第5話 私の好みのど真ん中

 ――これは良く鍛えられている。

 十人近い兵を倒して、グライドは感心をしていた。

 容易く倒しているように見えるが、実際にはかなりの緊張感がある。トリトニア家の兵は実勢経験の少ない点を除けば、まさに精鋭と言っても良く、かつて敵対したオブロン家の兵などより一段上である事は間違いない。

 程よい強敵の確固たる戦意、休む間もなく襲われ続ける状況に晒され、グライドの精神は鋭く研ぎ澄まされていく。それは心地よい感覚だった。

「お前らは下がっておれ! 相手にならん!」

 それまで戦いを見つめていたカールドンが、始めて声をあげた。グライドの剣捌きを見ていたが、兵たちが半分以下になって、ついに動くべきと判断したらしい。気合いと意気込みの中に、興奮した様子が見え隠れしていた。

「先程の態度は失礼した! さぞかし名のある方なのだろう! 御相手願いたい!」

 カールドンが木剣を構え距離を取った。もはや最初のような油断はなく、全力で挑まねばならない相手だと決めているようだ。そのどっしりとした構えは攻撃的なものが感じられ、ファイターのジョブ持ちだと分かる。

「こちらこそ、よろしく頼みたい」

 グライドは頷き木剣構え、静かに向きあって動きを止めた。

 薄曇りの空から日射しが差し込んだ。

「どりゃあああっ!」

 吠え声を上げたカールドンが地を蹴って突進、勢いをのせた一撃を打ち込む。がっしりと鍛えられた巨躯が迫る姿は圧迫感すらある。グライドは滑らかな動きで身体を横にずらす。追いかけてくる木剣を軽く打って払いのけ、すれ違いながらカールドンの背中に鋭い一撃を入れた。

 小気味良くも痛そうな音がした。

 それでもカールドンは耐えてみせ、よろけた足を止めると同時に振り向き、その身体の捻りを加えた重い反撃を放ってきた。戦いに血が滾っているのだろう。もはや稽古ではなく戦闘といった様相だ。

 この頑丈な男の猛烈な攻撃を軽々と躱し、グライドは距離を取った。

 カールドンは目を血走らせ肩で息を繰り返している。この攻防に意識を極限まで集中させている証拠だ。その気合いと気力を好ましいと、グライドは感じた。僅かに木剣の先を下げ誘いを掛ける。

 足が踏み出された。

 凄まじい一撃がきた。

 しかし、その一瞬前にグライドは木刀を下から跳ね上げていた。先端がカールドンの顎先を掠めるようにして打った瞬間、カールドンは巨体を揺らがせる。木剣が地面に叩き付けられ、身体はその上を乗り越えるようにして倒れ込んだ。地面の上に引っ繰り返ったカールドンは白眼を剥いて動かない。

 兵たちは驚きの声をあげ、気色ばんで剣に手を掛けた者さえいる。どうやらカールドンの人望はかなりあるようだ。グライドは軽く手を挙げ、宥めるように振った。

「安心するといい、気絶させただけだ」

 本当はもう少し打ち合っても良かったのだが、それをするにはカールドンは手強すぎた。あのままでは、動けなくなるような大怪我をさせねば止まらなかっただろう。だからこそ小細工とでも言うべき技を使って、一撃で決着をつけたのだ。

「実に素晴らしい! まさか、あのカールドンが一撃で倒されようとは思わなかった」

「いやいや、これはカールドンが強かったからで。気絶させるしかなかった」

「そうか、そのように評価して貰えると嬉しいぞ。あー、それはそうとして。本当にカールドンは大丈夫なのかね」

「問題ないでしょう。頑丈な質のようなので、少し休ませれば気がつくはず」

 グライドとモントブレアが話す間に、兵たちはカールドンを持ち上げ重そうに運び、落ちている木剣を回収していった。残りの者はグライドの様子を驚きを持って見つめている。


 グライドは練兵場を後にすると、折角だからとアイリスに案内され、トリトニア公爵家の敷地内を見学させて貰っていた。

 謁見用の広間は贅を尽くしたもので、天井や壁には絵師の手がけた見事な風景が描かれ神話の世界を再現している。柱には彩色された女神の胸像があり、どれも見事な出来映えだった。

 フウカは物珍しそうに辺りを眺めているが、それよりもアイリスの説明を聞きつつ、お話しをする方が楽しいらしい。

 ドアが開いてメイドが一人入室してきた。

 年頃はアイリスと変わらないだろうが、若い女性らしい色香のようなものがある。先程の練兵場に姿があった時は、兵士たちが盛んに気にして注目の的だったはずだ。

 フウカはどうやら顔見知りだったらしい。

「あっ、フリージアだ。お久しぶりね」

「お久しぶりですわ、フウカ様」

「……誰? 私の知ってる怠惰で堕落しきったメイドさんはどうしたの!?」

「まあ、嫌ですわ。私はそのような事はありませんのよ」

「えーっと?」

 困惑したフウカが視線を向けた先で、アイリスは恐ろしいものを見たように後退っている。ついには背負っていたハルバードを手に取って構えたぐらいだ。

 しかしフリージアと呼ばれたメイドの少女は、そちらを無視してグライドに近づいた。

「私、御嬢様付きの専属メイドのフリージアと申します」

「これはどうも、ご丁寧に」

「……素敵っ」

「はっ?」

「その穏やかな佇まいに、落ち着いた雰囲気で紳士的。それでいて、強くて逞しくて。私の好みのど真ん中、理想そのものの人です!」

 グライドは一歩下がった、フリージアは二歩前に出た。愛の女神の胸像の目の前だ。

 目を輝かせ両手を胸の前で組んだ女性に迫られ、グライドは窮地に陥ってしまった。しかし助けを求めるまでもなく、二人の間にハルバードがぬっと突き込まれた。

「あっぶな! 何をするんですか御嬢様!?」

「当然の事なのです。グライドはアイリスの護衛なのです、勝手に近づかないで下さい」

「やややっ、そういう堅いことは言わないで下さい。せっかく幼馴染みが運命の相手に出会ったわけじゃないですか。ここは黙って見守って応援すべきでしょうに」

「そのような運命は存在しないのです」

 言い返すアイリスだが、よほどフリージアとは親しいのだろう。他の人に対する態度とは全く違って、しっかりと感情をみせている。二人の声は広間の中に響いていた。

「御嬢様には分かりませんよ。さっきの練兵場でだって見ましたでしょう? 兵士の皆の、この胸にばっかり突き刺さるような視線」

 フリージアは自分の胸を両脇で挟んで強調してみせた。アイリスの目に珍しくも殺気が宿ったような気がしないでもない。

「でも、こちらのグライド様はそんな事ありません。とても紳士です素敵です。幼馴染みの恋を応援して祝福して下さいよ」

「却下するのです」

「酷い!」

 アイリスはフリージアの背中を押して部屋の端まで行って、扉を開けて突きだし、勢いよく閉めて鍵までした。向こうから扉を叩く音がするが、全くの無視だ。

「見苦しい者をみせました。気にしないでどうぞ。さあ、他の場所に行きましょう」

 さっさと歩きだしたアリスの後ろで、グライドは意外な一面を見た気がした。フウカはさもありなんと肩をすくめている。

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