うらやましがられない太郎

福田 吹太朗

うらやましがられない太郎



 ・・・むかしむかしあるところに・・・おじいさんとおばあさんが、住んでおりました・・・。おじいさんとおばあさんはそれぞれ・・・なのですが、このお話には、そのおじいさんとおばあさんは、出てきません。・・・誠にスミマセン。

・・・というわけで・・・むかしむかしあるところに・・・皆さんも、あの、‘浦島太郎’の、お話はよくご存知でしょう・・・?

 その浦島太郎が・・・肝心のメインの部分は、皆さんはもうよくご承知かと思いますので、ハショるとして・・・。

 ・・・さて、浦島太郎は、竜宮城から、とても恍惚とした表情で、かなりハイになりながら、戻って来ると・・・手には、もちろんあの、玉手箱、とういうヤツが・・・。

オッと、ここでうっかりその玉手箱を開けてしまうと、このお話は、皆さんのよく知る、浦島太郎の話、と全く同じ経過を辿ってしまうので、おそらくこのページで完結してしまうのです。

・・・なので、という、作者の勝手な都合ではなく、これはれっきとした・・・。

 ・・・ともかく、浦島太郎は、だいぶいい気分にはなりつつも、そこでハッと、我に帰ったと申しましょうか・・・つまり、俗っぽいというか、少々ゲスっぽい表現をする事をお赦し頂けるのならば・・・つまりは、一仕事終えた後の、賢者モード、の様になったのであります。

・・・つまり浦島太郎は、自分の生まれ育った筈の、貧しい、ほんの僅かの人びとが、ほんの僅かの収入・・・それは殆どが魚介類などの、水産物で支えられていたのですが・・・しかしそれも、天候に大きく左右される為、その年によって、また季節によって・・・つまりは非常に不安定な生活をせざるを得ないのでした。

そして何より・・・浦島太郎が、その、我が故郷である筈の、懐かしい漁村に戻ってみると・・・驚いた事に、まるで住んでいる人たちが、彼の知らない人たちばかりだったのです。

彼は驚くと同時に、眉をひそめて、怪訝な表情になったりもしたのですが・・・しかし、よくよく見渡してみると・・・家々の造りといい、配置といい、そして木々の生えている場所やら、小さな石ころの置かれている場所まで、彼の記憶の通りだったのです。

しかしながら・・・気のせいか、少し年月が経って、家の屋根やら壁やら何やらが、ほんの少しばかり黄ばんでいたり、ヒビが入っていたりしたのでした。

・・・実はこれには、浦島太郎タイムリープ説やら、彼の乗ってきた亀が実はスペースシップか何かで、遠い距離をワープして来たので、彼だけ年月がかなり後ろにずれて、たどり着いたのではないのか・・・? ‘ウラシマ効果’なる言葉もある程です・・・などとも言われてはいますが、それはこの21世紀に入っても一向に解決はしていない問題なので、ひとまず置いておくとして・・・ともかく、浦島太郎自身は、ここは確かに自分の村に違いは無いと確信し、これはおそらく、自分が竜宮城に行っている間に、天変地異でもあったのか、はたまた・・・しかしながら、不思議な気持ちになりながらも、ともかく、彼は自分の家、へと帰って行ったのでした。・・・もちろんの事、そんなことを考えながらでしたので、玉手箱を開ける事など、すっかり忘れていたのでした。

そして・・・自分の家、というにはあまりに粗末過ぎる、小屋、の様な所の中に入ると・・・中には人影はなく、まるで、数十年は誰も踏み込んではいない様な有り様なのでした。

・・・とは言っても、やはりそこは我が城、まるで一国一城の主にでもなったかの様な、そんな大胆な気分というか、ともかく、その埃にまみれた小さな、家、の中でとても落ち着いた気分になったのでした。

その様な気分になると、人間という奴は誠に不思議な生き物です。彼には、途端にスーベニアとして持ち帰った玉手箱の事が気になって・・・それはもちろん、竜宮城のまるでクレオパトラの様な見目麗しい姫君からは、決して開けてはならない、と念を押されてはいたのですが・・・。・・・しかしそこでふと、太郎は家の外の事が気になって・・・玉手箱を手にしたまま、家の外、浜辺へと出てみたのでした・・・。

辺りには潮の香りが立ち込め・・・波の、ザァ、ザァ、という音が絶え間なく・・・そこはただでさえ、彼が亀の背中に跨って竜宮城に向かった時もそうなのでしたが、その時よりもさらに、その大きな城やら町からは遠く離れた、貧しい漁村はさらに一層貧しく、彼は何だか、たかが亀1匹助けただけなのに、自分だけがいい思いをして・・・と、後悔の念に途端に苛まれ始めたのでした。

・・・そこで・・・しかしながら、とてもとても残念な事に、彼にはその貧しい漁村を豊かにする術も、知恵も、そしてもちろんの事、力も財産も全く持ち合わせてはいなかったのでした。

そこでふと・・・彼は片腕に小脇に抱えていた、その小さいが、とてもきらびやかな玉手箱に視線をやって・・・

「そうだ・・・!」

と、一言、大きな声を上げたのでした。

あのとても言葉では言い尽くせない、豪華で豪奢で立派な・・・おそらく関白秀吉公ですら築くことは不可能に近いと言っていい程の竜宮城に住んでいる、とてもとても美しい姫君が、お土産にと、彼に手渡した物なのですから・・・決して開けてはいけません、と、念は押されてはいたのですが、これをこの村の、一番困っている人に手渡したら・・・おそらくその人の生活は、例えひと月程だったとしても・・•多少はうるおうのではないのか・・・? ・・・と、彼はもちろん、その箱の中身は知らなかった訳ですから、その様な、善意でそう考えたとしても、決して彼のことは責められますまい。

そして・・・彼、浦島太郎は、その考えを実行に移すべく・・・とりあえず、この村で一番貧しそうな人間を探したのですが・・・あいにく、どの人間も一様に貧しく、とても甲乙などつけられる様な状態ではなかったので、手当たり次第に、出会う人間全員に、

「・・・この玉手箱をあなたに差し上げましょう・・・なあに、私の事はお構い無く。・・・ちなみにこれは、竜宮城という、それはそれは素晴らしい所で、それは美しい、この世のものとは思えない程の、姫君から頂戴した物でしてね。・・・おそらく、軽く見積もっても・・・100石ほどの、価値はあるに違いありません。・・・大丈夫です。それはこのわたくしが、請け負いますから・・・」

・・・などと、事実には違いはないのですが、少々大げさというか、大風呂敷を広げたかの様な、文句を並び立てながら、村の人々の間を歩いて回ったのですが・・・何しろ、彼自身が今現在のこの村の人間の事を知らないという事は、村人たちも彼の姿を一目見ただけで、途端に不審者でも見る目つきとなり・・・しかもその人間が、何やら怪しく光る箱を、いらないか、などと持ちかけて来るので、皆気味悪がってつい敬遠してしまうのは、ある意味当然と言えば当然の成り行きなのでした。

そして・・・かれこれ2刻ほど、わらじの底をすり減らして、村中を歩き回ったでしょうか・・・? 結局、その玉手箱を受け取ってくれそうな村の人間は、全く存在していそうにはないのでした。

・・・太郎は、もうすっかり陽が海の向こうに落ちて、そうしてその玉手箱は、開ける気にすらならずに我が家に持ち帰ると、すっかり疲れて、へたりこむ様にして座り込むと、一つ大きく、嘆息をついたのでした。

「・・・ああ、この村の人間どもが、こんなにも冷たいとは・・・。きっと、このオレがたった1人で竜宮城などという、楽園の様な所に行った事を、皆、妬んでいるんだろう・・・? マッタク、どうしてこう、人間というものは・・・マッタク・・・!」

