第34話 傷ついた二人の剣聖が並び立ち

「いつまで寝てるつもりだ。早いところ起きたらどうだ」

 やや突き放したようにグライドが言うと、うめき声をあげながらスラストが立ち上がってくる。着込んだチェインメイルに助けられ、衝撃で倒れただけとは分かっていた。いくら激戦の後とはいえ、たかが矢の一本で死ぬほど生易しい男ではない。

 かつて怒りのまま敵兵を切り崩した時は、もっと酷い状態で戦っていたのだから。

「よくもやってくれたな」

 ふらつくスラストは介抱していたフウカを後ろに庇いつつ、へし折った矢を投げ捨て、剣を手に足を引きずりながら低く暗い声で呟く。

「あの時を思い出すじゃないか、あの日あの時をな」

 言うまでもなく、リーデルシアを失い娘を抱えながら駆け抜けた戦場の事だろう。グライドとスラストの二人は、瀕死と呼ぶのも生温い状態で、それでも敵を斬って斬って斬り続け。倒した相手の回復薬を奪って、ひたすらに戦い続けた。

「まだ戦えるのか?」

「誰に言ってる、当たり前だ。それにな、姪っ子の為に戦えぬ小父さんなど存在しない」

「……娘に近づいてくれるなよ」

「お前は、もう少しは子離れした方がいいな」

 言い合う様子は、つい先程まで命懸けで戦っていたとは思えない様子だ。フウカに見たリーデルシアの幻影が、グライドとスラストの心と関係を、かつての時に戻してしまったのだろう。傷ついた二人の剣聖が並び立ち、剣を構え凄味のある顔で笑った。

 レンダーは顔に手を当て頭を振り、どこか狂おしそうに指示する。

「御当家繁栄がため、この場にいる者全てを始末せよ」

 兵たちの意識が戦いに転じた。

 明らかに異常な言動を繰り返すレンダーだが、兵たちに疑念はあっても逆らうという言葉はない。全員がオブロン家子飼いの兵なのだ。不可解だろうが理不尽だろうが、やれと命じられては、たとえ女子供でも手にかけねばならない。兵とはそういうものだ。


 グライドは静かに深く息を繰り返す。

 十を超える兵は完全装備で訓練も行き届き、士気も高く疲労もしていない。

 これに対してグライドとスラストは満身創痍で、アイリスは魔力切れ。フウカに武術の嗜みはあっても、護身と牽制が主で闘争には向いていない。圧倒的に不利だ。

 それは分かっているが、グライドは微かに笑った。

 スラストと並び立てば誰にも何にも負けない気がするのだ。

「あの時よりは、遙かにマシだと思うのだがな」

「お前にしては良い事を言うじゃないか。少なくとも敵は目の前だけにいるんだ」

「前は間に合わなかった、もう何も失いたくはない」

「……当然だ」

 二人は剣を構え、ふらつきながら歩を進め、次第に勢いを増して突き進んだ。

 向かってくる兵の背後から矢が放たれる。しかし、油断していた時ならばともかく、来ると分かっていれば意味のある攻撃ではない。二人の剣聖はいとも容易く、飛来する矢を斬って落としてみせた。

 さらにマギだったレンダーの放った魔法の炎が襲い来るが――。

「ば、馬鹿な!?」

 グライドの振り払った剣がこれを切り捨てる。

 炎は剣に纏わり付きながら、霧散してしまう。それが単なる偶然でなかった事は、続けて放たれる炎も同じように霧散させられた事で証明されていた。

「何故だ、何故だ!?」

「魔法にも核となる中心がある。それを斬ってさえしまえば、消滅させる事は可能」

 ただし、それには超人的な見極めと、奇跡のような勘と剣筋があっての事だ。あまりに非常識な剣の技に、これを見ていたアイリスは声も出せず目を見張っている。

 やはり驚愕していた兵たちへと、グライドとスラストは剣を手に襲いかかった。

 グライドに疲労はあるが、躊躇いはなかった。

 剣を振いながら背はスラストに預け、互いに死角を補い合って、集団との戦いに臨んでいく。襲ってくる斬撃を打ち払うと、その相手の剣の上を滑るように払って、腕を斬り飛ばす。

 絶叫をあげた兵が転がると、横から数人の兵が躍り出て、二方向から槍の穂先が突き出された。一つはスラストが薙ぎ払う。もう一つを躱したグライドは半ばを掴んで引き寄せ、同時に突き出した剣で相手の喉元を突き、横に払って掻き斬った。

 剣聖である二人の動きは、他の兵たちとは際立って違う。

 少しだけ速く、少しだけ巧みで、少しだけ踏み込んで、その全てが積み重なって全く他を寄せ付けない。サムライの斬り込みを躱し、ファイターの一撃を弾き、ナイトの守りを打ち砕いていく。


 この恐るべき二人を迂回し、背後の少女たちを狙う兵もいた。これにはフウカが石を投擲し、さらには残った鉄串も使う。足を止めた兵には、怒りのスラストが襲いかかって容赦なく斬り払った。

 グライドは左右から襲ってきた兵に鋭く斬り返し、それぞれ致命傷を負わせて突き進んで、弓を構えた兵へと迫る。恐怖に目を見開いた兵は弓を放りだし、今度は剣を抜こうとするのだが、そこに迫って躊躇いなく斬りつけた。

 首筋へと一撃を叩き込まれた兵が、数歩後ろに蹌踉け、白眼を剥いて仰向けに倒れていく。それを確認するとグライドは、血の滴る剣を手に振り向いた。残っている兵はもう一人だけしかいない。その兵は悔しそうに怯えながら、それでも逃げることなく斬り込んで来た。

 上段からの振り下ろし。

 剣先が伸びるような見事な剣筋だったが、グライドは軽く退いて回避。次の瞬間に前へと出て、密着するように迫る。剣を陽光に燦めかせ、すれ違った時には、兵は前のめりに倒れていった。

 背後で倒れた音を聞きながら、グライドは残る最後の相手へと視線を向けた。

「あっ……」

 レンダーは震え上がった。兵は全て斬られて倒され、自慢の魔法すら無効化されてしまう。圧倒的優位から圧倒的不利へと突き落とされてしまい、目を丸く口を半開きとしながら呆然としているばかりだ。目の前で起きた事が、到底信じがたいのだろう。

「ま、待ってくれ。これは何かの間違いだ。そうだ、金をやろう。お前が見た事もないような大金だ。一生かかっても使い切れないような金をやってもいい」

「既に言ってあったが、もう一度言おう。断らせて貰おう」

「来るな! こっちに来るんじゃない! なんなんだ、お前はなんなんだ!」

 僅かに後退りするだけで、レンダーは向きを変える事もしない。ただグライドの顔を食い入るように見つめるだけだ。恐怖のあまり、逃げるという選択肢すら思い浮かばないのだろう。剣を構えられる様子を情けない顔で見つめ、ついには声すら出せず、口を戦慄かせているばかり。あまりにも情けない姿で、それを心から情けないなと思いながら、グライドは剣を握る手に力を込めた。

「ただの剣聖だよ」

 鋭い一閃によって、全ては終わった。

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