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「さすがに、加工が終わるまで滞在することはできないですよね?」
店に入ってキャロが、契約書を用意しながら聞いてきた。
「では、加工が終わったら郵送するよう手配しましょうか」
「いえ──加工が終わったら、受け取りに来ます」
「ええ?」
契約書にサインをしながら続けた。
「郵送の途中で紛失でもしたら大変ですから。その代わり、すぐには受け取りに来られないかもしれません」
「そうですか、解りました。お受け取りに見えるまで、大事にお預かりしておきます」
契約の内容を確認してから、さらに黄色い石を加工して作ったブローチをひとつ購入した。キャロが言ったとおり手頃な値段だった。
その夜、私は宿に戻ってシーディに手紙を書いた。あれきり連絡ひとつしなかったことを詫び、自らの近況を知らせた。宿は閉めたのか尋ねたかったがやめた。ブローチはせめてもの詫びの品で、気に病むほど高価なものではないから収めて欲しいと書いた。
翌朝、バス亭までネイサが見送りに来てくれた。
「目的のものが見つかったんだってね?」
「おかげさまで。有意義な旅になりました」
私の礼を受けてネイサは朗らかに笑った。
「お世話になりました。元気で。それから──原稿、待ってます」
念を押すとネイサは手をひらひら振って、それから。
「文章なんて書いたことないもの。うまく書けるか解らないけれど」
そう答えながらもとても嬉しそうだった。ネイサを見ていると、キャロから聞いた「神の手を持つ」という話が、ひどく胸に迫る気がした。ひとは何故、他人の成功を羨んだり妬んだりするのだろう。富を欲するのだろう。すっきりしない思いと共にやってきたバスに乗り込んだ。その姿が見えなくなるまでネイサに向かって手を振り続けた。
オズムから戻ってほどなくシーディからの返事が届いた。ブローチに対する礼を真っ先に述べ、それから、タドニアの遺した宿を細々と続けている旨が綴られていた。キャロからの連絡もすぐに受けた。ほんとうはすぐにでも受け取りに行きたいところだったが、時間を作ることもできず、また、金銭的な余裕もないことから、受け取りは来夏の長期休みになることを連絡した。ネイサからはなんの沙汰もないまま、私はオズムの「神の手を持つ」という伝承に関して短い文章をまとめた。論文になるほどの内容ではなかったはずだが教授はとても興味をひかれたようだった。日々の生活を切り詰めてまで旅費を貯める私を哀れに思ったのか、トルファンが図書館の仕事を紹介してくれた。返却された本の整理が主な仕事だった。
大学では論文を書く傍ら助手としての仕事もこなしていた。さらに図書館の仕事が加わり、家にはただ眠るために帰るような日々が続く。けれどちっとも辛いとは思わなかった。図書館で働くようになって本を整理することの大変さを思い知った。サシュにはほんとうに申しわけないことをした。魔法で本を整理できたサシュが羨ましい。
待ちに待った長期休みになり、私はキャロとの約束通りオズムに赤い石を受け取りに向かった。一年ぶりに会ったキャロは、ひどく憔悴していてまるで別人のようだった。私の顔を見て一瞬キャロの目が光った。恨みが籠ったようなそれはすぐに消え失せ、ひとの好い笑みに変わった。
「お預かりしていた赤い石です」
鍵付きの棚から取り出され見せられたその石は、驚くほど赤かった。
「あなたが予約したこの石ほど真っ赤な石は、もう何年も採れていないんですよ」
礼を述べて懐にしまう。不自然な沈黙の後で、キャロが思い切った様子で口を開いた。
「ラドが死にました」
言葉が出なかった。私があんなことを言ったせいだろうか。私の表情からその思いを読み取ったのか、キャロは申しわけなさそうに目を伏せた。
「いえ、あなたのせいではないですよ。運が悪かったんです。もしもあなたにもなにか思うところがあるなら──これからは、不用意な言動は避けた方がいいですよ」
ありがたい忠告だった。
「──ネイサは?」
「故郷に戻りました。あのふたりには子どももいませんでしたしね」
その時何故か、キャロの首筋に光るチェーンに目が行った。去年訪れたときは身につけていなかったはずだ。私の視線に気がついたキャロがチェーンを引っ張り出して見せた。先端に、赤くて丸い石がくっついていた。
「ネイサにね、もらったんですよ」
ネイサに? 問う前にキャロが答えた。
「ラドからもらった石だけど、これはキャロが持っているべきだから、と」
赤い丸い石を掌に握り込んで、キャロは静かに微笑んだ。
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