・・・などと、1人ブツブツと、彼がそこから出る時には真っ白かったのですが、今はすっかり黄ばんでしまっている、壁に向かって愚痴をこぼしていたのでした。そして・・・

「・・・よし、こうなったら、オレにも意地ってもんがある。・・・明日は必ず、この玉手箱を、誰かに、とにかく、誰にだっていいんだ・・・この近辺に貧しくない人間なんて、いるわけもない。・・・よし、明日はちょっと、この村を思い切って離れて、少し遠くまで足を運んでみるか・・・」

・・・などと、早くも明日の計画を練り終えると、その日はすっかり疲れてしまい、あっという間に眠りについたのでした。


・・・翌日、昨晩の計画通り、太郎は早朝にはもう起き出して、玉手箱を持って、まだ微かに薄暗い中を、村を出て・・・とりあえずは一番近い隣村の方向まで、向かってみる事にしたのでした。

・・・そうしてようやく、東の空に、陽の光が差し込み始める頃・・・太郎の目の前には、一つの村というか集落というか・・・とにかく、彼はこんな所までは一度も来た事は無かったのですが・・・ともかくやって来ると、ズンズカと、特に余所の土地だという事は全く御構い無しに、勢い勇んで、進入して行ったのでした。

  ・・・当たり前の話ですが、誰も彼の事を、‘浦島太郎’だなどと、知る者はおりません。・・・ですが、そんな事は彼は全くどこ吹く風で、その、大事そうに風呂敷に包んで持って来た、玉手箱、をとても丁寧に、まるで赤子の状態の我が子の様に、慎重に扱いつつ、そうして・・・ゆっくりとその、村だか集落だかは良く分からぬ、しかもその名前すらも知らぬ、場所でまるで布教でもするかの様に、人々を求めては・・・実際、そこにいた人々も、彼の住んでいる漁村に負けず劣らず、貧しそうではあったのですが・・・しかしながら、自分の村ですら上手く行かない事を、全くの見ず知らずの人間が、突然やって来てその、訳の分からない、ただただきらびやかなだけの箱を差し上げます、などと言われても、有り難いどころか、ただの傍迷惑だったに違いありません。まあ、不幸中の幸いというか、暴力を振るわれたり、命を失わなかっただけでも、彼はもしかしたら運が良かったのかもしれません。

もしかしたら・・・なのですが、彼自身は、竜宮城などというとんでもない所に行って、しかも帰って来たばかりだったので、少し気持ちが大胆というか、大きくなっていたのかも知れません。ともかく・・・彼はそこでも、手当たり次第に、とにかく声だけは掛けまくったのでした。貧しい人の生活を、例えたった1人でも楽にさせてあげたい・・・という、ただただその様な、純粋な、崇高とさえ言ってもいいくらいの、その時はその様な心持ちであったのです。

 ・・・しかしながら、そうこうしているうちにも、お天道様は無情にも、一番高い位置へと昇って行き・・・彼にとって一番ショックだったのは・・・とある男の・・・その中年の、日に焼けた無骨そうな鍬を担いだ男に言われた・・・一言だったのです。それは・・・

「・・・竜宮城・・・アアン・・・? ・・・そんな、夢物語みたいな、話には付き合ってはいられねぇなぁ・・・オイラは、そしてここいらの人間は、それどころじゃぁねぇんだ。・・・毎日のおマンマにありつけるだけでも・・・こうやって手にマメ作って、陽が暮れるまで畑耕さにゃぁならねぇ。・・・タク、何が竜宮城だよ。おめぇ、変な夢でも見てたんじゃないのか・・・?」

太郎はその言葉を聞くと、ただ呆然として、その場にしばらく立ち尽くしていたのでした。

しかしながら・・・ウミガメの背中に跨って、竜宮城に行ったのは確かな事ですし、あの美しい姫君や、豪華絢爛なおもてなし、料理やら酒やら、見目麗しい女官たちや、魚たちの踊りやら・・・ともかく、お土産として貰った、玉手箱が現実にこうして、その手にある訳ですから、それはおそらく夢などではなく、現実に彼の身に起こった事だったのです。

