立花凪緒、晴天積雪の日に(同人物同設定での異描写)

「凪緒、こっちこっち」

「あ、ごめんね。待たせたかしら」

「そんな事ないよ。こっちが早く来すぎただけ。行こっか」

 電車とバスを乗り継いで行く、大きな自然公園。入口で待ち合わせです。

 今日は一年の終わる日。年越しは家族と過ごすので、午前中から夕方までの間に、今年最後のお出かけをしようと言う約束をしているのです。

 こうして一緒に遊びに行くのは珍しいことではないのに、今日が一年一度の日というだけで、何だか特別なことのように思えるから不思議ですね。

 お洋服は気合を入れて、お気に入りの服で上から下まで揃えました。せっかくだから最高に楽しむために、ファッションの手は抜けません。

 防寒具も、いちばん素敵な組み合わせを選びました。今年買ったばかりのベージュのコートに、お母さんが編んでくれた白いマフラー。少し着膨れてしまいますけれど、充分可愛く見えますよね。正直、お母さんがコートの裾に刺繍してくれた『立花凪緒』の文字はダサい気もしますけれど、それ位は愛嬌です。

 髪はどうするか最後まで迷いましたけれど、結局いつも通りのストレートにしました。私は茶色がかった髪をしていますから、ふわふわにアレンジしてみてもいい気がしましたけれど、冒険して失敗しても嫌ですからね。

 二人で公園の中に入っていきます。今日は抜けるような青空ですが、昨日まではしんしんと雪が降っていたので、路傍に雪が積み上がっています。真っ白な景色と真っ青な空のコントラストが気分を上げてくれます。

 雪かきの施された遊歩道を歩きながら、他愛もない雑談に花を咲かせます。今年のこと、先週のこと、昨日のこと、明日のこと、来週のこと、来年のこと。話の種は尽きません。

「私達も来年は受験生ね。今から気が重いわ」

「凪緒はまだいいよ、成績いいしさー。優等生には分かんないだろうな、今年最後のテストに一個赤点あって、胃が痛くなったこの気持ち。もう先が思いやられるやら」

「地頭が悪いわけじゃないでしょ? ちゃんと勉強してなかったんじゃない?」

「あ、それ酷い。自分なりに頑張ったのに。徹夜を駆使して」

「徹夜は駆使しちゃいけません」

「えー……あっ、凪緒、知ってた? こっちに穴場があるの」

「穴場?」

「うん、あんま人来なくて静かなところ。湖にも近くて景色綺麗なんだー。ベンチもあるし、休んでこうよ」

 そう言って、分岐した遊歩道の脇道の方に逸れていく背中を慌てて追いかけます。伐採がきちんとされていないのか、少し木の枝が張り出していて薄暗いけれど、一応ちゃんとした道なのか、頼りない石畳が伸びています。

 しばらく行くと、なるほど言う通り、開けた場所に出ました。

 公園の中心にある大きな湖には、その縁に沿うように遊歩道が敷かれています。

 けれど、歩きやすさを苦慮してか、所々遊歩道が湖から遠ざかる場所があります。ここはそんな風に出来た道と湖の間のデッドスペースに作られた休憩所と言った所でしょうか。

 忘れ去られたように侘しく佇む東屋が、なんだか趣深くもあります。

 一足先に腰を落ち着けて、あー、寒い、なんて悪態を着いている横に私も腰かけます。そして雑談再び。箸が転がってもおかしい年頃ですから、笑いと会話が止まりません。

「あっ凪緒、見て見て、ボート乗ってる人がいる! いいなあ」

「えっ、何処?」

「ほら、あそこ!」

 急に立ち上がると、欄干に手をついて身を乗り出す様子を危なっかしく思いつつ、私もそれを真似します。ここ、浅瀬がない湖の水深の深いところに突き出したような感じになっているので危険です。落ちたら上がって来れなそう。冬に湖に落ちるなんで想像するだけでゾッとしませんが。

「あ、本当。でもボートってひっくり返ったり沈んじゃったらどうしようって見ててひやひやす」

 るわ、と言葉の続きが掠れて消えました。

 どうして声が出ないのでしょう。

 どうして、こんなに苦しいの。

 首元を引っ掻くと、ゆったりと巻いていたはずのマフラーが首にくい込んでいます。

 目だけで何とか後ろを窺うと、マフラーの両端を力いっぱい引っ張っているのが見えました。パチリとあった目は、とても冷たい色をしています。冬の空気よりも、冷たい色。

 どうして。

 体から力が抜けます。視界が霞みます。瞼が重いわ。なんだか眠たい時みたいに、意識がぼんやり……と……。

 体がふわりと浮いて、大きな水の音が聞こえた気がしました。

 どうしてでしょう。

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