第3話 シンジャンドンの戦い(前編)
「
突入した中朝軍のあまりの損害に、その強固さから名付けられた韓国軍の陣地。
チョンナム面の山と平原をうまく活用したこの陣地を、正面から突破するのはほぼ不可能であった。
よって、ソ連朝鮮半島派遣軍、人民解放義勇軍、北朝鮮軍の合同軍が立案したのは、チョンナム面より東に広がる市街地「セマドン」及び「シンジャンドン」への攻勢。
ここを攻撃し、奪取に成功すれば、イースト・セヴァストポリ右翼陣地を後方から攻撃することができる。
もし右翼陣地を喪失すれば、前線が伸びるだけでなく防御陣地も以前より効率的でなくなる。兵数差で劣る韓国軍は、たとえ無傷であろうとも間違いなく左翼陣地を後退させるだろうというのが狙いだった。
それに、戦車を大規模に使えない現状、平原を進むのはあまりにリスクが高い。攻撃地点へ向かう道中も進撃路の市街地に身を隠すことのできるシンジャンドンへの攻勢は、今の合同軍にとってほぼ唯一の選択肢だった。
当然、韓国軍も側面への攻撃は警戒していた。シンジャンドンでは国道400号線を基準に部隊が展開しており、合同軍は少なくない戦力がいると判断していたが、その正確な数は歩兵3個大隊。しかも南部より合流した、損耗のほぼない部隊であった。
合同軍側も攻略にあたり、戦力を結集する。ソ連からは歩兵連隊の機械化歩兵2個大隊とタンキスト含む戦車部隊が数個。北朝鮮、中国からはそれぞれ機械化歩兵1大隊の投入が決定。
予備として北朝鮮軍の4個大隊が待機し、また後方支援としてソ連の砲兵連隊より抽出された2S3アカーツィア152mm自走砲12門と、後方より合流した北朝鮮のコクサン自走砲4門が任務に就く。
このうち、コクサン自走砲は口径170mmを誇る大口径の長射程砲であり、初戦における韓国軍の撃破で大いに活躍した。その制圧能力は敵の防備を崩すのに十分である。
イースト・セヴァストポリ攻略戦。ソ連側は準備を整えた後、2日ほど休息してから開始する予定だったが、北朝鮮側の強い要望によって前倒しされる。
その前倒しの理由には、着任予定だったあるタンキスト部隊の指揮官が野戦任官とはいえ着任したことにあった。
1989年4月19日午前8:53、ニジンスキー"中佐"ことミハイルの率いる部隊は、シンジャンドン北の操車場近くの市街地にて、攻撃開始命令を待っていた。
「中佐、司令部より連絡」
指揮車両型のBMP-1のハッチから上半身を出し、双眼鏡でシンジャンドン北の団地を覗いていると、通信手がハッチから声をかけてきた。
「来たか」
「はい。街道を前進し、先発隊の支援に当たれ、です」
「よし」
車体から身を乗り出して、車両を降りた。
BMPの横で座ったり、談笑したりしていた部隊員たちは降りている間に全員がこちらを向き、直立不動でいる。
「初めて顔を合わせてから、1か月も経ってない。信用しろというのは無理かもしれないが…」
左から右へ、全員の目を見る。
年頃の少女とは思えないほど、厳しく、勇ましさを感じさせる目。これが大佐の教え子たちか。
正直、ちょっと前までタンキストのことは、所詮少女だろうと軽んじていたのは否定できない。だが、先日の戦いと、今日の彼女たちを見て、その考えは間違っていると気づいた。俺も彼女たちも、同じ軍人だ。軍人がすべきことは一つ。
「互いに義務を尽くそう」
そうすれば、信用は後から付いてくるはずだ。
「こちらミハイル。T-72、異状ないか」
通信機から声が聞こえてくる。
「はい。中佐、先発の制圧に問題はなく、特に今のところ進行に異状はありません」
「わかった。市街地に到着後、連絡を」
「了解」
無線が落とされて、正面に向き直った。
今私たちが進んでいるのは高速道路。辺りには乗り捨てられた車両が所々にあり、通行の邪魔になりそうなのは端に寄せられている。
時速40kmほどで巡航しつつ向かっていると、T-62が話しかけてきた。
