『進歩の敗北 SUPERNATURAL』

N(えぬ)

あの頃はよかったナ……

見渡す限りほとんど全てのものが静止していた。

中に時々、動いているものもある。

一つの流れというものはなく、皆好きなようにポーズを取って、止まっているように見えた。


「この星は、どうしたと言うんだろうね?全てもの。生き物も何もかもが止まっているよ」地球に降り立ったある星からの探検家が不思議そうに仲間に話しかけた。

「文明は我々と同等という観測がされていたけれど、おかしいね。何が起きてこうなったのだろう?興味深いよ」もう一人の探検家が相づちを打った。


地球はある時点まで、よく文明が発達し、地球外にさらなる人間の住める星を求めるまでになった。けれど、文明の発達は常に反動の危険を抱えていた。そんな中で、地球は生命存続の危機に直面し後戻り出来ない方向へ進んでしまったようだった。


探検家は地球の資料が多くある施設を探し出して記録を解読した。それは苦も無いことだったが、書いてある内容は理解しがたいものだった。そこには、ほとんど全てのものが静止した理由が「ある科学者の日記」という形で克明に記されていた。

探検家は日記の最後の部分を読み出した。


『有毒な空気に萎れきった植物。人工空気清浄化システムも効果は微力で失敗に終わった。もう地球の空気を浄化する力のあるものはなくなったと言っていいだろう。いわゆる痛みや苦しみは麻薬などの薬物使用で多少なりともごまかしがきくが、大気汚染や呼吸器疾患を原因とする呼吸苦は麻薬ではごまかしきれない。望みは絶たれたのだ。全ての人も動物も、これから先、出来る限りの延命を続けるだろうが、早晩皆、咳き込み、胸を押さえ、血を吐くようになって弱り果てて、やがて死ぬだろう。我々は全ての困難は文明の進歩で解決していけるものと考えていたが、誤りだったと認めざるを得ない。そして最後に頼ったのは、科学とは対極の位置にあるはずの呪術だったことは、現実とは言え想像しがたいことだった……』


日記はまだ先が続き、細かな説明が加えられていた。説明によれば、地球の代表者は最後に『トメさん』という呪術師に地球を、人類を滅亡から救って欲しいと懇願したらしい。古来から、政治家が占いや類する神秘的なものに世の行く末の判断を委ねることは多かったが、地球が宇宙に進出しようかという所まで発展しても、そういう部分は残っていたらしい。そしてそれに対して呪術師は、

「皆の心が一つになるよう、祈るんだよ。あたしから言えるのはそれだけ……祈るんだよ」そう言ったらしい。

 そこまで日記を読んだところで、

「あんた達、他の星から来たんだね」一人の人間の中年女性がすすけた身なりで建物の入り口から声を掛けてきた。探検家二人は虚を突かれて声の方を向いた。

「そうです、S星から来ました。あなたは地球の女性ですか?あなたは動いていますね。話も出来る。この星はどうなっているのです?……もしかして、あなたがここに書かれている呪術師?」

 中年の女性はフフッと鼻で笑った。「質問が多いね」めんどくさそうな顔をした。

「この星は、自分を諦めて見切りをつけたのさ。もうこれ以上は先に進めないと悟ったともいえるけどね。そして、世界中の人間が、全く同じことを願ったのさ。ほんとに、ほんの一瞬のことだったけれどね。その一瞬があたしの術が叶う条件だったって言うわけさ」

「あなたの術で何が起きたのです?」

「あたしは、全ての人の記憶を止めるの。人って言うのは自分たちが成功していたとき、うまくいっていたとき、幸せだったときの記憶をとどめておこうとするだろう?この地球にもそこら中に、昔の栄華を誇る遺物みたいなものが、それは沢山残されているよ。人それぞれも皆、写真やビデオやいろんなもので、よかったものを残し続けてた。あたしは人間の、その『自分が最も固定しておきたい記憶』の固定を実現してやったのさ。今そこら辺に突っ立っている人間は皆、それぞれ好き勝手な自分の見たい記憶を立ったまま延々見続けているんだよ。まあ、座ってたり寝てたりするヤツもいるけどね……あんときは、皆、直立不動だったり、跪いたりして空に向かって祈ってたんだよ。それでね、それが成功して術が効果を発した。こうして記憶を見ている間は年を取らない。全てが静止して変化しないんだよ。これ以上、進歩も進化もしないが悪化もしないってわけ。この地球は今、星ごと眠りに就いて夢を見てるのさ」

 そう話した彼女の後方を人間が一人、とぼとぼと歩いて通ったのが見えた。

「あら、起きてる。……時々起きる人がいるんだよ、ああやって。何で起きちまうんだろうね?……見つけたらまた眠らせてやらないとねえ、年を取っちまうから」彼女は話しながら、覚醒したらしい地球人を追って、行ってしまった。


地球探検の二人は顔を見合わせていた。

「今の話を信じるか?」

「状況的には、信じるしか無いような気はするね」

「ううん……」

「あの女性の話を信じるに値すると考える理由が一つある」

「なんだい?」

「そこら中で静止している地球人の顔がどれも、安らかな微笑みで固着しているからね」



おわり

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『進歩の敗北 SUPERNATURAL』 N(えぬ) @enu2020

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