の関係者よ。私のお友達なの」
「トリトニア……セグメント地方の領主の一族」
「そうなの?」
フウカの問いはアイリスに向けられ、頷きの答えが得られた。
「なるほどシュミットさんは詳しいのね。もしかして行った事があるの?」
「茸が採れるの。良い茸の生える場所」
「そうなの。そろそろ茸の時期よね、美味しい茸が出るのかしら」
「あの辺りで美味しい茸と言えば、タケツマが良く言われるけど、味ならジメシ、タケマイが良いわ。それに、あそこはニセジメシ、タケグンテ以外に希少な毒茸も採れる。また機会があれば行きたい。そう、また行かないと駄目かも……」
アルケミストには変人が多いと聞くが、急に饒舌になったシュミットは、まさにそれを地で行くような様子だ。グライドの見つめる視線に気付き、ふと我に返った様子になったシュミットは、気まずそうに回復薬に視線を落とし値段を口にした。あまり人と話す事が得意では無いらしい。ローブのフードも、そういった理由なのだろう。
だが、そんな事を気にするような者はいない。
「確かに噂通りに良い出来の回復薬だな」
グライドは小瓶を明るい空にかざし、ためつすがめつ目を細め、中の青い液体を確認した。椅子に腰掛けたアイリスも、同じようにして回復薬を眺めるが、少しして首を捻った。
「よく分かりません。見ただけで分かるのですか?」
「中の液体が澄んでるでしょ。それに、しっかりと青い色合いをしているわね。こういうのが、良い回復薬の証拠なのよ」
「なるほど、フウカは詳しいのですね」
「作る人によって出来が違うもの。しっかり確認しないと困ってしまうのよ」
実際にはそうした見わけ方もグライドが教えたのだが、そこは指摘しない。グライドの知識にしても、かつて他の人から教えられたものだ。知識というものは、こうやって教え伝えられていくのだろう。
ふと見るとシュミットが両手で顔を隠している。
「シュミットさんどうしたの」
「ううっ……自分の作品、そんなに見られると恥ずかしい」
「そ、そうなの。ごめんなさい」
そんな答えにグライドは完全に警戒を解いた。これは単なる恥ずかしがり屋のようだ。フードを目深にかぶって何かあると思った勘は外れたらしい。
グライドはそこには触れず、噂となるような良い回復薬を数本買い求めた。
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