「72、新しい指揮官、どう思う?」
規則ギリギリまで伸ばしている白い髪をたなびかせながら、62はニヤニヤとしていて、戦場に行くというのにいつもと同じように陽気みたいだった。
「どう、ですか」
質問にパッと出る物がなく、少し考える。
「…わかりません。信頼すべき人か、そうでない人なのか」
私は、他人がどういう人かを判断するのが苦手だ。
そのせいであまりよくない思いをしたことも少なからずある。
でも、今なんとなく言えるのは、中佐はそういったよくない思いをさせる人とは違う感じがした。
とはいえ、それだけで信頼できるとは言い切れない。
「だから、彼の行動、実績でもって判断します。今はまだ、なんとも」
きっぱりと答えると、62は興味深そうな笑みを浮かべている。
「信頼できるかって答えでなくともよかったんだけど。まあ私と似たような印象かな」
「62もですか」
「だって、確かにイケメンだし気は良さそうだけど、それと指揮官やれるのって話は別よ」
そういえば、前の指揮官が戦死したという話をして、一番落ち込んでいたのは彼女だった。
表には出さないが、今でも引きずっているところはあるのだろう。似たような印象とは言ってはいるが、私よりももっと厳しい目で中佐のことを見ていそうだった。
「64とシルカはどうなのよ」
62は後列のT-64とシルカに話を振った。
「別に。誰が上官になろうと、従わなきゃいけないのは変わらないし」
T-64は横目で62を見て、呟くように話す。
「同意見かなあ。それにひどかったら大隊長に言えばいいよ」
シルカは他人事のように話している。
2人の態度には正直それでいいのかと疑問を抱くところもあったが、64の言う通りなところもあって、私は押し黙ることにした。
気にしているのは、私と62だけなのだろうか。
街道を進み、町に近づくにつれ、銃声と爆発音がはっきりと聞こえるようになってきた。
辺りは硝煙の匂いが漂っている。ここまでは演習場と変わらないが、たまに銃声に混ざって聞こえる叫び声。それが断末魔なのか、雄叫びなのかはわからない。しかし、その点が明らかに演習ではなく戦闘だと感じさせた。
市街地に最初の部隊が突入してから小1時間、戦闘は激しさを増す一方だった。
シンジャンドンの、国道400号線を挟んで北側、セマドンの市街地は地雷等の障害物が多くあったものの、先陣を切った工兵部隊により制圧はされていて、今はシンジャンドン市内の橋頭保が最前線となっていた。
セマドンの市街地に入り、先ほど言われた通り私は指揮官に通信を入れた。
「第2小隊、市街地に到着しました」
ほどなくして、指揮官より返信が来る。
「了解…すまないことに、そっちへの合流はもう少し後になりそうだ」
周りは団地がいくつか経っていて、それに遮られているのか、通信はさっきよりノイズが目立った。
「前線西部のアレクセイ大尉の中隊が支援を必要としている。第2小隊はそこに向かい支援を行え。具体的な戦闘指示はT-72に任せる」
「了解。アレクセイ大尉を探します」
通信を終えると、部隊員たちに合図をして西へ向かった。市街地の奥へ進んでいくほどに、辺りの瓦礫と、死体の量は増えていく。
崩れて粒状になったコンクリートの匂いとともに、血の生臭い匂いが混ざってくる。それがひどく鼻についた。
途中、おそらく小隊長であろう少尉の人にアレクセイ大尉の詳しい場所を聞く。
少尉は快く答えてくれたが、聞いた後、顔を落として2枚の認識票を眺めていた。
荒れ果てた市街地の端、建物に身を隠している一団が見えた。
彼らは足止めを食っているようだった。定期的に遠方からの銃声と、地面に弾が当たる音がする。少尉いわく、あれがアレクセイ大尉の部隊らしい。その中に、指揮を執っているらしい、もみあげが目立つ男性を見つけた。
身振りを交えて指示を出しているようだが、それは遠めに見てもかなり激しかった。
