3
「立ち入ったことを聞くけど、メラニアとなにがあったの? 透かし細工に関して」
リーサは黙々とデザインを続けた。サシュとの約束を果たせるなら無理にそれを聞き出す必要もない。気を取り直して話題を変えた。
「完成まではどれくらい時間がかかりそう?」
「デザインはすぐできます。もうちょっと待っててください」
その間よかったら他の工房の見学でもいかがですか? リーサに提案され喜んで受け入れた。
「お昼時になれば中央広場に出る屋台で簡単な食事もできます。午後一番には完成するとは思うので、またそのころ、ここに来てもらっていいですか?」
「もちろん。じゃあ、お願いします」
「はい!」
リーサは瞳をきらきらさせてしっかりと頷いて見せた。
リーサの作業部屋を出て他の工房を回らせてもらった。ラファカの人々はこうして余所から人々が見学に来ることに慣れていて、ラファカのアクセサリ加工についての簡単な歴史なども解説してもらえた。
「ところで、透かし細工、というのを聞いたことがあるんですけど、なにか知りませんか?」
解説してくれた男性に聞いてみる。男性はええ、と頷いた。
「透かし細工が最も盛んだったのは、今から五百年ほど前、そのあと百年足らずで廃れたけどね」
「何故です?」
男性が朗らかに笑った。
「技術が進み過ぎて、細工ができる職人が続かなかったのさ。透かし細工を完成させた職人は、寝食を忘れてアクセサリ作りに没頭し、その技術を完成させた。でもその後、その職人ほどアクセサリ作りに没頭するものがおらず、技術を受け継ぐことができなかったのさ」
「それは──もったいないですね?」
「そうでもないよ。その職人が完成させた透かし細工は長く続かなったけど、そのおかげでラファカのアクセサリ加工技術は、基本の水準が余所よりうんと高い。世界中から愛されるアクセサリが作り続けられるのも、その職人が基礎技術を引き上げてくれたおかげだよ」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「ところで、リーサですけど。彼は幼いころから、アクセサリ作りに夢中だったようですね?」
男性は嬉しそうに頷く。
「透かし細工を現代に蘇らせることができるとしたら、リーサ以外にはいないだろうな」
「へえ、そんなに?」
「リーサは勉強熱心だ。しかも、伝統を大切にしつつ、現代的なデザインも積極的に取り入れる。天才だよ」
おれにもあれくらいの才能があったらねえ、と、男性は笑った。
「ラファカの歴史についてすらすら説明できるのも、とてもすごいことだと思います」
「ありがとう、お兄ちゃん」
男性と別れリーサに教えてもらった広場に足を向ける。ちらほら屋台が見えた。クレープと温かいお茶、それからこの辺りでは定番だという鳥の炙り焼きを食べた。
リーサの言葉通り午後一番で作業部屋に戻るとデザインはもう完成していた。
「どうです?」
リーサはきらきらした瞳で私を見上げた。この緻密なデザインをイヤーカフスに施せるのかと疑ってしまうほどの出来だった。
「大丈夫、できます。出来上がりサイズはこれくらいで」
デザイン画の隅に「実寸大」とメモ書きされている。小指の爪の、半分くらいのサイズだった。
「イヤーカフスだからこれでやるんです。イヤリングみたいに、二つ同じデザインで完成させろって言われたら、おいらだってご免です」
リーサはとにかく楽しそうだった。じゃあそれで、とお願いした。受け取りは二週間後とのことで、長期休暇ぎりぎりまでかかりそうだが仕方がなかった。
「完成品を郵送することもできますけど」
それは断った。郵送だと手元に届くまでどれくらいかかるか解らない。万が一紛失しても困る。二週間後に直接取りに来るからと約束して、私はラファカを後にした。
せっかくだから、ラファカ辺りの習俗について調べてみよう。呑気にそんなことを考えながら、約束の二週間が過ぎるのを待った。
楽しみ過ぎて早朝に宿を出てしまった。出かけるときにこのあたりの通りについて詳しく教えてくれた受付の男がにこやかに見送ってくれた。
ラファカに到着しリーサの工房、作業部屋を目指しゆっくり歩く。この前訪ねたときは穏やかな町だと感じたがなにやら様子がおかしい。工房の目の前までやってくると、大音量の怒鳴り声が表まで聞こえてきていた。メラニアの声だ。
もしかして──いやもしかしなくても、私の依頼がその原因に違いない。恐る恐る工房に入る。作業部屋の中央で、机にしがみつくリーサとそれを引き剥がそうとするメラニアの姿が目に映った。声をかけるより先にメラニアがこちらに気がついた。ぎくっとして足が止まってしまう。
「あんたリーサを殺す気っ?!」
殺すとは物騒な。大体何故私がリーサを殺すというのか。
「呪いがかかっているのよ!」
メラニアは私に詰め寄った。
「リーサの気が弱いのをいいことに、無理に作るよう言ったんでしょ?」
私はなにも言い返せず、ただただ黙って首を左右に振り続けた。作らせてほしいと言ったのはリーサで、私が無理をさせたのではないのに。その弁解を聞き入れる余裕は、どうやら今のメラニアにはなさそうだ。
「だから違うよメラニア。おいらが頼んだ。作らせてほしいって」
今にも私に掴みかかろうとしていたメラニアがぱっとリーサを振り返った。
「ほら見て、メラニア。こんなにきれいなイヤーカフスが完成したんだよ」
リーサの声は弱々しい。その手からイヤーカフスを取り上げようとして、メラニアはそれに失敗した。リーサがそれを胸に抱え込んだからだ。
「これは、依頼主に」
リーサは私を見上げた。足早でリーサに歩み寄る。リーサは私の掌にイヤーカフスを落とした。右手でそれを摘まみ上げ窓に向かってかざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます