第9話 日本キャスティング物語
桃太郎はお供の犬、猿、キジを連れて鬼ヶ島へと辿り着いた。
そして桃太郎たちはお供と力を合わせて鬼を懲らしめ、取り戻した金銀財宝を持って故郷へと帰りましたとさ。
めでたし、めでたし──
「……はい、カット!」
助監督の声に、出演者は一様に表情を崩した。
「いやー、お疲れちゃん! 今の演技サイコーだったよぉ〜」
監督が手揉みしながら桃太郎へと駆け寄る。
「あ、そっすか……あざっす」
桃太郎は監督を軽くあしらうと、桃太郎専用の椅子へとどっかり腰掛けた。
すると近くに居たマネージャーが桃太郎に声をかける。
「あ、桃太郎さん。次の仕事なんですけど、来週の水曜日に『金太郎』の顔合わせと本読みがあるんで、これ台本です」
桃太郎は手渡された台本をパラパラめくったが、すぐに興味なさそうにパタリと閉じた。
「で、ギャラは?」
「それはですね……」
マネージャーが辺りを確認すると桃太郎に耳打ちした。桃太郎の顔が次第に綻んでくる。
「へぇー、結構次回作に力入れてるんだ。りょーかいりょーかい」
そう言うと桃太郎は再び台本に目を通し始めた。
「桃太郎さん、もう次回の出演作決まってるんだ……」
そのやりとりを離れた所から見ていたキジが羨ましそうに呟いた。
「噂じゃ、その次も決まってるみたいだよ、あの人」
犬がキジにそっと囁くように言った。
「人間は良いよね〜、だってほとんど主役って人間じゃん。僕らみたいな動物はほとんど脇役ばっか──」
「おい! 聞こえたらどうすんだよ!」
犬が慌ててキジの口を塞いだ。
「なーに遊んでんだよ、お前ら」
二人を嘲笑するような顔で、向こうから猿が近づいてきた。
「チッ、馬鹿ザルのお出ましだ」
小さく犬が舌打ちをする。
「お前らな、ここで遊んでる暇があるならもっと監督とかスタッフに自分をアピールしてこいよ。ま、お前ら程度の演技力じゃ精々脇役留まりだろうけど」
猿が呆れたように大きく肩をすくめる。
「んだとっ!!」
猿に飛びかからんとする犬を、今度はキジが大慌てで止める。
「やめろよ! 猿もそこまで言うことないだろ!」
「これは現実だ。ほら、これ見ろよ」
そう言うと猿は一冊の台本を見せた。表紙には大きく『猿蟹合戦』と書かれている。
「俺はこの仕事でしっかり結果を残したから、次に繋がってるんだ。監督も次の演技次第では、今企画してる『西遊記』の主演も約束するって言ってくれてるしな」
猿の自信満々な顔に二人は何も言い返すことが出来ず、ただただ黙って俯くだけだった。
「ま、俺が出世したら、俺の荷物持ちくらいはやらせてやってもいいけどな。アッハッハッハ!」
そう言い残して猿は上機嫌に去って行った。犬が思い切り地面を踏みつける。
「ちくしょう! あのクソザルめ!」
「でも、猿まで次が決まってるのか……ホント僕らも頑張らなきゃね」
キジは犬の顔を見たが、犬は伏し目がちに辺りをキョロキョロと落ち着きなさそうに見ていた。
「え、どうしたの?」
「まぁ、実は……さ、俺も次の話来てるんだよね」
犬は、ばつの悪そうな顔で隠し持って居た台本を取り出した。表紙には『花咲じいさん』と書かれている。
「そ、そうなんだ……」
キジは目の前の事態に絶句しながらも、辛うじてそう声を出した。
「ま、まぁ途中で死んじゃう役だから最後までいないんだけどな! 桃太郎に比べたら脇役みたいなもんよ!」
犬はわざとらしくおどけて説明したが、キジの耳には何も入っては来なかった。
「あ、悪い、その『花咲じいさん』の打ち合わせで俺もこれから行かなきゃなんないんだ。じ、じゃあな」
犬はぎこちなく手を振ると、そのまま振り返ること無く走り去ってしまった。
ただひとり取り残されたキジは、頭の中で猿の言葉を思い出していた。
(ここで遊んでる暇があるならもっと監督とかスタッフに自分をアピールしてこいよ!)
「アピール……か……」
キジはそう呟くと、意を決したように大きく頷き力強い足取りで監督の元へと向かった。
「監督!」
突然後ろから大声で呼びかけられた監督は飛び上がった。
「うわっ! なんだキジかよ、驚かすな!」
「監督! 僕はご覧の通り羽があって空が飛べます」
キジは毎晩手入れを欠かさないその美しい羽を監督の前で広げてみせた。
「あぁ、だからなんだってんだ」
監督が小さく鼻を鳴らした。
「それに、このクチバシでさっきのような戦うアクションもこなせます」
キジは素早い身のこなしと、クチバシの鋭い突きを監督にみせた。
「んなこたわかってるよ! 俺はこれから桃太郎さんと打ち上げ行くから忙しいんだ!」
監督は焦(じ)れたように声を荒げた。
「監督! 僕に次の仕事を戴けないでしょうか?」
キジは監督の前に座って懇願した。
「あぁ、そういうことか」
監督もキジの言わんとする意図がわかったようで、考え込むように顎髭をさすった……が。
「だが、お前には仕事は無い!」
と、きっぱりと言い放った。
「そんな! どうして他の皆にはあって僕にはないんですか! 納得できません!」
キジはすがるように監督の足を掴んだ。
「おいおい、やめろって! 無い物は無いんだ! お前も役者の端くれなら諦めろ」
監督は足をばたつかせるが、キジは一行に離そうとはしなかった。
「監督から仕事をもらうまで僕は離しません!」
「やめろって、ロケバスに乗り遅れちまう!」
二人はそんなやり取りを続けたが、遂に監督が音(ね)を上げた。
「わかったわかった! じゃあ俺がお前の出演する台本書いてやるから! だから早くその手を離せ!」
監督の言葉にキジは驚き、思わず手を離す。
「……ほ、本当ですか?」
キジは未だ信じられないといった表情で監督を見た。
「あぁ、だからこれ以上騒がんでくれ。撮影の日取りが決まったらまた教えてやる。それじゃあな!」
言うが早いか監督は風のように駆け出し、ロケバスに滑り込んで行った。
「や、やった……やったぁぁぁ!!」
キジは思わずガッツポーズを決めていた。と同時に自分も猿や桃太郎に負けない一流の役者になってやると思いを新たにした。
そしてキジはこの吉報を伝えるべく、急いで実家へ向かって飛び立っていった。
──────────
「監督、あんな約束しちゃって大丈夫なんすか?」
ロケバスの車中で助監督が心配そうに聞いた。
「あぁ、何の話だ?」
「ほら、さっきキジさんと話してたやつですよ」
そう言うと監督は思い出したように手を叩いた。
「あー、あれな。ったくあんなとこでしがみついてきやがって……」
監督はぶつぶつと文句を言った。
「ま。台本なんて、その気になりゃあ酒飲みながらだって書けちまうから気にすんな」
助監督は監督の言葉に、はぁと生返事をした。
「それにな。内容は決まってねぇがタイトルだけはもう決めてる」
監督はニヤリと口角を吊り上げた。
「え、マジすか? で、タイトルって……?」
助監督は興味津々で監督に近寄った。
「『キジも鳴かずば撃たれまい』……ってな」
監督はいやらしい笑みを浮かべて呟いた。
【週刊】タンペンっ! 名明伸夫 @naake_nobuo
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