彼が恐らくアレクセイ大尉だと思って近づく。
指示を受けていた人はその間に離れていて、彼は手元の地図を苦い顔で睨みつけていた。
「アレクセイ大尉ですか」
私が呼び掛けると彼はすぐに顔を上げた。私の顔を見るとはっとしたような表情になり、そのすぐ後、さっきまでとはうって変わってにこやかな表情になる。
「君がT-72だな!歓迎しよう、よく来てくれた」
大声で笑いながら私の肩をバシバシと叩く。
私はあっけに取られて、そのまま動けないでいた。だがすぐに彼は真面目な顔をした。
「さっそくだが要件だ。この向こうの3と書かれた団地の5階左から2番目のベランダに敵が機銃を置いている。排除してくれ」
彼は身を隠している障害物の向こう側を手を振って示した。
「了解」
彼の命令を受けて、私は遮蔽物から大通りの中央へと出る。
大通りの正面には、言われた通り団地がいくつか立ち並んでいる。言われた場所を探すより早く、団地側から銃声と肌をかすめて銃弾が。
私を歩兵と勘違いして撃ってきたのだろう。発射地点は、言われた場所と同じだった。
砲を照準する。照準器のレティクル中央へ、ベランダと、そこから光る発射炎が入った。
あの位置だと…着弾地点が合うように、少しだけ砲を上げる。そこまでしていてもまだ機銃は私が歩兵でないと気づかずに撃ち続けていた。一発の銃弾が装甲に当たるが、弾き返される。
照準器をやられても困る。砲のボタンを押して、肩に重くのしかかる反動と共に砲を発射した。
115mmの榴弾が放物線を描いて飛んでいき、着弾。
爆発の煙が着弾点を覆うが、すぐに晴れる。そこのベランダはもうなくなっていた。
ふう、と止まっていた息を吐く。そのほかの地点からの射撃は今のところない。
「前進しろ!
私の後ろから大声が聞こえた。アレクセイ大尉が前進指示を出しているのだ。
すぐ後にけたたましい足音と共に兵士たちが後ろから私の横を駆け抜けていく。
「よくやってくれた」
声をかけてきたのは大尉だった。
彼は先ほど見せた笑顔で私の肩を叩いた後、駆け抜けていった兵士たちの後に続いていく。
彼らは前進した後、また別の障害物に身を寄せていた。さっき出てきた他の隊員たちと共に、私も一団と合流したところで指揮官からの通信。
「T-72、アレクセイ大尉の中隊支援にT-64とシルカを残して、後は別の場所へ向かってくれ。案内は大尉の部下がやってくれる」
通信は簡潔だった。内容を他の隊員に伝達し、64とシルカはアレクセイ大尉の下へ向かっていった。
言っていた大尉の部下は誰だろう、と辺りを見回したところで、一人の兵士が駆け寄ってくるのが目に入る。
「私が誘導します。向かいましょう」
20代前半と思われる、若い人だった。
62を呼んで立ち上がらせて、私たちはその若い伍長の後へ続いて市街地へと戻った。
市街地の中を、彼は小走り、私たちは数キロで移動する。
「名前を聞いてもいいかな、伍長?」
尋ねたのは62だ。彼は少し振り返って彼女を見た後、質問に答える。
「ユーリイです。ユーリイ・コロリョフ」
「じゃあ…ユーラだ。よろしくユーラ」
少し気恥しそうに答えた彼に、62は愛称を付けようとしている。
62はいつもこうだ。初めてであった相手ともすぐに打ち解ける。相手の立場にもよるが、ほとんどの場合愛称を付けて親しくなる。
そのコミュニケーション能力の高さには私もあこがれなくもないが、今は作戦中だということを忘れないでほしい。
「任務中はダメ。呼ぶならプライベートの時にしないと」
釘をさすと、62はしぶしぶといった様子で同意した。
「ははは…でも、嫌いじゃないですよ。昔のあだ名を思い出します」
てっきり困惑しているかと思ったが、コロリョフ伍長は意外に好評なようだった。
「どんなあだ名だったの?」
「小間使いのユーラ。ひどい言われ方でしょう」
彼は苦笑する。
