3

「ラド、話したろ? 赤い石を探してお客さんが来るって」

 ああ、と納得したような表情を見せてラドは言った。

「あんたが。じゃあ、神の手云々の話をしたのもネイサだな。まったくどうしようもねぇお喋りだなあ、あいつは」

「まあそう言うなって。赤い石を贈った恋女房じゃないか」

「古い話よ。あんなにぶくぶく肥えるなんて詐欺もいいとこだ。あの頃は綺麗だったのになあ」

 ぶつぶつ言いながら、ラドはあっという間に茶を飲み干した。

「じゃあ、そういうことだから、近々様子見に来いよな」

「解った」

 来た時と同じように大きな音を立ててラドは店を出て行った。その後ろ姿を見送ってからキャロに尋ねた。

「その、今掘ってる鉱脈からも、赤い石は採れるんですか?」

「ええ。今はとにかく、赤い石が売れるんでね。もしお時間のご都合がつくなら、行ってみますか、鉱山に」

 喜んで、と返事をした。キャロの都合と採掘のスケジュールから、鉱山に赴くのは十日後と決まった。

「すみませんねえ。ここいらでは、一日働いたら三日休む、って暗黙の了解がありまして」

「少し羨ましく思います。それで生活していけるってことですもんね」

「今の倍働けば、倍裕福になる」

「え?」

「──なんて言っても、ここいらのひとは倍働こうとは考えないでしょう。稼ぎが増えたところで、楽しみが減るならどうしよもない、ってね。それに、石は無限に採れるわけじゃない。日々の暮らしに間に合うだけの稼ぎがあれば、それでいいってことです」

 なんとなく、ラファカでの魔女の記憶を思い返していた。金貨などなんの価値もない──ならば魔女にとっての価値あるものとは、なんだったのだろう。

「ところで、オズムの赤い石の伝承について、詳しく知っている方はいませんかね?」

 キャロが煎れてくれた茶のお代わりを飲みながら尋ねた。

「話そのものならだれでも知っていますよ。もっと古い伝承ってことなら、隣で宝石商をやってるレムスのおじいさんが詳しいと思います。もう百歳近いそうですがしゃんとした立派な方です。レムスの店なら明後日は開いているはずです」

「そうですか、ありがとう」

 十日後の午前九時にまた来ることを約束してキャロと別れた。真っすぐ宿に戻り、市で買ったドライフルーツとドライソーセージをつまみにちびちびと酒を舐めた。脳裏に浮かぶのはサシュの顔ばかりだった。サシュが遺したメモを取り出して読み直した。

『お主にも儂がなにを求めているのか解っただろう』

 キャロの話がほんとうなら──サシュが求めているものは、私の真心、ということになる。ベッドに身体を放り投げるようにして倒れ込んだ。

 私があの館に通い詰めた理由はたったひとつ。魔女について調べるため。それ以上でも以下でもなくて。

 サシュにとってはどうだったのだろう。

 自分たち──魔女について調べる人間。迷惑だと思うなら館にすら入れなかったはずで、だとしたらやはり、サシュの望みは、魔女の歴史を世に知らしめることだった? それなら私の研究が完成することは、サシュにとっても喜ぶべきことだと考えることができそうだ。サシュの求める真心とは、正しく魔女の歴史を調べること──なのではないだろうか。きっとそうに違いない。

 酔って眠くなってきた。瞼を閉じる。サシュの控えめな笑顔が見えた。最後の夏の、強く訴えるようなサシュの瞳を思い出す。この先きっと私は何度も、あの夏の出来事を後悔と共に思い返すに違いない。

 気づかないふりをしたのは、私の罪。一生をかけても贖うことなどできないのかもしれない。

 どうやらそのまま寝入ったようで、気がついたらすっかり明るくなっていた。顔を洗って白湯を飲んで部屋を出た。女主人が私の顔を見るなり言った。

「さっきネイサが訪ねてきましたよ。恋歌がどうとか」

 恋歌。忘れていた。

「ネイサは、なんと?」

「市を一回りしたらまた来るそうです。そう大きな市でもないですけど、入れ違いになったらまた手間ですもの、ネイサが来るのを待っている方がいいわ」

 なにかお召し上がりになります? そう続けた女主人の申し出を遠慮なく受けた。ダイニングでオムレツとフルーツサラダをいただき、コーヒーを手にロビーに戻った。新聞にざっと目を通し、教授に読むようにと言われた論文を部屋から持ってきてソファで読んだ。二度熟読したがネイサは姿を見せない。ちいさくため息をついて、コーヒーのお代わりをもらって三度目の熟読を始めてほどなく、やっとネイサが姿を見せた。

「お待たせしちゃいましたかねえ?」

 抱えていた荷物を、よっこらしょ、と足元に置いて、ネイサが笑う。コーヒーをどうかと尋ねたら好きじゃないからと、レモネードを要求された。女主人が笑った。

「で。いつ行かれます、あたしの故郷に」

「明日は予定があるのと、九日後にはキャロの鉱山に行く約束をしたから、それ以外ならいつでも」

「なら明後日はどうですか? ばば様の世話に行くんで」

「わかりました、お願いします」

 話がまとまるとネイサはすぐに宿を出て行った。約束の日時を手帳に書き入れた。なんだかんだとすることがあって時間を持て余すこともない。

 翌日になって、キャロが紹介してくれたレムスのおじいさんに話を聞いた。そもそもオズムで石を採掘するようになったきっかけは大きな地震があったことらしい。

「世界史にあるでしょう、スラクラ火山の大噴火」

 歴史のひとつとしては知っている。大噴火が起こって山そのものが消し飛んだとされている。スラクラ火山がどこにあったのか、地質学者や歴史学者の間でも意見が割れていて、現代でもなお、その場所の特定には至っていない。曰く、スラクラ火山の大噴火と消滅によってオズムの地形が変わり、鉱脈の一部が露出したのだという。

「珍しい色の石が見つかって、それが身分の高い人間に珍重されるようになりました。それで採掘がはじまったと、まあ、そういうことです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る