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「この鉱脈は、採掘を始めてからどれくらい経つんですか?」
坑道の入り口に立って、仄かな灯を見つめながらキャロに尋ねた。
「そろそろ八か月というところでしょうね」
約束の日、キャロが出資して掘り進めているという鉱山にやってきていた。入り口はひとひとりがやっと通れるほどの大きさしかない。
「機械化をすすめることも考えたんですけどね、採算が合わないのでやめました」
入ってみますか? 聞かれて首を振った。狭い所は得意ではない。
「では、車で待ちましょう」
キャロの車で、鉱山で採れる石についての話を聞きながら待った。赤い石は全体の一割前後で、あとは黄色がほとんど、時折、青や緑の石も採れるがそれはごく少数とのことだった。
「赤い石以外はどうしているんですか?」
「もちろん、加工して売っていますよ」
お土産にいかがですか? キャロは相変わらず人懐こい顔で笑う。ぜひ、と返事をした。シーディになにか贈ろうと考えていた。
「あまり高価なものは買えませんが」
そうつけ加えると、キャロはますます楽しそうに笑った。キャロが水筒に入れた茶を振る舞ってくれ、それを飲みながら雑談を続ける。そろそろ昼休憩で一旦戻ってきますよ、キャロがそう言ってほどなく、ぱっとひとりの男が坑道から飛び出してきた。男、といってもまだ少年のようだ。少年は一目散にキャロの車に駆け寄ってきた。
「親方、出ました!」
息を弾ませ言った少年の目は輝いている。キャロが車を降りた。あとに続く。坑道から他の男たちも出てきた。全部で七人、最後に出てきたラドは左手に、拳より一回りちいさい塊を持っていた。得意げな表情で、待っていたキャロにそれを手渡す。キャロはその石を陽にかざした。
「どうだ、キャロ?」
「……うん、加工してみないとなんとも言えないけど、ここ数年では一番赤い気がする」
「だろう?」
ラドはますます得意げだ。
「原石の原石、貴重ですよ」
キャロは笑いながらその石を私の手に載せた。その瞬間、ぴりっと静電気が弾けた。ひとりの女性が立っていた。
「──せっかく巡り合えたのにどうして行ってしまう? ここにとどまり、我らと共に生きようではないか」
私はそっと首を振っていた。
『大ばば様より、他の地に住んでいるものたちの無事を確かめて来いと。皆の暮らしぶりを大ばば様に伝えねば。きっとお喜びになる』
女性は哀しげに目を伏せた。それから、自らの首に下げたペンダントを引っ張り出して私の手に握らせた。
「この石を。ここらでは、真心の石と呼ばれている。無事に、よき旅を」
ありがとう。私の発した礼の言葉は宙に溶けた──────
──────心配そうに私を覗き込んでいるキャロと目が合った。
「どうかしましたか?」
「あ………………いえ」
あらためて、キャロが握らせてくれた石を、キャロのように陽にかざしてみた。赤い。とても。
「──あの、この石、買い取らせていただけませんか?」
「やはりお気に召しましたか。そうだろうと思いました」
鉱夫たちはめいめいに昼食を取り始める。男たちの中心にはラドがいた。先ほどキャロを親方、と呼んだ少年はラドの隣を陣取っていた。彼を尊敬しているのがあからさまに見て取れる。キャロがラドに歩み寄って声をかけ、ふたりは楽しそうに声を上げて笑った。まるで子どもみたいにふたりの瞳がきらきらしている。キャロはラドの肩を二度ほど叩き、ラドは力強く頷きを返した。
「ほっとしました。ラドの言うとおり、当たりが出て」
「神の手を持つ──すごいですね。これまで、ラドの他にもそう呼ばれたひとはいたんでしょうか?」
純粋な好奇心だった。晴れ晴れとしていたキャロの表情が見る間に曇った。
「……その話は止しましょう」
キャロはそのまま車に向かう。慌ててあとを追った。
「この石、すぐに加工に出します。形は真円でいいんですよね?」
エンジンをかけ車を出発させてほどなく、キャロに尋ねられた。
「はい。よろしくお願いします」
「高くつきますよ?」
そう冗談を口にしたキャロが、明らかに先ほどの話題を避けているのは解った。解ったけれど、どうしても聞きたかった。
「あの──神の手を持つ、という話。詳しく聞かせていただけないでしょうか?」
しばらくキャロは無言で車を走らせた。返事がないことが返事なのだと諦めかけたとき、キャロはぽつりぽつりと話し始めた。
かつて、やはり赤い石ばかり掘り当てる男がいた。周りは神の手を持つともてはやし、その男にどんどん石を掘らせた。男は得意になって石を掘り続け──落盤事故で命を落とした。今のラドと同じ年代、働き盛りだった。その事故から数十年、再び赤い石ばかりを掘り当てる男が現れた。先の男と同じように「神の手を持つ」と言われるようになり程なく、同じように落盤事故に遭った。その男は幸いにして命を落とすことはなかったが、その代わり、腕と足を一本ずつ失い、二度と採掘できない身体になった。
「オズムの採掘の歴史は長いです。似たような話はごろごろあります。『神の手を持つ』と飛ばれた男に不幸が重なったことを理由に、オズムではこれは呪いの言葉になりました。不幸にしたい男を陰で『神の手を持つ』と呼ぶんです。そして、そう呼ばれた男たちは、皆、なんらかの不幸に見舞われています。ネイサはそれを知りません」
「……知らせないんですか?」
キャロは静かに首を振った。
「ラドを称して『神の手を持つ』と言ったのは、市場のおかみさんでした。嫁入りしたばかりで右も左も解らないネイサに、あれこれ親切にしてくれたひとだそうです。一般的には『神の手を持つ』というのは、賞賛の言葉でしかないでしょう。あなたもそう思ったように。でもオズムでは違います。真実を知ったらネイサもひどく傷つくでしょう。親切だと信じていた隣人が、実は呪いの言葉を吐いていた──なんて」
そういう事情があるなら、こっそり知らせてくれればよかったのに。
「そうですよね、すまないことをしました」
キャロはそれきり、黙りこくってしまった。重々しい空気を載せて車は走る。キャロの店の前について、車を降りた時には言葉では言い尽くせないほどの安堵を覚えた。
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