第6話 心優しい娘に育って
林の中の空き地の隅に、赤い花がまとまって色づいている。
ちょうど家から出ると目の前にある位置だ。昨年フウカが種を採ってきて、植えたものが咲いたのだ。それだけで殺風景な景色が、少し華やいで見えた。やはり女の子はそうした事に気を使うものだと、グライドは焚き火の番をしながら感心していると、賑やかしい足音が聞こえてきた。
買い物に行っていたフウカとアイリスが戻ってきたのだ。手には小振りの麻袋を提げているが、焼くと甘くなる芋を買って来たところである。
いつもの雇われ護衛の途中で食べ物の話になって、今の時期なら何が美味しいかといった話になり、そこでフウカが焼き芋と言ったところ、アイリスがそれを食べた事がないと判明したのだった。
そのままではいけない、と断言した二人で芋を買いに行き、その間にグライドが芋を焼く為の準備をしていたのだ。
これでは護衛と言うよりも、子守りに雇われたようなものだと思わないでもない。
だが嬉しそうに歌って戻って来る娘の姿をみれば、子守りでも構わないという気になってきた。長年の旅暮らしで、同じ年頃の友達も出来ず、いろいろ我慢や寂しい想いをさせてきた娘である。嬉しく楽しく過ごしてくれるなら、それが親にとっての喜びだ。
「お父さん、ちゃんと落ち葉を燃やしておいてくれた? いつもより数が多いからね、しっかり灰がないとダメなんだから」
「もちろん二回に分けて燃やしたからな、十分にあるぞ」
「ありがとっ! それじゃあアイリスも手伝って」
言ってフウカは麻袋から芋を取り出す。その数はグライドが思っていたよりも多かった。しかし、芋を手に戸惑った様子のアイリスがいるので仕方ないと思う。この小柄で美しい少女は見た目に反して、かなりの量を食べるのだから。
しかし仮に残ったとしても、夕飯に回せばおかずが一品増えるだけ。問題はない。
「これをどうするのです?」
「うん、まず土を適当に落とすの。それから灰の中に埋めるのよ。あっ、でも灰は熱いから火傷しないように気を付けてね」
世話を焼くフウカに指示されつつ、アイリスはおっかなびっくり芋を灰に埋めていく。公爵家の令嬢として型破りな行動をとるアイリスだが、もしかしなくても料理という行為は初めてだろう。もちろん焼くだけという、料理とも言えない料理ではあるのだが。
熱い灰の中に芋が埋められ、そこに落ち葉を被せ火をつける。
「あとは、良い匂いがするまで待つだけなのよ。どう? 簡単でしょ」
「なるほど簡単なのです」
「そうなのよ。でも、とっても美味しいのよ」
「楽しみなのです」
トリトニア家の練兵場でひと仕事をして、公爵のモントブレアからお誉めの言葉を頂き、しかし出される報酬は固辞して、代わりに野菜などの食材を幾つか貰って帰ってから数日が経っている。
特に何事も無く平和なものだ。
「あれから皆は――」
丸太を半割りにして表面を磨いただけの腰掛けに座ると、アイリスは足をゆらゆら揺らしながら言った。軽く口角を上げた穏やかな笑みだ。
「熱心に訓練をするようになりました。慢心はなくなり気が引き締まって、お父様はとても喜んでいます」
「それは良かった。戦った甲斐があったというものだよ」
「しかし、お父様はグライドに勝てた者に報酬を与えるなどと、酷い宣言をしたのです。つまり、到底無理な宣言です」
「まあ、しばらくは負けはせんよ」
「そうなのですか?」
「はっはっは、剣聖のジョブ持ちは伊達ではないという事だ」
剣聖は特殊なジョブで、グライドの故国の独自ジョブとなる。得てしてそうした独自ジョブの認定は極めて難しい。その中でも剣聖や賢者といったジョブは、認定が至難だと有名だった。
「そう言えば、この国の特殊ジョブはアルケミストだったかな」
「はい。でも他に比べると認定が容易なので、少し面白くないのです」
アイリスが不満そうにするのは自国に対する愛着からだろう。他の国のように、もっと凄い特殊ジョブがあれば良いのにと考えているに違いない。
屈み込んで焚き火を弄っていたフウカは口元を押さえ、くすくすと笑った。
「でもね、そのおかげでアルケミストが多いでしょ。だから回復薬も安いから助かっちゃうわ。他の国の酷いところだと倍はするもの」
「知りませんでした、そんなにも値段が違うのですか」
「そうなのよ。お父さんって、こういう性格でしょ。あちこちで揉め事に首突っ込んで怪我するから、回復薬がいつも必要だったのよ」
「グライドが怪我をするぐらい……いろいろあったのですね」
「あったよー」
フウカは焚き火を見ながら言った。
「そろそろ良い匂いがしてきたよ。もうちょっとね」
振り返った顔には、これまでの苦労といったものなど少しも存在しない。明るく愛嬌のある笑顔であった。
掘り出された大量の芋は、どれも頃合い良く焼けていた。
そして全部食べられた。
グライドは、フウカとアイリスと連れだって都市西の市街地を歩いていた。散歩とその護衛ではあったが、実際のところは半ば腹ごなしであった。
街で暮らし働く者たちの住居が並ぶ静かな区画を通り抜けると、活気のある商業区に入った。この辺りは活気があって、服と服が触れそうなほど、大勢の人が集まり動いている。
時刻は昼過ぎで、空の日射しは強い頃合い。
出来るだけ日影を選んで歩いていたが、アイリスの白く長い髪は強い日差しを反射して白銀に輝き、通りの中でも目立っていた。いかにも上流貴族といった佇まいのため、混み合った通りの中を歩いても、相手の方から避けていく。
もちろん付き従うグライドの存在も大きい。いかにも護衛といった、剣を帯びた男が傍らにいて、わざわざ近づく愚か者はいないという事だ。
辺りを見回すアイリスは、焼き芋の大半を平らげたとは思えぬ慎ましやかな顔だ。
「この辺りに、良い回復薬をつくるというアルケミストが、いるそうなのです」
銀色の髪を揺らし、グライドを振り仰いだ顔には口角を上げた笑みがある。だが、その実少しばかり困っている様子もみてとれた。最近は、そうした微妙な表情の違いが分かるようになった。どうやらアルケミストの居場所が分からないらしい。
焼き芋を食べながらアルケミストの話になって、最近噂の凄腕アルケミストがいるとアイリスが言ったのだ。どうやら学園で噂を聞き及んだらしい。ただ実際のところは、そうした会話を誰かがしているのを聞いただけで、アイリス自身が会話をしたのではないだろうとグライドは考えている。
恐らくフウカも察しているが指摘はしない。心優しい娘に育ってくれたのだ。
「お店がこんなにあると、どこだか分からないわね」
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