鬼と呼ばれた青年と、少女の話

灰猫

とある村で起きた、昔話。

 むかしむかし、あるところに小さな村がありました。

 村人達はみんな仲が良く、とても親切な人達ばかりでした。


 そんな村から少し離れた林の奥に、一軒の小さな小屋がありました。そこには一人、白髪の赤い目をした青年が住んでいました。


 その青年は、村人達から鬼と呼ばれて嫌われていました。

 青年は月に2回ほど、林で伐採した木材を村へと運んできてくれます。食料と交換してもらうためです。しかし、村人達は応じてくれません。

 それどころか、青年に石をぶつけ、青年が持ってきた木材を取り上げて、青年を袋叩きにするのです。

 青年はそれをただ黙って受け入れていました。

 一通りの暴力が振るわれると、村人達は青年に唾を吐き、恨めしそうに睨みつけながら去っていきました。


 村人達から交換に応じてもらえないと分かると、青年はそのまま半日かけて隣町にまで足を運び、木材を食べ物と交換してもらい、自分の家へと帰るのでした。


「ねぇ、なんでお兄さんはみんなに嫌われているの?」


 ある日、村の少女が青年に質問しました。

 少女は村で唯一、青年と仲の良い住人で、よく青年の家に訪れてはかくれんぼや追いかけっこをして遊んでいました。


「さぁ、なんでだろうね。僕にも分からないよ」


 青年は寂しそう笑いました。

 青年はむかし、自分の両親が村人達に取り返しのつかない罪を犯してしまった、というような話を聞いた事がありましたが、その詳細を誰も教えてくれませんでした。

 少女も、その理由を知りませんでした。


「じゃあ、なんでお兄さんはわざわざ村のみんなに木材を持っていくの? いつも痛い事をされているのに」


「それは、僕が村の人達を愛しているからさ。今は無理かもしれないけど、いつか、仲直りも出来るかもしれないからね」


 青年は穏やかに答えます。必ずそうなると、信じているようでした。

 少女はそんな事ありえない、と思いこそすれ、口には出しませんでした。その代わり、希望を口にしました。


「……そうだね、きっといつかそんな日が来るよね! 私もお兄さんとみんなが仲良くなれるよう、頑張るよ!」


「うん、ありがとう。きみは、いつも優しいね」


「もちろんだよ、だってお兄さんの事わたし、好きだもん! ね? だから今日も遊ぼう?」


 そう言って、少女は青年の手を引きます。

 青年もそれに、笑顔で応えました。


 その日の夜、村の隣の林で火事が起きました。

 林全体を覆うほど大きなものでした。幸い、村にまで被害は及びませんでした。しかし、青年の家は燃えてしまいました。

 青年も何とか村まで逃げ延びましたが、村の中で誰も、青年を助ける者はいませんでした。

 村の少女も両親に言われて、青年を助ける事が出来ませんでした。青年は仕方なく、隣町の宿を借りて、そこで一日寝泊まりする事にしました。


 その翌日、青年は焼け跡から拾えるものが無いか確認しようと村へと向かいました。

 村が見えはじめたところで青年は、飛び込んできた景色に驚き、慌てて村へと駆け出しました。


 村は、炎に包まれていました。

 家屋が焼け落ち、村人達の死体がいたるところに転がっていました。

 何が起きているんだと青年は呆然としましたが、近くで男性の悲鳴が聞こえました。青年がその悲鳴の聞こえた方へと駆けていくと、そこには血塗れになった、村の少女が立っていました。足元には男性が血を流して倒れています。

 少女が、青年に気付いて振り向きます。その片手には真新しい血がベッタリと付いたナイフが握られていました。


「あ、お兄さん。来たんだ。遅かったね……ほら、見てよ? お兄さんの大好きな村が燃えちゃってるよ? 大好きな村人達も何人か、死んじゃってるね?」


 少女の変わり様に、青年は呆然とするしかありませんでした。少女は言葉を続けます。


「……ふふ、でも仕方ないよね? お兄さんはこんなにも村の事を、そこに住む人達を愛してくれていたのに。村の人達はお兄さんにいつも酷い事ばかりするんだもの。殴って、蹴って、石を投げつけて。お兄さんの住む家に火までつけて。当然の報いだよ──ほんとう、みんな、このまま死んでしまえばいい……でも、それだと意味がないんだよね」


 その表情は今まで見た事がないほど冷たいものでした。


「さぁ、お兄さん。今から追いかけっこをしようか。お兄さんが鬼で、私が逃げる人。私は逃げている間に、見つけた村人達を片端から殺していくから──ふふ、お兄さん。いつもみたいに手加減をしていると大変な事になっちゃうよ?」


 そうして、少女と青年の追いかけっこが始まりました。少女は村人達を殺そうとナイフを振るい、青年がそれから村人達を守ります。

 ついに少女を捕まえた青年ですが、取っ組み合いになった時に、誤って少女が持っていたナイフで、彼女を刺してしまいました。


 少女が力なく倒れます。流れる血が止まりません。

 青年は少女を抱き抱え、必死に止血を試みます。そんな事をしても無駄だと分かっていた少女は首を横に振りました。


「──あは。やだなぁ、お兄さん。なんで、泣いているの? 私、は、お兄さんの大好きな村人達を殺した悪い子だよ?」


 青年は首を横に振り、必死に叫びます。


「違う! そんな事ない! きみは優しい。誰よりも優しい子だ!」


 それを聞いた少女は気恥ずかしそうに、口を開きます。


「ふふ、お兄さんはやっぱり優しいなぁ。うん、本当に、優しい……こんなに優しいお兄さんを鬼だなんて、あの人達はどうかしてるよ──だから、分からせてあげたんだ。あの人達に、お兄さんは鬼なんかじゃないって。優しい人なんだって」


 少女が微笑みます。青年はもう喋らないように注意しましたが、少女は言葉を続けます。


「あぁ、かっこよかったなぁ、お兄さん。燃える家屋の中から子供を助け出すところとか、わたしに斬り殺されそうになった村人達を庇うところとか、さ。ふふ、思い出しただけで顔がにやけちゃう」


 そう笑いながら、少女はげほっと血反吐を吐きます。苦しそうに息をし、苦痛に顔を歪めました。


「……ふぅ。うん、だめだ。そろそろ死にそう、かな──もうお兄さん。いつまで泣いているの?」


 少女は愛おしそうに、涙を流す青年の頭を撫でました。


「……あぁ、でも、お兄さんの赤い瞳。すごくきれい。わたし、お兄さんの笑顔が好きだったんだけど……これもいい、かな……」


 そう呟いて、少女は息を引き取りました。

 青年はいつまでも、少女の骸を抱えて泣き続けました。


 ──鬼と呼ばれた青年と少女の話。

 おしまい。

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