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「当時リーサが学んでいたのは透かし細工でした。リーサはリーサなりに、失われた技術を甦らせようと懸命でした。でも、そうしたらきっとリーサに呪いが降りかかる」

 呪い。

「未来永劫すべて買い取る。つまり魔女は、透かし細工がその先一切作られることのないよう、呪いをかけた。そう考えれば筋が通ります」

 メラニアは──ラファカの職人たちは思い違いをしている。さっき私が見た、サシュの遺した記憶がきっと真実だ。それをメラニアにも見せることができたらいいのに。メラニアは先を続ける。

「他の注文請書も全部調べました。一番最近、透かし細工を施したと記録されていた請書の日付は、百八十三年前、十月でした。細工を請け負ったのはニルセンという職人でした。品物はイヤーカフス、純銀製の。請書に残された記録だけでは詳しいところまでは解りませんが、おそらく、そのイヤーカフスを完成させる前に、ニルセンは亡くなったのだろうと思います」

「どうして?」

「その請書には納品の記録がなかった。それ以降の日付の請書には二度と、ニルセンの名前が見られなかった」

 そこでメラニアは俯いて黙った。肩が震えている。

「私は安心していたのに! あなたがおかしな話を持ち込むから。リーサはきっと、魔女の呪いで死んでしまう」

「──────メラニア」

 リーサの静かな声に呼ばれてメラニアがリーサを見つめた。リーサは微笑んでいた。

「とても疲れてはいるけど、おいら、死んだりしないよ」

「どうしてそう言い切れるの? 透かし細工には、魔女の呪いが──」

「それは違うと思うよ、メラニア」

 リーサが冷静だったからだろう、メラニアも少し落ち着いた様子だ。

「透かし細工の技術があまりにも高度過ぎて、受け継ぐことが難しくて、魔女の呪いを言い訳にした。職人たちの、怠慢だよ。魔女は手にしたイヤーカフスを見てその技術の高さに惚れ込んでくれた。その技術を受け継いでいくためには、日銭を稼ぐためのアクセサリ作りが邪魔になるって、思ったんじゃないかな」

 どうしてそんなふうに考えたのだろう。リーサを見ると、私の視線に気がついたリーサが少し口元を歪めた。

「実際に作ってみて解ったんだ。透かし細工には手間がかかる。普段作ってるアクセサリ作りに費やす時間なんかないって。多分、割に合わない」

 割に合わない。なるほど、そういうことか。

「だからきっと、透かし細工を捨てたんだ」

 リーサが瞳を閉じた。眉間に深い皺が寄っていた。

「情けないし、悔しい。そんなことで、こんなに素晴らしい技術を捨てたなんて」

 もうメラニアはなにも言わなかった。もう一度リーサの手を額に押し当て、深く息をすると立ち上がった。

「──────なにか消化にいいものを作ってくる」

 私には一瞥もくれず出て行ってしまった。

「ごめんなさい、お騒がせして。おいら、この先も透かし細工を続ける」

 ありがとう。しっかりと私の目を見てリーサが言った。

「こちらこそ、ほんとうにありがとう。でも、ほんとうに君は、大丈夫なのか?」

 リーサが頷いたのが解った。

「もしものことがあったら、そのときはきっとメラニアがおたくさんの命を奪いにいくだろうけどね」

「そうなったらそのときは、運命と思って受け入れることにするよ」

 私はリーサにもう一度礼を述べてその場をあとにした。メラニアにお礼を言おうか悩んで止めた。その後大学に帰った私が真っ先にやったのは、リーサ宛に小為替を送ることだった。イヤーカフスの対価としてはほんのささやかな額で申しわけなかったけれど。それから二月ほどしてリーサから手紙が届いた。透かし細工にかかりきりで自分自身の収入はまるでなくなってしまったけれど、ラファカの職人仲間に支えられて、技術を磨いていると書いてあった。

 やはり魔女の呪いなんてなかったのだ。リーサからの手紙を受け取って初めて私は、どこかで魔女を疑っていたことに気がついた。サシュがそれを知ったら──いや、きっとサシュのことだから、怒りはしないだろう。冷たい視線を私に投げて「失礼極まりない」なんて言うに違いない。



 ラファカで調べたアクセサリ作りの伝承と魔女との係わりについて、論文を仕上げて提出した。教授はそれを読んで「悪くはない」と言いつつ、この程度の内容では博士号取得のための論文とするのは難しいとはっきりと言った。

「君が今取り組んでいる魔女の伝承を論文にまとめることはきないのかい? ずいぶん力を入れているようだが」

 返事に詰まった。実は魔女本人の依頼で欠片集めをしているのだと告げたら、教授はどんな反応を見せるだろうか。それを告白したいと思う反面、告白したところでどうにもならないように感じた。結局私は、もう少し時間が欲しい、と返事をしただけだった。

 次の長期休暇を待つのが長い。その間私は教授の手伝いをし論文を読み書き、少しずつ、本来のテーマである魔女に関する論文を書き進めた。サシュの遺言通り欠片集めを続けていけば、少なくともこれまで知りえなかった魔女の歴史の一端を知ることができるだろう。私の研究もひとつの成果をあげることになるはずだ。

「でも──どうしてサシュは」

 ──私にあのような遺言を。私に研究を完成させることで魔女がどのような歴史を生きてきたのかが明らかになる。それを後世に伝えてほしい、そういうことなのだろうか。

 これまで経験したふたつの出来事について考えを巡らせた。

 サルドラでは、集落の人々と温かな交流を持ち静かに日々を営んでいただけだったのに、武力でそれを奪われた。魔女には一切の非はなかった。武装集団を送り込んだのはおそらく権力を持つもので、一方的に魔女を排除しようとしたのだろう。明確な理由は解らないが、魔女がいると困る人間が権力の中央にいたのか──もしくは権力を奪われるのではないかと勝手に恐れ、魔女を排除しようと企んだものだろう。

 ラファカでは、美しいものを護りたかった気持ちが職人たちに誤解される結果となった。私が見たあの職人──『魔女はろくでもないと聞いていた』とはっきり言っていた。なにかしらそういった通達があったと考えるのが自然だ。それに対しなにも答えなかった。何故だろう。私たちはそのような存在ではないと、戦うことはなかったのだろうか。メラニアから聞いた歴史を考えると、ラファカで見た記憶はサシュ本人のものだけではないだろう。どうやら魔女は長命なようだが、さすがに五百年以上も生きたとは思えない。魔女たちは互いの記憶を共有していたのだろうか。魔法ならそれも可能なように思えるが。

 サシュが遺してくれた記憶に触れたことでかえって解らないことも増えた。論文はうまくまとまらず、結局私は、思いついたことをそのまま、ひと塊ずつメモ書きに残すことにした。思考の塊はたくさん生まれ不要と思われるものは躊躇わず捨てた。

 次の長期休暇ではどのような記憶に触れられるのだろう。

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