左遷先は幸先がいい(ワンライ)

 新居に身を移して迎える新年。

 新天地は、今まで住んでいた場所とは正反対の田舎町。多少野暮ったくって寂しいが、広くて静かで居心地は上々。

 新しい朝、新しい日。そんな風に言うには随分寝過ごしたような気もするが。

 眠気に曇る眼を擦りつつ、ベッドから手だけ伸ばしてカーテンを引いた。

 窓の外には白金の光景が広がっている。地面の端、空の麓まで、山も畑も何もかも白く煌めいている。積もった雪が日を弾き、世界を一層明るく照らすから、気分もやたら晴れやかになる。太陽の金と月の銀が、一緒に存在しているかの様な眩しい年明け。

 葉を散らして久しい寒々しい木々も、じきに来る春に向けて、静かに躍動を開始したような気配がある。雪の下では、虫やらカエルやら花の種やらが、土を破る日を夢見て準備を始めた頃合か。

 暖かい布団に包まれたまま、外の景色にうっとりと見入る。昼過ぎまで微睡んでも、未だ薄れぬ睡魔に陶然と浸って、意味もなく人生を浪費する背徳感。狭い部屋には、暖房がよく効いていて、暖かい空気が隅々まで染み渡っている。快適な寝床から、雪の冷たさを排して、美しさだけを選り好む贅沢。

 無意味で非建設的なそういう物が、きっと人生を生きる価値のあるものにしている。

 こうして布団に寝そべったまま、ビールの一本でも開けてしまおうか。寝酒に雪見酒なんて、情緒があるやら、ないのやら。自堕落なのは間違いないな。けれど、まだ起き上がる気もしないし、それも気が向いたらでいい。

 そんなことを考えながら枕に顔を伏せると、何処からか鐘の低い響きが忍び込んできた。そう言えばこの辺りには寺があったのだっけ、と思いを馳せる。昨日の晩は、除夜の鐘が景気よく鳴っていたけれど、今日のこれは何だろう。ああ、ちょうどぴったり一時だから、時報の鐘か。これからはこの音で時間を聞くのかと想像すると、なんだか粋で心が弾む。

 閑散としたこの町は、新天地にして、きっと永住の地。この心穏やかに居られる美しい場所を、第二の故郷と認定しよう。ここに生まれた訳ではないけれど、ここで死ぬのも悪くない。

 新しい仕事も役職も、どうやら程よく暇があるようで、余生をのうのう楽しめそうだ。余ったと言うにはかなり長いが、第二の人生、のんびり行こう。不貞腐れるには長過ぎるけれど、楽しもうには案外短い。兎に角、じっくり味わって。

 年の初めと人生の初めに、まずは何から始めていこうか。この狭い部屋をどう彩るかも懸案事項。そうだな。東の壁の染みを隠すカレンダーでも買ってきて、誕生日には赤丸をつけよう。随分とホコリを被った童心を引っ張り出して、子供じみた計画に時めいた。

 まあ、それも後回し。

 とりあえず手始めとして、今までの鵜の目鷹の目生き馬の目を抜く半生の終止符に、二度寝を味わうところから、新生活を始めよう。

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