美味しい梅干し(ワンライ)
うめぼし、ぼしぼし、うめぼしぼし。
おうめ、うめうめ、うめぼしぼし。
いっぱいいっぱいお日様浴びて、赤しその色をきれいに吸って、きゅうっと酸っぱく出来ました。
まん丸青梅、しわしわに。
つやつや青梅、真っ赤っか。
一口食べたらお口がばってん。
おにぎり、梅きゅう、幕の内。
お弁当に一添え、脳天直撃。
夏を乗切る酸っぱい助っ人。
とっても美味しい、梅干しはいかが?
テンポのいい販促ソングに、ずらりと並んだ色とりどりのお弁当。
出来合いと言うには手作り感溢れる。
けれど、まごころ弁当と言うには量産感漂う。
そんな中途半端に他人行儀な陳列の中から、俺は気に入りのものを取り上げる。
豆ご飯に、魚の煮付け。
渋いが胃袋に染みるんだ、これが。
それをレジに持っていき、人の良さそうなおばちゃんに会計を頼む。それから、レジの横の可愛らしいポップを見て、おばちゃんに追加を頼む。
「おばちゃん。別売り梅干しと、うずらもちょうだい」
するとおばちゃんはにっこり笑う。
「あら、おうちで食べるの?」
「いや、ここの梅干し美味しいから、上司に差し入れ」
俺もウインクを一つ。
おばちゃんは奥にいるだろう料理人のおじちゃんに、「常連さんが、梅干しとうずら、差し入れ用ですって!」と叫んでから、俺に向き直る。
「お仕事大変? 頑張ってねえ」
「はい、頑張ります。これで一区切りですからね」
「そうねえ、いつもご贔屓にありがとう」
「やっぱり〆には、ここのじゃなきゃあ」
「あらあら、主人も職人冥利に尽きるわねえ」
そうこうしているうちに、レジの奥ののれんから、にゅっと腕が飛び出してくる。おばちゃんの主人のおじちゃんの腕。分厚い手のひらに乗った小さなプラパックが、おばちゃん経由で、俺の手に乗る。
「最後のひと踏ん張り、気をつけてね」
「はい!」
お会計を済ませて立ち去ろうとする俺に、おばちゃんがそんな言葉をかけてくれる。
さあ、美味しい梅干しで頑張らないと。
さてお昼時。
パカリと空けたプラパックには、美味しそうな梅干しがごろりと。
とりあえずそれらは俺のお弁当の上にのせて、底に敷かれたかれたクッキング ペーパーを取り出す。四つに畳まれたそれを開くと、薄くて小さな袋が入っている。
いつもの俺の御用達。慎重に口を切って、それを上司のコップにそっと塗る。
よしよし、これでOK。これで、俺の仕事はほとんどおしまいだ。
しかし油断は禁物、後処理をこそ丁寧に。これが素人を玄人にする差になるわけだ。
立つ鳥跡を濁さず、俺は室内を綺麗に整えて、マンションを出る。
さて一息つくけど、気は抜けないな。俺はマンションの見える公園のベンチに座って、おばちゃんの弁当に箸をつける。
そして夜も深まる頃、俺は再びマンションに戻る。
おばちゃんにも言われたからな、最後のひと踏ん張り、気をつけないと。人間の最期の瞬間の底力、これが侮れないんだな。ダイイングメッセージとか、その最たるもの。
俺は部屋に戻ると、台所に行く。案の定上司は床に這いつくばっている。
『帰宅』したらまず、いの一番にあのコップって水を飲むのが上司の習慣。そして上司は、飲みきった後のコップはすぐに水ですすぐ。証拠が綺麗に流されたあと、それの効果が現れて、こうなる訳。
俺はしばらく待ったあと、上司の脈とその他もろもろ確認して、今度こそ本当にマンションから立ち去る。お仕事完了。
さすがあの店の梅干しはよく効くね、うずらの方は次の仕事のお楽しみっと。俺は弁当屋のオリジナル販促ソングを口遊みながら帰路に着く。
うめぼし、ぼしぼし、うめぼしぼし。
ごりごり、種まで食べると危険。
トガった種にはご用心。
おうめ、うめうめ、うめぼしぼし。
おうめの種は中身がこわい。
一口食べたら、おめめがばってん。
暗殺、復讐、大掃除。
殺しのお供で、脳天直撃。
仕事を乗切る、酸っぱい助っ人。
とってもよく効く、青酸はいかが?
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