しかしながら・・・もう一つの現実・・・つまりはいざこちらの世界に戻って来ると、貧しさと、飢えと、そしてただ苦しいだけの日々の人々の生活が・・・それは確かに太郎自身も、竜宮城に行くまでは味わっていた、もう一つの現実、なのでした。

 ・・・太郎は結局、その日もただ肩を落として・・・もうすでに陽は沈みかけておりましたので、トボトボと、まっすぐ元来た道を、自分の村へと、帰って行ったのでした・・・。もちろんの事、玉手箱だけは、ただ大事そうに抱えたまま・・・。


翌日は・・・太郎は前日、前々日のショッキングな出来事のせいか、はたまた、竜宮城に行って帰って来たという、疲れからなのか・・・高熱を出してしまい、1人、床に臥せって、一日中寝込んでいたのでした。


その翌日も・・・太郎はまだ床からは起き上がれずに、寝込んでいると・・・昨日から、ほとんど何も口にはせず、ただそばに置いていた、桶の中から水を飲んだのみなのでした。そして・・・その桶の中の水も・・・底を尽きかけてきて・・・。

 ・・・と、その時です。

彼の家の入り口に、立つ者がおりました。

「あの・・・もし・・・」

その声からして、女性のようなのでした。

「あの・・・お入りしても・・・よろしいでしょうか・・・?」

太郎は、ほんのかすかに身を起こしたまま、

「・・・ウゥ・・・」

とだけしか、声を上げることが出来なかったのですが、その女性は、その声で、彼の家の中へと、おずおずと入って来たのでした・・・。

驚いた事に、女性といっても、とても若く、おそらくまだ10代かそこら、しかもその顔はとても可愛らしく・・・どこかあの・・・竜宮城の姫君を思い起こさせる、そんな面影すらあったのですが・・・今の太郎には、床に敷いたゴザから起き上がることすら叶わず、ただ視線のみで、その女性の動きを見守るしかないのでした。

その少女は、どうやら太郎の為に、お粥を持って来てくれた様なのでした。

「・・・あの・・・これ、作って来たんですけど・・・起き上がれます・・・?」

太郎は、何とか全身全霊、渾身の力を込めて、ようやく上半身だけでも起き上がると・・・その少女からお粥を受け取ると・・・不思議な事に、それを瞬く間に平らげてしまったのでした。

少女は、その様子をじっと見つめながら、

「・・・あの・・・もしかして、ここに、この家に住んでいた方ですか・・・?」

と、訝しげな表情で、太郎に尋ねるのでした。

何とか話が出来るようになった太郎は、

「住んでいたって・・・いや、今現にこうして・・・住んでいるじゃあないですか。」

少女は、一層さらに怪訝な顔つきとなり、

「・・・あのう、ここの人で・・・間違いはないんですね・・・?」

「ああ・・・そうだけど? ・・・僕の名前は、浦島太郎、って言います。・・・まあ、知らないでしょうけどねぇ・・・僕も君の事は初めて見るし・・・」

少女は太郎の名前を聞いた途端、かなり狼狽して、思わず手にしていた太郎が食べ終えたばかりの、空のお椀を、床に落としてしまったのでした。

「・・あ! ・・・ごめんなさい・・・! ウラシマ・・・タロウ・・・やっぱり・・・そうなの・・・?」

太郎はただ、ポカンとなりながら、

「・・・え? どういう事・・・? もしかして・・・僕の事知ってるの・・・?」

「・・・おじいさんです。」

その少女の一言で、太郎はまるで干上がってしまったワカメか何かの様に、その場で固まってしまったのでした。

「・・・へ? ・・・今なんて・・・?」

少女は慌てて立ち上がり、そうしてクルリと向きを変えると、そのまま何も言わずに、走って家を出て行ってしまったのでした。

太郎は追いかけようにも、立ち上がる事すら出来ず・・・そうしてそのまま、薄汚れた天井を見つめながら、何だかとても奇妙な心持ちになっていたのですが・・・ふと、真横を見ると、少女が残してくれたのでしょう・・・? 握り飯と、お新香とが・・・置かれていて・・・しかし太郎は気が付くといつの間にやら、深い眠りについてしまった様なのでした・・・。


