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 美しい。あの時リーサが見せてくれたデザイン画がそのまま立体になっていた。目の前がちかちかした。瞬きのあと、目の前に見ず知らずの青年が立っていた。

「あんたが依頼をしてくれなかったら、おいら、こんなにきれいな細工を完成させることなく、生涯を終えていたと思う。ありがとう」

『礼を言うのは私の方だ。これほどまでに素晴らしい細工を、ほんとうにありがとう』

「この技術はしっかり受け継いでいくから、また、注文してくれな」

『もちろんだ』

「それにしても──ほんとうにあんなにたくさんの金貨、よかったのかい?」

『私にとっては金貨などなんの価値もないからな。必要な人間が使うべきだ』

 青年は、その言葉を受けて先を続けることができなくなったようだった。ふいっと顔を背ける直前、目元に光るものがあった。

「魔女ってさ、ろくでもないって聞いてたけど、そんなこと、全然なかったな? あんたはいい魔女だ」

 なにも答えられなかった。黙ったままで受け取ったイヤーカフスを右の耳につけた。

『新しいイヤーカフスが必要になったら、また来る』

 羽織を翻して部屋を出た。出たと思ったのに、その先はまた作業部屋だった。さっきとは違う──今度はかなりの老人が目の前に立っていた。

「おまえら、呪いをかけたんだろう?」

『呪い? なんのことだ?』

「ラファカで生まれた透かし細工、だれもが手にする世の中になるのが嫌だったんだろ? 強欲な魔女め!!」

 強欲とは心外だ。もしもラファカに万が一のことがあっても、技術が途絶えることのないよう充分な報酬を渡したのだと聞いている。

「おまえが望んだとおり、ラファカの透かし細工は未来永劫、おまえだけのものだ。もうだれもその細工を施せるものがいないからな! おまえの呪いのせいだろう、透かし細工に関わる人間には死を! そういう呪いなんだろう!?」

 私は静かに首を振っていた。そんな呪いなど存在もしない。何故だ、何故そのような──。

「おまえの言葉を真に受け、透かし細工に手を出したニルセンは死んでしまったよ、流行り病でな。細工に没頭して体力が落ちていたせいだと医者は言ったがな。おれは信じちゃいねえ。おまえのせいだ。出て行け。二度とラファカの地を踏むな! 魔女なんかと関わり合いになるから、こんなことになったんだ。畜生」

 老人は手近にあった細工用の道具を投げつけてきた。そのうちのひとつが頬を掠める。咄嗟に手で傷を押さえた。そのまま私はおずおずとあとずさり、作業部屋を出て振り返りもせず駆け出した。頬の傷が熱い。火を噴くのではないかと思うほどに──────

 ──────目の前に、きらりと輝くイヤーカフスが見えた。戻った? ゆっくり二回瞬きをして熱を感じた頬に触れた。なんともない。ほっと息をついて、それから隣のリーサの背を撫でた。

「ありがとうリーサ。とても美しいイヤーカフスを。すごく気に入ったよ」

 無理をしたんだろう? 問うとリーサはゆらりと頭を振った。

「多少はね。でも、細工を続けるうち、おいらが思っちまったんだ。もっと、もっと、って」

「しばらく、ゆっくり休むんだよ」

 リーサはもちろんさ、と笑った。メラニアは床に座り込んで、なにかをぶつぶつと繰り返している。

「リーサが……リーサが」

 メラニアに歩み寄る。静かにその背に手を置いた。

「メラニア。その、呪いって話。詳しく聞かせてもらえないかな?」

 私を見上げたメラニアは涙と鼻水まみれでぐしゃぐしゃだった。ポケットから取り出したハンカチを渡す。リーサも側にやってきてメラニアの背を撫で、それでようやくメラニアは落ち着きを取り戻したようだった。ハンカチを受け取り涙と鼻水を拭き「顔を洗ってくるから待ってて」と言い残し作業部屋を出た。疲れ切った様子のリーサに手を貸して彼の寝室まで連れて行った。リーサをベッドに横たわらせたのと、メラニアが寝室に入ってきたのはほぼ同時だった。

 ベッドサイドをメラニアに譲った。メラニアは跪くとリーサの手を握って自らの額に押し当てた。リーサが私に向かってちいさく頷いて、静かに口を開いた。

「おいら、物心ついた時から道具の使い方、手入れの方法を叩き込まれました。初めてアクセサリを作ったのは、十になる前でした」

「そんなに早くから」

 リーサは目だけで頷いた。

「んで、工房に伝わる古い細工も加工できるようになって、どんどん、古い時代の細工に遡っていきました。加工するのが楽しくて、取り憑かれたようにのめり込んで。何日も何日も、工房に籠ることが続きました」

 リーサはそこでメラニアに視線を送った。メラニアはそれに気がつかない。

「おいらが工房に籠りきりなのを心配して、メラニアが工房に伝わる細工について調べてくれました。物置の奥から、透かし細工のイヤーカフスの注文請書が、出て来て」

 はあ、とリーサが息をつく。リーサの手を握り締めたままでメラニアが私を見上げた。その先を引き取ったのは彼女だった。

「日付は四百年以上も前のものでした。信じられます? 当時の注文請書が残っているなんて。私も初めは信じられませんでした。でも、その注文請書、他にも細々、契約に関する記載があって。それを読み解いて納得しました。だって注文したのは魔女だったんですもの」

「何故、魔女だと?」

「請書にこう書いてありました。この先未来永劫、魔女イサクの名において、ラファカの透かし細工の技術をすべて買い取る、と。報酬として提示されていた金額も桁外れで。最初は意味が解りませんでした。だから詳しく調べました。ラファカの歴史」

 メラニアの語るところによると、ラファカでアクセサリが作り始められたのがおよそ六百五十年前。少しずつ技術を磨き、透かし細工が完成。隆盛を極めたのが五百年ほど前。その頃には盛んに透かし細工が作られていたようだった。だがある時を境にぱったりと透かし細工は作られなくなった。

「ラファカには今、うちの工房を含めて六件の工房があります。工房によって細工の得手不得手があるので、あえてひとつの工房としてまとめる予定はないのですが、ユニオンとしてアクセサリ作りを続けています。この先、ラファカのアクセサリが一切売れない時代が数百年単位で続いても、工房が潰れることはないでしょう。それだけの資産を、ラファカのユニオンは持っているんです」

 話は見えた。でも肝心な部分がちっとも解らない。それに、そのこととさっきのリーサの話は、どうつながるのだろう。

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