第23話 大きな運命の流れに組み込まれて
ドアが開き、白銀の長い髪を揺らし小柄な姿が入ってきた。
「アイリスは戻ったのです」
黒のドレス姿だが、スカートの前が短く後ろは長いデザインのものだ。これまでの動きやすさを重視した服も似合っていたが、やはり貴族の御令嬢らしく、ドレスも似合っている。そして何より、アイリスは不思議と黒だけの服装が似合うのだった。
だがしかし、その黒のドレスはあっさり脱ぎ散らされる。
アイリスは下着だけになって、姿見の付いたドレッシングチェストまで歩き、そこから動きやすそうな服を引っ張り出している。
それは、見慣れた黒のワンピースと白い上着だ。
メイドが動く様子がないため、フウカが慌てて着替えを手伝った。
「えっと、この服っていつものよね」
丈の短い上着を手に、フウカは眉をよせた。アイリスが身に付けているものは、いつもの見慣れた散歩の姿だ。思わず顔を見つめて訪ねてしまう。
「もしかして、もしかしてだけど。外に出るつもりなの?」
「はい、アイリスは外に出るつもりです」
アイリスは言いながら、次は無骨なハルバードを持ちだしている。
「ダメよ、お父さんがダメって言ってたじゃない。そっちのフリージアさんも止めてよ」
「これまで私が何度止めたと思います? もう数え切れないぐらいなんですけどね、一度として聞き入れてくれません。止めるだけ無駄っていう境地ですよ」
「あっ、なんとなく分かるかも」
フウカとフリージアの視線が交わされると、どちらからともなく歩み寄り、硬く手を握り合った。新たな友情が育まれているが、アイリスは気にせずハルバードを装備した。
「では、出かけましょう」
「だから、お父さんが言ったのよ。出かけるなんてダメよ」
「これはグライドの為でもあります」
「どういうこと?」
「道中で説明します。このままではグライドが危険です」
アイリスは宣言すると窓に向かった。訝しがるフウカの前で、あっさり窓から飛び出ていくのだが、フリージアが諦めた様子で肩を竦めている。これがいつもの事と悟ったフウカも、慌てて同じように、おっかなびっくり窓から出る事にした。
そして部屋に一人残されたフリージアは、小さく息を吐く
素早く表情を引き締めると、それまでの態度を改め背筋を伸ばした。もちろんメイド長にして母親でもあるバビアナに、主であるアイリスの動向を報告に向かう――だが、ドアを開けるより先にノックの音が響く。
仕方なく開けると、そこに家老のバートンが立っていた。
「おや、御嬢様はどちらに?」
「ややややっ、えーと。はい、お散歩に出かけられました」
「またですか……仕方ありませんね」
苦手な相手が眉をしかめた様子に、フリージアは愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「歩きながら説明をします」
窓の下の直ぐ側に待っていたアイリスは、着地したばかりのフウカが体勢を整えるよりも早く、黒いスカートのフリルを翻し颯爽と歩きだしていた。
「前にも言いましたが、アイリスは運命の流れが少しだけ見えています。そしてアイリスは、大きな運命の流れに組み込まれています。ここまでは良いですか」
「うん、良いわよ」
アイリスは生け垣の間を通り抜け、少し進んで石垣の上を突き進んでいく。後を付いていくフウカは、まるで猫の散歩だと思った。
「その大きな流れが、先程少し詳しく見えました」
「え!?」
「それによれば、狙う側の思惑通りには行かず、狙われる側が勝利します。ですがその為には、狙われる者が立ち会わねばならないのです。分かりましたか?」
「分かったような、分かんないような……」
「つまりアイリスが立ち会えばグライドは勝ちます、しかしアイリスが立ち会わねばグライドは負ける可能性が出てくるのです」
「ええっ、そうなの……!?」
先日の戦いでグライドは傷を負ったが、それは不意打ちをされたからで、そうでなければ絶対に勝てると信じている。けれど、運命という言葉を持ち出され話されると不安になって当然だった。
「それなら、お父さんと合流しなきゃダメね!」
フウカとアイリスは塀をよじ登り、そこから二人揃って飛び降りた。
「いつも、あんなところを通ってたのね。ビックリだわ」
フウカは感心より呆れの強い口調で言った。手入れされた庭園の散策路を、庭師が気の毒になるほど無視したあげく、塀を乗り越えてくれば当然の感想だ。
「ですが、一番の近道なのです」
「うん、それは認めるわよ。広くて立派な庭だから仕方ないよね……」
「無駄に広いだけなのです」
公爵家の格式や権威について、その御令嬢はばっさりと言ってのけた。
赤い屋根の家々が軒を連ねる城下町を、二人は目的を持った足取りで進んでいく。グライドと合流するため自宅に向かって移動中。全ては、アイリスが見たという運命の流れに従うためだ。そうせねばグライドの身が危険になるため早足だ。
真っ直ぐ進んで、何度目かの角を曲がったとき――。
ばらばらと足音をたて、武器を手にした柄の悪い連中が、二人の行く手を阻むように取り囲んだ。何となく見覚えのある顔を見つけるまでもなく、ブラックマスターシュの連中だった。
フウカは驚きに顔をしかめた。
「どうして見つかっちゃうのよ!?」
「もしかすると、これは……」
「もしかすると?」
「運命なのかもしれません」
「そんな運命なんてないわよ。見張られてたって事だと思うわ」
実際には、庶民の暮らす区域でアイリスは、夜の篝火のごとく目立っている。それは明らかに貴族と分かる姿格好が理由で、以前にレンダーの身元があっさり判明したのも同じ理由だった。
男たちは抜き放った剣や短剣の刃を向け、じりじりと間合いを詰めてくる。以前のような痛めつける目的ではなく、もはや殺しても構わないといった様子だ。
これに対しアイリスは、早くもハルバードを手に取って身構えると、他の誰もが予想しなかった動きに出た。
つまり相手に襲いかかったのだ。
前に襲われた時は牽制だった。しかし今度は違う。完全な攻撃だ。
刃物を手に近寄っていた男の腕が飛び、それが地面に落ちるより早く、隣の男の足が斬られた。戦場経験者の傭兵と言えども、この街中でこの小柄な少女がここまで容赦なく、いきなり襲ってくるとは予想さえしていなかったらしい。動揺の声が思わずあがった。
「なんなんだ、こいつ!」
「知らないかもしれませんが、アイリスは悪い令嬢なのですよ」
にこりと笑い、返り血をものともせずに次に斬りかかっていく。
フウカは目をまん丸にしていた。トリトニア公爵家の御令嬢であるアイリスが、ここまで血生臭い事をするとは、完全に想像の範疇外だ。まさか、という思いで驚き呆れてしまった。
気づけば四人が悲鳴をあげて、ばたばたと倒れていた。
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