翌日の朝・・・実は昨晩の真夜中に、突然目が覚めた太郎は、暗がりの中、少女が持って来てくれた握り飯とお新香を全て平らげて・・・それから再び眠りについてから、朝になって目覚めたので・・・すっかり体調は・・・と、言っても、おそらく元気な時の5割ほどでしたが、それでもようやく、何とか立ち上がれるまでに回復したのでした。

 太郎はもちろんの事、昨日家に来てくれた少女の事と、その言葉がとても気になっていたので・・・とりあえず、玉手箱は家に置いたまま、その少女を探しに出掛けたのでした。

・・・しかしながら、どうやら彼の住んでいる漁村にはその少女は住んではいないらしく・・・一軒一軒、しらみつぶしにあたってみたのですが・・・そうして、今度は隣の村へと・・・しかし今度は前々日の村とは逆の方向へと・・・向かってみたのでした。

そうして歩くこと、2刻半程した頃でしょうか・・・? ようやく、そのとなり村らしき家の固まりが・・・見えて来たのでした。

そうしてまた前回の様に、ズカズカと他人の土地に勝手に入って行くと・・・ここでも特にトラブルらしきものは起きなかったのですが・・・何と驚いた事に、その少女は、すぐに見つける事が出来たのでした。・・・つまり、別の言い方をするならば、その少女は、太郎と同じ距離を、わざわざ食事を運ぶためだけに、歩いて来たという訳だったのです。

その少女は、太郎の姿を認めると、ハッとなり、固まってしまって・・・そうして慌ててまるで逃げるかの様に、小走りで一軒の家へと入って行ったのでした。

そこは・・・太郎の村にはまず無いであろう・・・そもそもこの村自体が、彼の住んでいる貧しい漁村とは比べ物にならない程に、割としっかりとした造りの家が立ち並んでいて・・・太郎には、こんな近くにも、こんな立派な村があったんだなぁ・・・ぐらいの感想しか思い浮かばなかったのですが、何しろ、彼はつい数日前にあの、竜宮城から、戻って来たばかりだったので、それは無理もない話だったのかもしれません。竜宮城と、たかだか一つの村を比べる事など・・・ともかく、彼は、その少女が入って行った一軒の、その家もかなり大きな、屋根瓦がきちんと有り、壁は真っ白でピカピカとさえしていました。

しかし彼の目にはその様なものは全く目には入らず・・・一直線にその家目掛けて・・・すると驚いた事に・・・その家の入り口の前では、先ほどの少女が、まるで彼のことを待ち受けるかの様に、待っていたのでした。

少女はただ一言、

「・・・どうぞ・・・。」

とだけ言うと・・・太郎を、その家の中へと招き入れたのでした。


 ・・・その家、というより屋敷の中は・・・外から見るよりもはるかに立派な造りをしていて・・・広くて、長い廊下が、かなり奥の方まで、続いていたのでした。

少女はおずおずと、しかしながらしっかりとした足取りで、その長い廊下をどんどん進んでいきます。そして・・・その一番奥、突き当たりまで辿り着くと、そのすぐ横にある、つまりはこの家の、一番奥の部屋の障子をゆっくりと開け・・・

「・・・私です・・・入っても、よろしいでしょうか・・・?」

と、中をじっと伺うかの様にして、おそるおそる、おそらく中にいる人物に、尋ねたのでした。

しかしながら、中からは一切声はしなかったのですが、かと言って、「入るな」と言う声も無かったからなのでしょうか・・・? 少女は跪いていた状態から立ち上がると、太郎にも目で合図をして、そうして2人は、その部屋の中へと入って行ったのでした・・・。


