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あるとき、隣国の王女が共を引き連れてオズムにやってきた。オズムの石の噂を聞いてのことだった。その王女に、オズムのある若者が恋をした。国も身分も違うその恋が叶うなどだれも考えはしなかった。ただひとりその若者だけが諦めきれず、だれも見つけたことないような美しい石を探して、王女に献上しようと考えた。若者は毎日石を探し求めた。三年もの間石を探し続けて、精も魂も尽き果て命も尽きようかというある時のこと、若者はお告げを受けた。この先にとても美しい石があると。お告げを受けた若者がその場所に向かってみると、はたして、そこにはつやつやとした光沢を放つ赤い石があった。だれが磨いたのか、真ん丸の美しい石だった。若者はそれを王女に献上した。王女はその石をとても気に入り、若者に褒美を与えることとした。褒美はなにがいいかと問われた若者は、臆することなくこう言い放つ。王女の愛がほしいと。
「それで若者は王女と結ばれた。わしは王女のこころを動かしたのは赤い石ではなく、若者の熱意だと思ってますがねえ」
おじいさんは楽しそうに目を細めた。
「若者にお告げを与えたのは何者だったのか。その石が、だれかが磨いたかのようにつやつやで真ん丸だったのは何故なのか。伝承にそんな無粋なことを求めるのは間違っているのかもしれませんが、わしはそれが気になって気になって。あちこち調べてみましたけど、結局解らず仕舞いですわ」
おじいさんの気持ちが手に取るように解った。
「せめてその石の実物でも残っていれば、また話は違ってくるんですけどねえ」
確かにその通りだ。
「話では、王女が家宝としてその国で代々受け継いていることになっていますが、そもそも、どこの国の王女だったのかも、今も存在している国なのか、とっくに滅亡したものなのかも解りませんし。伝承なんて、こんなもの、なんでしょうねえ」
一通り話を聞いて、お礼を言っておじいさんと別れた。別れ際、楽しかったと言ってくれたことが嬉しかった。
早朝に目覚めた。ネイサとの約束まではまだ時間があったので二度寝してから身支度を整える。現地に到着するとどうやらネイサが事前に話を通してくれていたようで、あの時歌を聞かせてくれた歯の抜けた老人や、他にも時間のある人々が集まってくれた。古くから伝わる歌とのことで、老いも若きも、年端のゆかぬ幼子までもが歌うのだから驚いた。
「どうしてこんな恋歌が残っているんですか?」
たまたま近くにいた老婆に聞いてみた。老婆は少し面倒そうに首を振った。
「そんなことは解らんよ。でも、歌われている魔女の気持ちは、解る気がするんだよねえ」
「女だからね」
「そうさね。女だからね」
そばにいた老婆だけでなく、隣の女性も朗らかに笑う。
「好いた男を虜にできるなんて、魔女が羨ましいね、あたしは」
他にはどんな歌があるのかと聞いた。次々に歌ってもらったけれど、歌詞はすべて古い現地の言葉のままで、聞いただけでは意味までは解らない。これで最後、と声を揃えて歌われたのは、まるで教会で聴く讃美歌のようだった。美しく、それでいて物悲しい曲調だった。
「これはね、誕生の歌」
いつの間にかネイサが近くにやってきていた。ネイサが押す車椅子に座る老婆は眠っていた。
『おまえがこの世に生を受けたのは宿命だ。その血を呪ってはいけない。これからおまえを待ち受ける苦難を、乗り越えなければならない。おまえを祝福できるその時を、世界はずっと待っている。恐れずに生きよ、その血と共に』
ネイサの解説だと、大体そういった意味になるらしい。誕生の歌だというのに、その内容は祝福とはかけ離れたものだった。
「でも、ほんとうのことだろう? 生きるのは苦しくて辛いことばかりさ」
ネイサは私を見ていた。こころの奥底を見透かすような目をしていた。背筋に冷たいものを感じながら、それを振り払いたくてネイサに聞いていた。
「そういえばねえネイサ、君のご主人に会ったよ、ラド。ネイサは彼に、赤い石をもらったんだってね?」
「あたしは赤い石なんかより、他に欲しいものがあったんだけどねえ」
ネイサが笑う。その笑顔は一見とても晴れやかで、だけど奥に不穏を孕んでいた。ネイサが私の言葉を待っている。それが解っていながらなにも言えなかった。不自然な沈黙がしばらく続いたあとで、根負けしたようにネイサが口を開いた。
「──で、聞きたいことは聞けたの?」
「歌はいろいろ聴かせてもらったけど、それが魔女とどう関係があるのか、さっぱりさ」
「そっか。歌の意味が解らないと、そうだよね」
それからネイサが話してくれた内容は、かなり興味深かった。
「どの歌にも、血、あるいは心臓というキーワードが出てくる。きっと魔法には、血や心臓が必要なんだよ。たしか血を酌み交わす、みたいな歌があって、それを聞いた時、魔女ってすごく情が深かったんだろうなと思った。おまえのこころに偽りがないのなら、この血をおまえに与えよう。私のこころを明らかにしたいのなら、その血を私に与えよ。婚儀の歌──だったかな」
それにしてもネイサは何故、こんなに詳しいのだろう。
「ほんとはあたし、故郷に残されたこの歌について、もっと調べたかったんだ。あなたがやってることと似てるのかしら? 一通り調べて、歌詞も現代風に訳して。これから、って時にね、嫁に出されることになったんだ」
嫁に出される。その言い方でおおよその事情は解った。
「つまんない話でしょ。あなたが羨ましい」
ネイサの話を「つまらない」と斬って捨てる人間にはなりたくなかった。
「あの、生意気を言うようだけど、これからでも、遅くないんじゃないでしょうか?」
ネイサが目を丸くした。それから柔らかく笑った。
「そうかねえ。ほんとうにそう、思う?」
強く頷く。
「もしよかったら、その話、文章にまとめてみませんか? まとめることができたら、私宛に送ってください」
名刺入れから一枚を取り出した。大学の名前が入っているものだ。それに自宅の住所を書き加えて、ネイサの手に強引に押し込む。
「気が向いたらでいいです。なにより私が、もっと詳しく知りたいです」
「………………」
ネイサはなにも言わなかった。そのまま車椅子を押して歩き始める。老婆を家に送り届けるようだった。ネイサが戻るまで、ネイサの故郷の人々に話を聞いて回った。歌の意味を詳しく知っている人間はほとんどいなかった。ひとが集えば自然に口をついて出るのさ、と笑ったのは、やはり高齢の男性だった。
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