小間使い、たしかにひどい言われようだ。私もついクスっとしてしまった。
「ちょっと、小間使いって!」
62はツボに入ったのか、声を抑えながらもだいぶん笑っている。
しまいにはむせだした。
ひとしきり笑って、62は元の調子で話をつづけた。
「ああ、ごめんごめん…それで、なんでそんな呼ばれをしていたの?」
「昔から、誰かが困っていると色々と面倒を見る癖があったんです。小学校の時、いじめっこにそれをいいように使われて…だから小間使いと」
ひどい理由だった。…少し、私にも重なるようなものを感じた。
ところで、それをなぜ今は笑って言えるのだろう。疑問に思い、聞いてみた。
「嫌な思い出じゃないんですか?」
本当に嫌な思い出だったなら、思い出したくもないはずだ。もしかしたら62が無神経だったせいで無理やりこっちの調子に合わせているのかもしれない。
「いいえ。なにせあるとき―おっと、着きましたよ」
彼の言葉で前を見て、ここが戦場であることを思い出した。
前方ではすでに戦闘が行われていたらしく、いくらかの負傷者、そしてすでに亡くなったであろう人が確認できる。
顔がこわばった。
「少尉、タンキスト2名を連れてきました」
彼は近くにいた最も階級の高い人物に話しかけた。少尉はどこかぼうっとしていたが、急に話しかけたられたことに驚いたのか、ビクッと体を震わせた。その後、無表情な顔をこちらに向けて、震え気味な声で答えた。
「あ、ああ、よく来てくれた。第2中隊の中隊長は戦死された、今は俺が指揮を執っている。ペトラコフだ」
明らかに彼は軍務にそう長く就いていなさそうだった。
顔色は青いし、制服も土汚れやほこりはついているがまだ新しさがある。靴も汚れているがあまり傷がなく、紐も新しい。何より彼が握っている拳銃は、覗けば顔が映るぐらいの光沢だった。
「T-72です、隣はT-62。少尉、我々は支援につくよう命令されています」
「そうか。我々はこの市街地の先の橋を抑えるよう命令されている。まずは市街地より敵を放逐しなければならない」
彼が指した方は、兵士たちが遮蔽物で背にしている大通り、負傷者等の数は多く、あまり攻略は順調ではなさそうだった。
「君たちが来てくれたため、攻撃を再開する。2人は先頭に立ち火力支援と歩兵の防御を行ってくれ」
「…了解」
要は一番前に立って敵に撃たれるのが私たちの仕事だ。
62の方を見るとガックリとうなだれている。こういうのは本来、戦車がやるべき仕事であって戦車娘の方はあまり向かない。なにしろ、歩兵の隠れられる面積では私たちは車両の方に勝てないからだ。
とはいえ、それでも行けというのは…戦車の増援は期待できないのだろう。
仕方ない、言われたならやろう。
少尉のもとをそっと離れる。
そういえば、案内してくれた伍長はと思って辺りを見ると…
彼は原隊に戻るために元来た道を走っていた。62が「小悪な小間使いですこと」と小さく呟くのが聞こえた。
障害物へ隠れている兵士たちの下へ来ると、座り込んでいる彼らの何人かがこちらを見る。彼らは皆等しくやつれていて、見つめる目はとても生者の目とは思えない。
一体、どんな戦いがあったのか。
「では、攻撃を再開する。全員整列」
後ろから来た少尉の声で兵士たちがぞろぞろと立ち上がる。
いよいよ突撃、というところで62が耳打ちする。
「ねえ、なんで彼らは逃げ出さないと思う」
「…軍人だから、では」
62の至極当たり前だろうという質問に返答するが、その答えは間違っていたようだ。
「違う。彼らには、もう逃げ出す気力すらないのよ」
その言葉で、背筋に冷たいものが走った。
人間が、ごく短時間でそこまで追い詰められるのが戦場。私たちはそこに突っ込まなければならないのか。
戦車娘よ、前進せよ! ルドルフ @Rudolf2A5
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