 その部屋の中には・・・一人の中年の女性が、布団の上に横たわっていました。おそらく病気か何かなのでしょう・・・? 時々咳き込んでは、表情も少し苦しそうなのでした。

少女は、太郎の顔をじっと見つめたかと思うと・・・おもむろに言ったのです。

「・・・私の・・・母です・・・。」

「ああ・・・はい・・・。」

「そして・・・あなたの・・・娘でもあります・・・」

太郎はその言葉を聞いた途端、まるで身体の中の内蔵のうちのどれかしら一つ、いや二つでも・・・が口から出て来るんじゃないかというぐらいに驚き、そして絶句して・・・その後は声が出て来なかったのでした。

「・・・あなたには・・・一人娘が・・・いたはずですよね・・・?」

・・・確かに。

確かに太郎には、竜宮城に行く前には、3歳になる娘と、妻がいたのですが・・・その事をすっかり忘れてしまっていたのを、今頃になって思い出したのでした。

「・・・え? ・・・でも、キヨはあの時・・・まだこんな小ちゃな娘で・・・」

「母は今年で・・・数えで53になります。」

「・・・えぇ・・・!? ・・・いったい・・・どういう事・・・?」

少女の目は真剣そのものであった。

「・・・私にも分かりませんが・・・一体そもそも何があったのですか・・・?」

太郎にもさっぱり訳が分からなかったのですが・・・しかしよくよく彼なりに、もちろんこの時代には、科学やら物理学やら天文学やら・・・数学すら、和算と呼ばれていたのですから・・・しかし彼の頭なりの・・・あらゆる知恵をフルに絞って考えた結果・・・やはり、竜宮城に行っている間に、彼だけがなぜか歳を取らず、そのほかの世界では・・・普通に時間が経っていたとしか・・・そう考えると、彼の村の人間の顔を知らないのも、家が古くなっていたのも・・・妙に納得がいったのです。

「・・・オレは・・・竜宮城という所に、行っていたんだが・・・」

少女はしかし、妙に飲み込みが早いというか、賢いようなのでした。

「・・・そこでは、あなただけが歳を取らなかった、という事なんでしょうかね・・・?」

「そうとしか・・・」

そこで彼の娘の、キヨ、が激しく咳き込んだのでした。

「キヨは・・・その・・・具合のほうは・・・かなり悪い・・・の?」

少女は声を潜めて、

「・・・町のお医者さんからは・・・持ってあと半年の命と・・・言われています・・・」

少女は悲しそうであった。太郎はなんだか・・・訳が分からなくなってはいたのですが・・・自分より歳が上の娘の方が・・・先に召されてしまうと考えると・・・いっそう複雑に・・・。

「・・・あ! チヨは・・・? チヨは今どこに・・・?」

それは彼の妻の名前なのでした。

「・・・おばあちゃんは・・・おととしに・・・亡くなりました・・・女手一つで、母を育てて・・・そうして母を・・・この裕福な村に・・・嫁がせて・・・」

そこで少女は、たまらず涙を流して、泣き始めてしまったのでした。そして一度涙が流れ始めると・・・おそらく気丈にも必死に堪えていたのでしょう・・・そのまま泣き崩れて、涙はとめどなく流れ出ていたのでした・・・。

 ・・・太郎は、そのサマをどうしても直視する事が出来ずに・・・しかしそこでふと、彼の頭の中に、突然ある考えが閃いたのでした。

・・・そして、

「・・・ちょっと待ってて・・・? ・・・すぐに戻ってくるから・・・!」

と言い残して、自分の村の方向へと、走り去って行ったのでした・・・。


 それからじきに・・・太郎はまたその大きな家へと、戻って来たのでした。手にはあの・・・きらびやかな玉手箱を手にして・・・。

そして、その玉手箱を少女に見せて・・・少女はもうとうに泣きやんではいたようなのでしたが・・・頬には、涙の伝った跡が、何筋も、残っていて・・・

「・・・これはその、竜宮城の、姫君から頂いた物なんだ。これできっと・・・」

太郎には、あの美しい姫君が、決して開けてはなりません、などと言うぐらいですから、きっと、禁断の・・・おそらく若返りの秘薬でも入っているに違いない、などと勝手に解釈してしまったのでした。

少女はその箱を見ると、一瞬だけ胡散臭そうな表情を浮かべたのですが・・・それを太郎から受け取ると、蓋は開けずに、そのきらびやかな外装の模様を、ジロジロと、物珍しげに、眺めていたのでした・・・。

と、そこで・・・

「・・・お、お父ちゃん・・・!?」

と、布団に寝ていたはずの、キヨ、が、身体を半分だけ起こして・・・まるでそれは、最後の気力を振り絞っているようにも・・・見えなくはなかったのでした・・・。

「・・・お母さん・・・!?」

「キヨ・・・! 大丈夫かい・・・?」

と、太郎はその禁断の玉手箱を、病気で死にかけている、自分の娘へと、手渡してしまったのでした。

「さあ・・・それを、開けてごらん・・・?」

娘、と呼ぶには歳を取り過ぎている感のある、中年の病気の女性に向かって、25、6の青年の姿のままである、太郎は、そう促すのでした。

そうして・・・キヨ、が、おそるおそる、その、箱の蓋を開けると・・・当然のごとく、中からは真っ白い煙が、モクモクと・・・しかしながらそれは、‘浦島太郎’の原作で描かれているよりははるかに多くの量で・・・部屋中を埋めつくすほどの大量の煙が・・・その煙は部屋全体に充満して・・・そうしてようやく煙が徐々に消えていくと、そこには・・・。


 ・・・少女はなぜかそのままの、つまりは玉手箱を開ける前の状態だったのですが・・・その母のキヨは・・・気のせいか少しだけ若返ったかのようにも見えて・・・しかも、肌ツヤやら、髪の毛も、ほとんど白髪らしきものは無くなっていて・・・

「・・・アレ・・・? ・・・一体、どうしたっていうんだい・・・!? 私は何だか・・・病気が・・・なんかすっかり身体の方が・・・良くなって・・・治ってしまったのかい・・・?」

と、顔色の良くなったキヨは、ヒョッコリと、布団の上に立ち上がったのでした。

・・・そして、肝心の太郎はというと・・・床に一人の赤子が・・・オギャア、オギャアと、大きな泣き声を上げながら・・・どう考えてもそれは、太郎に間違いはないのでした。

・・・これはおそらく・・・推察というか、推測の域を出ないのですが・・・本来ならば、煙を浴びたその部屋の中にいた3人は、全員老人の姿になっていた筈です。

しかしながら・・・おそらく、太郎が竜宮城から戻って来た時に、すぐにその、玉手箱、を開けなかったせいで、今日で言うところの・・・消費期限切れ、のような状態となっており・・・さらには、この村に急いで持って来る途中で、太郎が勢いよく蹴つまずいて転んで、危うく蓋が開きそうになったのを・・・それだけはまぬがれたのですが、コロコロと何回転もしてしまったのです。

・・・そこでこの21世紀の世界の用語で言うところの、化学反応、のようなものが箱の中で起こってしまい・・・全く逆の作用をし・・・ほぼ全員が、老化、ではなく若返ってしまい・・・そして太郎は・・・老人になるどころか、0歳児の、赤子の姿へと・・・

・・・しかしこれはあくまでも、推察の域を出ないのですが・・・。


 ・・・ともかく。

その立派な家々の立ち並ぶ、村の立派なお屋敷の中で・・・53歳の母、十代後半の娘、そして・・・0歳児の赤子の、祖父、をはじめとする人びとは・・・いつまでも末永く、楽しく暮らしましたとさ。

 しかしながら・・・その中でいったい誰が一番最後まで生きているのかと言うと・・・それに関してはつまびらかな記録やら、古文書やら、お話が残っている訳ではないので・・・真実といったものは全くの・・・煙の中・・・ともかく・・・何はともあれ・・・


・・・メデタシ、メデタシ。





終わり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うらやましがられない太郎 福田 吹太朗 @fukutarro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る